私の好きな人はモテない?
他サイトで投稿を始めた物語が結構好きだったので、全年齢版を作ってみました。よろしくお願いします。
王都立学園の豪華な廊下に、今日も聞き覚えのある情けない叫びが響き渡っていた。
「俺もモテてみたいっすよ~殿下~」
柱の陰で足を止めた私は、その聞き捨てならない言葉に声の主を探した。声の主は、私が密かに想いを寄せる伯爵令息…アルト様だったから。
「モテるのも良いものではないよ?」
「それはモテる立場からの言い分じゃないっすか。一度もモテを実感したことがない俺は、一度は体感してみたいんすよ。こう、未来の俺が振り返って『あの時はモテたな!』って思える経験が欲しいんすよ」
視線の先では、アルト様が親友であり、自らが補佐する主でもあるラインハルト殿下に詰め寄っている。アルト様は殿下の側近候補の中で一番主の信頼を勝ち取っている。
そんな彼に「君は有能すぎるから、皆、高嶺の花だと思っているんじゃないかな」と適当な慰めを口にした。
い、今…
今かもしれない!
私がそのモテの実感へ貢献できるなら。
やるしかないのだ。今こそ、彼の心に寄り添い、私の想いを伝える絶好の機会!
小さく息を吐いてから…自らの深い緑の髪を手ぐしで整えた。意を決して、礼儀を忘れず保ちながら彼らの前に進み出た。
「ごきげんよう、ラインハルト殿下。アルト様。」
丁寧に、この国の作法通りに礼をした。するとアルト様が、涙目で振り返る。
「ごきげんよう、エレオノーラ様」
先ほどの砕けた喋り方とは別人のように礼儀正しく挨拶が返ってくる。ギャップに痺れそう。いや、痺れています。
彼の栗色の髪が少し乱れているのも、今の私には庇護欲をそそる魅力でしかない。潤むブラウンの大きな瞳…それなのに目つきが少し悪いところも猫ちゃんみたいで愛らしい。
「アルト様、そんなに嘆かないでください。私は、アルト様をとても素敵なお方だと思っておりますわ」
言った!
言いましたよ私は!!
誰よりも先に!
彼の取り巻き一番乗りです!
精一杯の勇気を振り絞り告げた言葉。しかし、アルト様の瞳に宿ったのは歓喜ではなく「同情への感謝」だった。
「……エレオノーラ様。なんてお優しい方なんだ。こんなモテない男の世迷い言に、わざわざ話を合わせて慰めてくださるなんて……。」
「いえ、気遣いではなく…」
「分かってます、分かってますよ! 社交辞令でも嬉しいです。その優しさ、乾いた心に染み渡ります……!」
アルト様は腕を組み、うんうんと頷いた。
……完全に「いい人からの慰め」として処理されている。
このままでは終われない。私の勇気を無駄にしてなるものですか!?
「そ、そうですわ! もし、よろしければ先ほどの授業課題、ご一緒に図書室でどうでしょう…2人で……」
彼の上司である殿下の許可が必要なものだから、殿下へ許可を貰いたいという意思を込めて視線を送ってみる。すると、いつもの爽やかな笑顔で頷いてくれた。
殿下!神です!
これなら二人きり、あるいはそれに近い時間が持てるはず。私の誘いに、アルト様は一瞬きょとんとした後、ポンと手を叩いた。
「ああ、あの課題! 確かにあれは難解ですからね。複雑すぎて、一人でやるには心が折れるレベルなんすよ。しかし、俺に聞いてくださったエレオノーラ様はやはり見る目がある」
「えっ…と??では図書室で…」
そう言って何やら鞄を漁るアルト様。
そして取り出したのは一冊のノートだった。それを「さっき慰めてくれたお礼」と言わんばかりに握らされた。
「これ、授業中に纏めたものです。殿下にお渡しする予定でしたがすぐに作成できますし、これがあれば課題の理解は進むでしょう。」
「……あ、ありがとうございます。教えを請いたいのは山々なのですが、その…悪いですわ…」
「気になさらず、エレオノーラ様は勉強熱心でいらっしゃいますから。俺も力になりますよ」
そのお力…ぜひ一対一で…
「で、でしたら一緒にお茶でもいかがですか?アルト様の事…ぜひ伺いたいのです!」
「お茶…ですか?それで…俺の事」
そうです!お茶!
こんなあからさまなお誘いなら分かりますでしょう?
互いへの理解を深めましょう?
そう考えていると、アルト様は真っすぐ私の瞳を見て、何か探るような視線を向けてきた。
「なるほど、そう言うことっすか!」
伝わった!!
これは伝わったわ!!
貴方のモテ期、今ここにあります!!と私の心が叫ぶ。
「もお~、殿下の話を聞きたいならもう本人に言っちゃって下さいよ~。エレオノーラ様はラインハルト殿下と昔からそれなりに縁のある侯爵令嬢なのですから。殿下に直接聞いて親睦を深めてください。俺の事は気にせず。俺への慈悲で一声誘って下さるお気持ちは分かりますが。いや、俺が変な愚痴を言ったからですね。」
「!?」
「邪魔者は去ります。終わったら生徒会室に来てくださいよ、殿下」
アルト様は、先ほどまでの落ち込みが嘘のような爽やかな笑顔で去っていった。
残されたのは、唖然とする私と、隣でクスクスと忍び笑いを漏らすラインハルト殿下だった。
「……殿下、笑わないでください…」
「いや、失礼。彼はあんな調子だからね。」
殿下の慈愛に満ちた視線が、今の私には一番突き刺さる。
今までも私なりに頑張ってきた…しかし、ここまで行動して伝わらない…ならば、もう外堀から埋めるしかないのである。
私は翌日、父に「伯爵家への打診」を願い出ることを決意したのだった。
…
私が彼の存在を知ったのは、幼い頃。
王族含め、貴族の子供達が楽器の演奏を披露するパーティーが開催された。
大きな舞台。
その舞台袖に控える私達は、とても緊張していた。それは最初に演奏する殿下も一緒だったようだ。
殿下の名が呼ばれ、今から舞台へ出ようとした時の事。その小さな手から、スルリと楽譜が落ち、薄暗い舞台袖の床に散らばってしまった。
「!!」
殿下は、慌てて拾おうとしたのかしゃがんだ瞬間、私より後ろに並ぶ人物が飛び出し、殿下に駆け寄ったのだ。そして彼は自分の持っていた楽譜を差し出した。
「使ってください、研究用に持っていたものです」
「助かる」
殿下は曲を確認してから、自分の楽譜を拾わずに舞台へ上がった。その演奏は、とても素晴らしいものだった。
誰も、舞台袖で緊張のあまり楽譜を落とした人物だとは思わなかっただろう。
私は楽譜が落ちるのを目の前にしながら、咄嗟に動く事すら出来なかった。手を差し出せば、両手に握る楽譜が落ちてしまうと考えてしまったから。
そうして、順に演奏を終えていくと最後にアルト様の順番になった。その彼の演奏は、子供らしい演奏と言える出来栄え。大人達は、微笑ましく、時折「可愛らしい演奏ね」と声が漏れていた。
けれど舞台袖にいた私達は知っている。
王太子殿下のミスを完璧にフォローしてみせたこと。殿下の演奏する曲の楽譜を持ち、彼なりに研究をしていたこと。それは、もしかすると殿下との話題作りの為かもしれない。あの楽譜が何であれ…彼が優秀であることを察した。
この出来事から、彼が殿下の側に呼ばれるようになったと聞いている。
私はそれを知って殿下に認められた彼に嫉妬など微塵も感じず、納得したものだった。




