寄り添う熱
私は今、恐怖を忘れ去るほどの衝撃と温もりに包まれていた。
「そのまま、じっとしていてください!」
急に視界が真っ暗になったかと思うと、アルト様が自分の上着の中に私の頭をすっぽりと隠してくれていた。不謹慎ながらもとてもドキドキする。
「しっ! あっちへ行け!」
アルト様の鋭い声と、鳥が暴れる音が聞こえ、やがてバサバサという音が遠ざかる。
「……もう、大丈夫ですよ」
アルト様の声が、すぐ頭の上から降ってくる。その少し疲れたような声に大人の色気が漂う。
私が恐る恐る顔を上げると、アルト様の上着の中に、私はまだしっかりと収まったまま。
「…っあ、ありがとう、ございます…アルト、様」
「怪我はありませんか? 髪飾りの輝きを、鳥が何かと勘違いしたんだと思います。……あ」
カフェテラスのテーブルの下で身を潜め、私は彼にすがるように抱きついている。
至近距離で私と目が合った瞬間、アルト様は自分が今、何をしているかにようやく気づいたように目を見開いた。
私の背中と肩を抱き寄せ、上着の中で完全に私を閉じ込めているこの体勢。
もはや逃げ場のない完全な抱擁!!
「あ、あああ、あの! すみません、緊急事態だったとはいえ!」
慌てたからなのか、テーブルの下にいた事を忘れていたらしい。急に立ち上がろうとしてテーブルに頭をゴンッとぶつけた…かと思うと尻もちをついた。抱えられる私は、おのずと彼の上に倒れ込んでしまう。
先ほどまで的確な対応を見せた頼もしい彼はどこへやら。今やその顔は真っ赤に染まっている。突然異性と密着したら誰だってこうなるだろう。
それはもちろん私も。
これは至急離れなければ…
「……いたっ」
急いでアルト様の上から離れようとした瞬間、髪飾りの細工が彼の服の裏地にしっかりと引っかかってしまい、頭が引き戻された。
「あ、動かないでください、今外しますから……!」
アルト様は慌てて、私の頭を支えるように再び抱き寄せる。髪を引っ張らないよう、彼は至近距離で指先を細かく動かし、必死に格闘しているのが分かった。
上着の中に閉じ込められたままの私は、必然的に彼の胸板にぴったりと体を預ける形に。
(……近い。近すぎる……)
アルト様の速すぎる鼓動が、私の頬に直接伝わってきて私にまでドキドキが移ってしまう。
一生懸命に髪飾りを外そうとする彼の息が頭上にかかる。
耳が幸せ。
「くっ、この、なかなか外れないな……。エレオノーラ様、もう少しだけ……我慢してください……っ」
アルト様の声が、どこか苦しげに震えている。
私が彼の上に乗っているのだから苦しいのだと思う。重くて申し訳ない。
「……あ、外れた! 」
幸せな時間は、すぐに終わりってしまった。
アルト様は私の様子を窺おうと肩を押して離そうとする。その力に抗うことは淑女としてできない。私は名残惜しく思いながら離れるしかなかった。
しかし、アルト様の方は名残惜しさなど微塵も感じない俊敏さを見せる。
私が無事と分かると、丁寧に椅子に座らせるられ、とても遠くの建物の影に走っていった。
「急用を思い出したので…今日はこれで失礼します!」
それだけ言うと去っていった。
彼にとっては耐え難い時間だったのかも知れない。…そう察すると少し心が凹んだ。
しかし、私にとっては胸が苦しくなるほど嬉しい経験。私の胸にだけ、思い出としてとっておこうと決めた。
「はぁ…」
ドキドキと高鳴る胸が、すぐには落ち着きそうにない。
鳥から守ってくれたアルト様が、この出来事によりもっと好きになった。
本当に、どこまで私を好きにさせたら気が済むのか…と悔しくなった。




