友の言葉に従え
リョウタとハルヒは幼馴染。
同い年で家が近所、幼稚園で一緒になり、高校までずっと同じ学校に通った。同じクラスで、陸上部に所属し、授業から部活、帰宅するまで、常に二人は一緒だった。
「お前ら二人で一人前だ」と部活の先輩にからかわれていた。
ただ、リョウタは短距離選手、ハルヒは長距離選手と、得意種目は別々だった。
「長い距離をちんたら走るのは、性に合わない」とリョウタが言えば、「力任せに走る短距離と違って、長距離は戦略が大事だ。頭がいるんだよ」とハルヒが言い返す。
実際、学校の成績はハルヒの方が良かった。とは言え、団栗の背比べに過ぎなかったが。
種目の話になると、何時も決まって「走れメロス」の話題になる。
「ハルよ。走れメロスって覚えているか?」
「小学校の時に習った、あれだろ。太宰の小説。友だちの為に走り続ける話」
「おうよ。ハル。俺がメロスだったら、お前の為に走ったりせずに、そのまま逃げ出すからな。俺は長距離が苦手だから」
「はは。心配するな。俺がメロスだったとしても同じことをする。俺は長距離が得意だけど、お前の為に走るなんて、真っ平ゴメンだ」
「お前は長距離が得意なんだから、俺の為に走れ」
「無理、無理」
繰り返し、そんな与太話をしている。
陸上部にタクミという生徒がいた。走ることが大好きだというが、運動神経が良くない。短距離も長距離も、どちらも苦手なようで、部活では常に最後尾を走っている。
陸上部の鬼コーチ、アベ・コーチはそんなタクミを「おらっ! タクミ~‼ ちんたら走ってんじゃねえぞ!」と叱り飛ばす。
「オラの野郎。タクミ君に厳しくないか?」とハルヒがリョウタに言った。
アベ・コーチは誰彼構わず「おらっ!」と叱り飛ばすので、部員はアベ・コーチのことを陰で「オラ」と呼んでいる。
「そうか~? オラは誰に対してもあんな感じじゃないか」
「この前、タクミ君をしばいているのを見たぞ」
「ああ、あのレース前な。あれは、しっかりしろと背中を叩いて気合を入れていただけだろう」
「何時もボロカスに言っているじゃないか」
「タクミ君だけじゃないだろう。俺だって、ボロカスに言われている」
「お前はな。俺だって、言いたいことがたくさんある」
「んだよ」
「俺、顧問に相談してみようかと思う」
「顧問に⁉ 止めておけ。オラを慕っている部員だっている。あいつ、悪いやつじゃない。熱心なだけだ」
「俺には熱心なだけに見えない。タクミ君に対してだけ、異常なんだよ」
「とにかく顧問に告げ口するのだけは止めろ」
「告げ口なんかじゃない」
「そう思うやつがいるってことだ」
「タクミ君はどうなるんだ⁉」
「お前は妙に正義感が強いところがある。ヒーローになるのは止めろ!」
「ヒーローになりたい訳じゃない!」
「ハルヒ、お前、マラソン大会に出たいんだろう? だったら悪いことは言わない。止めておけ」
毎年、開催される市内のマラソン大会が迫っていた。このところハルヒはマラソン大会に向けて、追い込みに余念がなかった。昨年は全体で四位という成績だった。社会人を交えての成績だ。好成績と言えた。今年はベスト3が狙えるかもしれない。そうなれば、スポーツ推薦で大学への進学が決まるかもしれない。
県下で名の知れたスプリンターであるリョウタは既にスポーツ推薦での大学進学を決めていた。
「俺も同じ大学に行くんだ!」とハルヒは気合が入っていた。
大学でもリョウタと一緒に走ることがハルヒの夢だった。マラソン大会がダメだったら、後は勉強を頑張るしかない。
「・・・」ハルヒは答えなかった。
ハルヒは神社に寄ることにした。
何時もはリョウタと一緒だが、タクミのことで言い争いみたいになってしまったからか、「俺、ちょっと筋トレやってから帰るから」と別々になってしまった。
学校からの帰り道に、神社がある。「鬼切神社」と言い、昔々、神社のある山に巣くっていた鬼たちを源頼信という武将が退治したという伝説があった。鬼を斬るで「鬼斬り神社」と呼ばれたものが、「鬼切神社」になったようだ。
その「おにぎり」という名前から「お結び」を連想し、「お結び」から縁結びを連想することから、昨今では縁結びの神社として有名になった。
そして、御御籤がよく当たると評判だった。
子供の頃は、リョウタと一緒に、神社の境内で遊んだものだ。神殿の床下に潜り込み、蟻地獄を捕まえたりした。蟻地獄はウスバカゲロウという羽虫の幼虫だ。
ハルヒはぶらぶらと境内を歩き回った。
縁結びの神様とあって、カップルが多かった。ハルヒも高校生だ。いつか、彼女が出来たら、二人でこの神社に来て御御籤を引いてみたいと思っていた。
ふと、御御籤を引いてみたくなった。
リョウタには止められたが、タクミのこと、顧問に相談した方が良いのではないかと、今でも思っている。
――ここの御御籤、よく当たるって評判だ。タクミのこと、占ってみようか。
と思った。
御御籤を引いた。
「悩みごと」を見た。
――友の言葉に従え。
と書いてあった。
「友の言葉に従え」ということは、リョウタの言う通りにしろという意味だろう。
――何でだよ!
とハルヒは思った。
何故、神様までリョウタの味方をするんだと、返って反感を感じてしまった。
翌日、ハルヒは陸上部の顧問のもとを訪れ、アベ・コーチがタクミに対してハラスメントを行っていると訴えた。