彼は青い(前編)
私の名前は芝芙美。
学生時代、友人たちから“シバフ”と呼ばれていた。
社会人になって三年目。転勤でこの町に引っ越して来ることになった。今日は、新居となる不動産を探す為に、この町を訪れた。
不動産屋に向かって歩いていると、大きな神社があった。この町で暮らすのだ。挨拶をしておいた方が良い。
私は神社にお参りすることにした。
――鬼切神社。
と書いてあった。何だか怖そうな名前だ。由緒書によると、昔々、この辺りの山に巣くっていた鬼たちを源頼信という武将が退治したという伝説があり、鬼を斬るで「鬼斬り神社」と呼ばれていたものが、「鬼切神社」になったようだ。
「おにぎり」という名前から「お結び」を連想し、「お結び」から縁結びを連想することから、昨今では縁結びの神様として有名だという。
恋人はいない。
――素敵な彼氏ができますように。
と祈った。最後に御御籤を引いた。
運勢は吉、引っ越しを考えているので転居を見た。
――二軒目に福がある。
と書いてあった。御御籤にしては随分、具体的だ。今から不動産屋を訪れ、物件を紹介してもらうが、二軒目が良いということだろう。
ついでに恋愛運を見る。
――出会う彼は青い。
とこちらも具体的だが、意味不明だ。彼が青い? 青い服を着ているということだろう。青い服を着ている男性と出会い、その人と恋に落ちるということなのだろうか?
神社を後にすると、不動産屋に向かった。
二軒目の物件が気に入った。
御御籤に書いてあったからかもしれないが、多分、それがなくても二軒目のマンションに決めていたと思う。実家を離れて、初めて一人暮らしをするのだ。セキュリティが一番、気になった。その点、しっかりしていた。最上階で見晴らしがよかったし、会社から近いし、部屋も綺麗で値段も希望価格を僅かに下回ってくれた。良いこと尽くしだった。
その日の内に契約したい旨を伝え、手続きに入ってもらった。
二週間後、新居に引っ越して来た。
いよいよ新生活の始まりだ。事前に十分、準備したつもりだったが、実家から引っ越して来たので、まだまだ足りないものだらけだった。
翌日、早速、新しい職場に顔を出した。
「ようこそ。君には期待しているよ」と係長に出迎えられた。張り切らざるを得ない。ハラスメントとは無縁そうな、人の良さそうな人だった。
職場に案内され、皆の前で自己紹介をした。
職場には、五人の同僚がいた。
「アカシケイコって言います。よろしくお願いします」と同年代の女性から言われた。
「芝芙美です。友だちからはシバフって呼ばれていました」と自己紹介をすると、「シバフちゃんね。この町、初めてですって。分からないことがあれば、何でも聞いてね~買い物なら近所のシロフダ屋がお勧めよ」と話しかけてくれた。
ありがたい。まだ分からないことだらけだ。身近に教えてくれる人がいるのは助かる。
「一人暮らし? 今度、遊びに行って良い?」
「良いけど、今はちょっと。引っ越したばかりで片づけが終わっていないから」
「うん。その内ね」
一人暮らしだ。家事も全て自分でやらなければならない。まだまだ足りないものが多い。欲しいものはたくさん、あったが、お金と時間が足りなかった。
毎日、寝る間も惜しいほど忙しかった。
そんなある日のことだ。
近くのスーパーで買い物を済ませて、マンションに戻った。エレベーターに乗って最上階まで上がり、廊下を歩き始めたところで、床がぐらぐらと揺れているような気がした。
――地震!
と思った瞬間、目の前が真っ暗になった。