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鬼切神社の御御籤  作者: 西季幽司
アイとジョーの話
3/11

探さずとも見つかる

 町に戻って来た。

 この町を離れて、かれこれ十年になる。子供の頃は、父親の仕事の都合で転勤が多かった。中学校三年生の一年間だけ、この町に住んでいた。だから、あまり懐かしいという気はしなかった。正直、よく覚えていない。町を歩いてみても、こんな感じだったかなと思うだけだった。

 神社に行った。

 鬼切神社だ。ここは変わっていない。通学路にあったので、よく覚えていた。学校をさぼって、一日、ここでぼんやりとしていたことがある。

 御御籤を引いた。

「吉」だった。

「失物」のところに、


――探さずとも見つかる。


 と書いてあったのが気になった。

 まだ独身で彼女もいない。恋愛運は気になる。「恋愛」の箇所には;


――直ぐに出会える。迷わずアタックしろ。


 と書いてあった。

(余計なお世話だよ)と苦笑しながら、おみくじ掛けに結んだ。

 神社から、また町を歩く。暑い日だった。地球温暖化の影響だろう。最近は尋常ではない暑さだ。

 喫茶店に入る。冷たいものが欲しかった。

 洒落た喫茶店で半分程度、席が埋まっていた。四人掛けのテーブルに腰を降ろし、背負っていたリュックを空いた席に置いた。

 直ぐに、ホールスタッフがお冷を持って注文を聞きに来てくれた。僕好みの美人だ。アイスコーヒーを注文した。

 リュックからハンカチを取り出して、汗を拭こうと思った。だが、出て来たのはポーチだった。

(あれ⁉ このポーチ)

 無くしたと思っていたものだ。思い出の品だ。

 この町に転校して来た頃、教科書が間に合わなくて、暫く、隣の席の女の子に教科書を見せてもらっていた。一年間、隣同士で、中学校で唯一と言っていい仲が良かった同級生だった。

 父親の仕事の都合で、一年程でまた転校することになった。転校が決まった時、彼女が餞別にと手作りのポーチをくれた。ポーチには僕の似顔絵が書いてあった。彼女は絵が上手かった。特徴をとらえていて、よく似ていた。

 大事に使っていたのだが、何処に行ったのか分からなくなってしまった。リュックを使ったのは久しぶりだった。旅行用に買ったものだ。旅行に行くことなど、ほとんど無かったので、リュックに入れて、そのまま忘れてしまっていたのだろう。

(懐かしいな)とポーチを眺めていると、「ジョー君!」と名前を呼ばれた。

 コーヒーを持って来た美人のホールスタッフが、僕に向かって満面の笑顔を向けていた。

「アイ・・・ちゃん?」

「うん。久しぶり」

「久しぶり」

「それ、私があげたポーチでしょう? まだ持っていてくれたんだ。嬉しいな。お店に入って来た時、ひょっとしてと思ったんだけど、ポーチを見てジョー君だと確信した」

 そう。お別れにポーチをくれた同級生がアイちゃんだ。

「こんなところで会えるなんて、奇遇だね」

「こんなところはないでしょう」アイちゃんが笑う。

 この町で会いたい人物がいるとしたら、アイちゃんだけだった。同級生の顔なんて、ろくに覚えていない。名前となると、もっと覚えていない。ただ、アイちゃんだけは、記憶の片隅にしっかり残っていた。

 目の前のアイちゃんは、記憶の中の少女と違って、大人に、そして綺麗になっていたけど。

「ごめん」

「はは。いいのよ。言葉の綾だから。ちょっと待ってね」とアイちゃんはアイスコーヒーをテーブルに置くと、「マスター!」と店の奥へ駆けて行った。

 暫くして戻ってくると、エプロンを外していた。そして、「今、休憩を取ったの」と前の席に座った。

「どうしたの? 急に町にやって来たりして」

「うん。仕事の関係で、隣町に引っ越して来たんだ。引っ越し荷物の整理が終わったので、急に、この町に来てみたくなって、やって来た」

「どう? 懐かしかった?」

「一年しかいなかったからね。全然、覚えていなくて・・・」

「そうか。そうだよね~懐かしさは無かったか」

 いや、君に会えただけでも、町に来た甲斐があった――と言いたかったが、そんなこと、口に出来るほど図々しくない。

 まさか、アイちゃんに会えるとは思っていなかった。このチャンスを逃したくないと思った時、御御籤の恋愛運が頭に浮かんだ。


――直ぐに出会える。迷わずアタックしろ。


 そう書いてあった。

「ねえ、アイちゃん。また会えるかな?」

「いいわよ。食事にでも行きましょう。この辺、詳しくないでしょう。私が案内してあげる」

 良かった。この町に遊びに来て良かった。

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