パートナーに出会える
夢破れて町に戻って来た。
実家では腫れ物に触るように扱われている。短大を出て五年。東京で有名な漫画家のアシスタントとして働いた。
子供の頃から絵を書くのが得意だった。短大のデザイン学科を卒業すると、漫画家になりたくて上京した。漫画家デビューを目指したが上手く行かず、アシスタントとして働くことになった。
先生からは、「自分の作品を描きなさい」と常々、言われていた。「ネームでいいから出来たら持って来なさい。見てあげるから」と言われていたが、絵は描けても、面白いストーリーが浮かばないのだ。結局、アシスタントとして、五年、過ごしただけで、漫画家デビューはかなわなかった。連載の終了と共に、アシスタントとしての職を失い、実家に戻って来た。
両親は夢破れ、傷心を抱えて戻って来た娘を暖かく迎えてくれた。だが、腫れ物扱いにも飽きて来た。ふらりと立ち寄った喫茶店のアルバイト募集の広告を見て、働くことにした。
喫茶店の近くに鬼切神社があった。
懐かしい。地元の守り神だ。戻って来てから、まだ挨拶をしていなかったことに気がついた。休み時間に、鬼切神社にお参りに行った。
(ここの御御籤、よく当たるんだっけ)
御御籤を引いた。
「吉」だった。
願いごとは;
――パートナーを得てかなう。
とあった。恋愛運は;
――パートナーに出会える。
とあるし、仕事運は;
――公私ともに、よきパートナーと出会う。
とあった。
(何? これ。パートナー、パートナーって)と呆れてしまった。
御御籤のことは、そのまま忘れてしまった。
数日後、喫茶店で懐かしい人に再会した。
中学校で一年間だけど、隣の席に座っていたジョー君だ。当時、私はクラスの女ボス的存在の同級生に嫌われ、女の子の中で孤立していた。日直が回って来た時、掃除中に彼女がおしゃべりに夢中になって、全然、掃除をしないことを注意したことから、生意気だと思われたらしい。虐めという程ではないが、クラスの女の子たちが私と距離を置いた。ずっと仲の良かった友だちが離れて行ってしまったことが、ショックだった。
転校して来たばかりで、何も知らないジョー君だけが、普通に私に話しかけてくれた。卒業までの一年間、無事に学校生活を送ることが出来たのはジョー君のお陰だったかもしれない。
それに、ひょっとしたら、私の初恋だったかもしれないのだ。
ジョー君から転校の話を聞いた時はショックだった。同じ高校に進むものだと思っていた。私はジョー君の似顔絵を描いたポーチをつくって、彼に渡した。
「ありがとう。大事にするよ」と彼は言った。そして、「一年間、ありがとう。転校ばかりで、誰かと仲良くなったことなんてなかった。仲良くなったって、どうせ、転校して別れることになるから。友だちをつくったって、無駄だって思っていた。毎日、学校に来るのが楽しかった。アイちゃんのお陰だよ」と言ってくれた。
それは私がジョー君に言いたかったことだった。
彼と別れてから、私は泣いた。彼と会っている時は、ずっと涙を我慢していたけど、彼を見送ってから、猛烈に寂しさが湧きて来た。路上で人目もはばからずに泣いてしまった。通りかかった女性が、事情も知らずに、「大丈夫よ。あなた、まだ若いんだから、きっといいことがある。だから泣かないで」と慰めてくれた。
あれから、十年。ジョー君に似たお客さんが、私が渡したポーチを持っているのを見た時、心臓が止まりそうになった。
ジョー君は私が渡したポーチを持っていてくれた。子供だったジョー君が、すっかり大人になって、素敵になって、私の前に座っていた。
「そうだ。ジョー君。今、どんなお仕事をしているの?」
「普通のサラリーマンだよ。工場勤務になって、隣町に越して来たんだ」
隣町にあるでっかい工場だ。私でも知っている。
「へえ~そうなんだ」
ふと思い出して、「ねえ、学芸会、覚えている?」と聞いてみた。
「学芸会? ああ、二人で準備してやったね」
そう。ジョー君は知らないだろうが、皆、学芸会の準備が嫌で、準備委員を誰がやるかという話になった時、私に押し付けた。私が準備委員に決まると、先生が「もう一人、誰か準備委員をやってくれませんか?」とみんなに問いかけた。すると、ジョー君が「僕がやります」と立候補してくれたのだ。
押し付けられた準備委員だったが、ジョー君と一緒だと楽しかった。それに、ジョー君が準備委員に決まると、クラスの女子たちが学芸会に急に熱心になって、積極的に参加してくれた。あの当時からジョー君はもてた。
「ジョー君、演劇の脚本を書いてくれたじゃない」
「うん。書いた」
コントのような笑える寸劇の脚本をジョー君が書いた。これが、面白くて、学芸会では、うちのクラスが一番、受けた。大成功だった。
「今でも脚本、書いているの?」
「うん。学芸会で沢山、拍手をもらえたことが嬉しくてね。それが忘れられなくて、大学の時、演劇部に所属して、脚本を書いていた。前の町では、劇団があってね。大学のOBがいて、頼まれて脚本を書いていた。引っ越して来ちゃったから、どうしようかなって思っているところ」
「ねえ、私の為に脚本を書いてくれない?」
「アイちゃんの為に?」
「脚本と言っても漫画の原作なんだけどね。ダメ? 私、漫画家を目指していたんだ。絵は得意なんだけど、話をつくるのが苦手で、漫画家になるのをあきらめようかと思っていたの。ジョー君が手伝ってくれるのなら、もう一度、チャレンジしてみようかな」
「アイちゃん、絵が上手かったからね。僕なんかで良ければ是非、一緒にやろう!」
「本当? じゃあ、決まりね」
――ああ~御御籤が言っていたパートナーって、ジョー君のことだったんだ。
そう思った。