モテないと愚痴る彼
「だーー!もう!何で俺はモテないんだよーー!」
今日も今日とて、1人のお方を囲むように黄色い声に溢れていた。その中心は、この国の第一王子、ラインハルト殿下。白銀の髪をなびかせ、彼が微笑むだけで令嬢たちは夢見心地で卒倒し、給仕は硬直しトレイを落とすこともしばしば。
そんな殿下の隣に座り、頭を抱えてテーブルに突っ伏しているのが声の主。内容はいつも通りの愚痴だった。
「……おかしい。絶対におかしいだろ、頑張る奴がもっと報われていいはずっすよね!」
声の主は勿論、ラインハルト殿下の側近候補であり、伯爵家三男のアルト様。
彼の顔立ちは、どちらかといえば可愛らしい。栗色の髪色もブラウンの瞳もこの国では一般的で親しみがある。
だが、隣に立つのは白銀の太陽のごときラインハルト殿下。その美貌は眩しすぎて、誰が横に立とうと霞む事だろう。
「ラインハルト殿下。届いた手紙の束を見て下さいよ。今日も大きな鞄一つに入り切らない量っすよ?俺はラブレター持ち係なんすか?違うでしょう!優秀な側近候補であり、未来の宰相候補ですよ!こんなに頑張る俺に来たのは『伝言をお願いします』というメモだけ。…… 俺だってたまにはキャーキャー言われたいんですよ!」
「ははは、アルト。君は今日も元気だね」
ラインハルトは困ったような、それでいて神々しい微笑みを浮かべる。
「元気なだけっすよ! 有能で、仕事も早くて、顔も悪くないはずなのに! なんでラインハルト殿下ばかりで俺だけモテないんすかー!他の側近候補だって軒並みモテモテなんです!!不公平っすよーー!!」
食堂に響き渡るアルト様の嘆き。周囲の生徒たちは「ああ、また始まった」と、もはや生暖かい視線を送るのみ。
多分、彼はああして「モテない!」と騒ぐからこそモテない。そんなモテない印象がついた殿方と婚約すれば「あら、あのモテない側近と?」とクスクスされるのは予想出来ているから。彼は賢い人物のはず……。それを踏まえると意図的なのか?と思わなくもない。…それとも本気でモテたくて女神の登場を待っているのか
…真意は謎です。
「この前なんて、俺が夜会に出席すると、令嬢たちは俺の顔を見た直後に『ラインハルト殿下のお好きな◯◯は何かしら?』と聞いてくるんです! 俺は王子の百科事典じゃないんだぞ!それとも、夜会ってラインハルト殿下のクイズ大会かなんかなんですかね!?」
「君の話はいつも分かりやすい上に、私に一番近い未来の側近だから、つい甘えてしまうんだろうね」
ラインハルト殿下は、後光が差しそうな笑顔でアルトの肩を叩く。
「慰めになってない! ああ…三男なんて、家督も継げなきゃモテもしない。ただの優秀な俺しか売りがない」
「それで十分じゃないか?」
「十分な男に見えるんですか?…殿下はなぜこうも全てを兼ね備えられたのか。不公平すぎるんすよ!」
「アルト…結婚できなくても、私の側でずっと側近をしていれば生活に困りはしないさ」
「俺は愛が欲しいんですよ!麗しき乙女からの愛が!」
がっくりと肩を落とし、アルトは様は冷めたスープを啜り、肉を綺麗に切って雑に口へと運ぶ。
そんな彼に、更にモテないポイントが追加された。
彼が求めているのは「麗しき乙女」なのだ。声を掛けたい乙女がいたとしても、声を掛けた瞬間「あら、あの令嬢はご自分を麗しき乙女だと思っているのね?」なんて言われることだろう。
…
「はぁ」
そんな光景を見てため息をつく私に、隣にいた親友が食べていたものが口の中になくなってから呆れたように声を掛けてくる。
「そんなにいいなら、ノーラのお父様に婚約を打診してもらえばいいじゃない。侯爵令嬢のエレオノーラよ?即決よ即決。」
親友のサティーナは、いつものように私を愛称であるノーラと呼ぶ。侯爵家の一人娘だから、家格的にも「即決!」とサティは言ってくれるのだろう。私は持っていたカトラリーを皿に置き、またため息をつく。
「したのよ…この前…打診を」
「え?じゃあ、もう婚約者?」
「それが…何故か長男が会いに来たの…」
「うぇ、何で?名前指定し忘れたの?」
サティは信じられないようなものを見る目をしている。
「それが、最初から三男でなくても、まず長男と会ってみないかって。変な忖度してきたのよ」
「な、なるほど。長男を侯爵家へ行かせて侯爵家を牛耳ろうとしているとか??…なかなか野心家ね…まぁ、アルト様を見てたら父親も野心家なのはうなずけるけど」
「それで、丁寧に断ろうとアルト様のお兄様に会ったら『実は長年恋心を寄せている令嬢がいる。もう少しで説得できるから半年は婚約者候補として会ってくれないか』って」
「はぁ?なにそれ。格下のクセによく言えるわ。断ったんでしょう?」
「いいえ、それは、その」
「断れなかったの?格下相手に?」
はぁ~と盛大にため息をつくサティ。
「違うの、理由があるの。その方が好きだという相手がね…」
周囲の誰にも悟られないよう、サティだけに見えるようにクイッと長男の想い人を指差す。その先には、学園の制服を改造しまくった上にアクセサリーをこれでもか!と身につけた、どちらかと言えば可愛い系の美しい女子生徒がいた。今日も美しい髪のウェーブがカッチカチなのか?と思うほど形が決まっている。
サティはギョッ!と驚いた後、なるほど?とうなずく。
「商家のエリザなのね、その伯爵家長男の狙いは…」
「そう、私はあの子と仲良くなれる気がしなくて…。でもアルト家長男とうまくいけば…間接的に強い繋がりになるの。長男に恩を売っておくのも旨味があるわ」
「ノーラがアルト様と無事に婚約出来た場合ね」
んぐっ!と言葉が出なくなる。
「恩を売って、間接的に縁を繋げる…か。打診中とする期間はどれくらいなの?」
「は、半年?」
「半年!?うら若き乙女の時間を、半年も!?あの女を落とす為に使うってわけ!?」
「なんでも…伯爵家当主は家格重視のお方だから説得にも時間がかかるって…それで…半年」
「ノーラったら…とんだ役回りを引き受けたわね」
「もちろん、半年いっぱい時間を与えるつもりはないの。作戦を練って、1ヶ月でサクッと決めてもらうわ」
「へぇ?」
ハハッと苦笑いをすると、私がエリザを盗み見ていたのがバレたようだ。何やら勝ち誇った笑顔でこちらにやってくる。その足取りはわざとらしく軽やかだ。
「侯爵家令嬢エレオノーラ様、ごきげんよう。」
「ええ、ごきげんよう」
何もなかったかのように背筋を伸ばし、微笑みながら返事をする。すると、座ったままの私を立ったままの彼女は高い位置から見下ろす。顎をクイッと上げてエリザは言う。
「実はこの前、たまたま…偶然にも、小耳に挟んだのですが。」
「はい?」
「エレオノーラ様の名誉の為にも、お名前は伏せさせて頂きますが、私の事を愛してやまない殿方へ婚約の打診をしたそうですわね。」
うん、仲良くなれないわ。
長男に打診なんてしてない、指名した三男のアルト様ではなく長男が伯爵家に推されて勝手に来ただけなのに…。
涼しい顔をしながら、心の方はズッシリと重くなっていった。




