再現の難しさ(アルト視点)
クッションはダメだ。生き物でなければ。しかし、人間の女性は論外。
その時。
「あ、適任がおります!!少しお待ちください」
そう言って執務室を飛び出し、連れてきた者。
「……ニャ~ォ」
学園に住み着いている、ふくよかにも程がある猫だった。生徒たちの慈悲を受け止め、時には自らねだり、丸々と太り過ぎたその存在は皆の癒し。最近は先生方が、この猫にハンカチをヒラヒラさせて運動させているのを見るようになった。
殿下の視線がその猫に注がれた。
「素晴らしい。では、アルト。先ほどの状況を再現してみなさい。私が客観的に観察し、君の感覚との整合性を確認する」
「はい」
俺は執務室の中央に立ち、上着のボタンを外した。しかし、その瞬間にふわりと彼女の香りが…。
「どうした?」
「む、無理です殿下…彼女の香りが上着に残っていて…他の者を受け入れるなんて…そんなこと、俺には出来ません。この獣臭さが彼女の香りを消してしまいます」
そう言って絶望した時、殿下が俺の肩に手を置いた。
「いいさ、気にするな。その香りを大切にするといい。後は私に任せるんだ」
そう言って猫に近づく殿下。
猫は「ご飯かな?」と考えるように殿下を見つめた。しかし、ここで俺が職務を放棄してはならない。
「殿下、お待ちください!今、着替えて参ります」
「アルト、君はそこまでしなくても十分に感謝している」
俺はしっかりと首を振り否定した。
「いいえ、その猫が完全に安全な猫とも分かりません。殿下にお怪我をさせる可能性を、そして、再現度を私が試してみなければなりません。それが殿下を支える側近の役目です」
「アルト、君ってやつは…その忠誠こそ、私の側近だ。」
俺は走り出すと急ぎ男子寮の自室へ駆け込んだ。そして、予備の制服に着替えたのだ。彼女の香りが残る制服はしっかりと袋に包んだ。
そしてやっと、生徒会室に戻れば殿下は猫を撫でて癒されていた。
「戻りました!早速検証を始めます」
「ああ、頼んだよ」
俺は大きな猫をひょいと持ち上げると床に座り、上向きに寝転がる。そして抱えると腕の中で、デブ猫がゴロゴロと地鳴りのような音を立て始めた。
「これは…再現度がかなり高いです!温もりも重みも素晴らしいです。このタプタプのお肉の柔らかさは本物よりもタプタプではありますが、思う存分触っても猫を愛でているだけ…。これは、エレオノーラ様の時に必要だった理性で堪える能力を必要としない…癒し効果が期待できます」
「なるほど、興味深いデータだ。……よし、次は私が検証する。検体をこちらに」
「了解っす。……殿下に触れる栄誉を授ける。光栄に思え」
俺は猫を恭しく殿下に引き渡した。殿下は優雅な所作で上着を開くと、デブ猫をその高貴な胸元へと迎え入れ床に寝そべった。猫を乗せて床に寝そべった殿下も何故か神々しい。
「……ほぅ」
猫を抱いた瞬間、殿下の完璧な仮面が、一瞬にしてふにゃりと崩れた。
「……これは、確かに。……君が狼狽えるのも無理はないね」
「でしょう!? 殿下、その『柔らかさ』の奥にある、確かな『芯』、筋肉と骨格の存在を感じませんか!?」
「ああ、感じる。クッションにはない、この『動的な不確定性』だね。彼(猫)が体勢を変えるたびに、私の胸元にかかる圧力が微妙に変化する。」
殿下は大真面目な顔で、デブ猫の背中を愛おしげに撫でながら分析を口にする。猫は居心地良さそうに殿下の胸に溶けるように乗っかっていた。




