探さずとも見つかる
町に戻って来た。
この町を離れて、かれこれ十年になる。子供の頃は、父親の仕事の都合で転勤が多かった。中学校三年生の一年間だけ、この町に住んでいた。だから、あまり懐かしいという気はしなかった。正直、よく覚えていない。町を歩いてみても、こんな感じだったかなと思うだけだった。
神社に行った。
鬼切神社だ。ここは変わっていない。通学路にあったので、よく覚えていた。学校をさぼって、一日、ここでぼんやりとしていたことがある。
御御籤を引いた。
「吉」だった。
「失物」のところに、
――探さずとも見つかる。
と書いてあったのが気になった。
まだ独身で彼女もいない。恋愛運は気になる。「恋愛」の箇所には;
――直ぐに出会える。迷わずアタックしろ。
と書いてあった。
(余計なお世話だよ)と苦笑しながら、おみくじ掛けに結んだ。
神社から、また町を歩く。暑い日だった。地球温暖化の影響だろう。最近は尋常ではない暑さだ。
喫茶店に入る。冷たいものが欲しかった。
洒落た喫茶店で半分程度、席が埋まっていた。四人掛けのテーブルに腰を降ろし、背負っていたリュックを空いた席に置いた。
直ぐに、ホールスタッフがお冷を持って注文を聞きに来てくれた。僕好みの美人だ。アイスコーヒーを注文した。
リュックからハンカチを取り出して、汗を拭こうと思った。だが、出て来たのはポーチだった。
(あれ⁉ このポーチ)
無くしたと思っていたものだ。思い出の品だ。
この町に転校して来た頃、教科書が間に合わなくて、暫く、隣の席の女の子に教科書を見せてもらっていた。一年間、隣同士で、中学校で唯一と言っていい仲が良かった同級生だった。
父親の仕事の都合で、一年程でまた転校することになった。転校が決まった時、彼女が餞別にと手作りのポーチをくれた。ポーチには僕の似顔絵が書いてあった。彼女は絵が上手かった。特徴をとらえていて、よく似ていた。
大事に使っていたのだが、何処に行ったのか分からなくなってしまった。リュックを使ったのは久しぶりだった。旅行用に買ったものだ。旅行に行くことなど、ほとんど無かったので、リュックに入れて、そのまま忘れてしまっていたのだろう。
(懐かしいな)とポーチを眺めていると、「ジョー君!」と名前を呼ばれた。
コーヒーを持って来た美人のホールスタッフが、僕に向かって満面の笑顔を向けていた。
「アイ・・・ちゃん?」
「うん。久しぶり」
「久しぶり」
「それ、私があげたポーチでしょう? まだ持っていてくれたんだ。嬉しいな。お店に入って来た時、ひょっとしてと思ったんだけど、ポーチを見てジョー君だと確信した」
そう。お別れにポーチをくれた同級生がアイちゃんだ。
「こんなところで会えるなんて、奇遇だね」
「こんなところはないでしょう」アイちゃんが笑う。
この町で会いたい人物がいるとしたら、アイちゃんだけだった。同級生の顔なんて、ろくに覚えていない。名前となると、もっと覚えていない。ただ、アイちゃんだけは、記憶の片隅にしっかり残っていた。
目の前のアイちゃんは、記憶の中の少女と違って、大人に、そして綺麗になっていたけど。
「ごめん」
「はは。いいのよ。言葉の綾だから。ちょっと待ってね」とアイちゃんはアイスコーヒーをテーブルに置くと、「マスター!」と店の奥へ駆けて行った。
暫くして戻ってくると、エプロンを外していた。そして、「今、休憩を取ったの」と前の席に座った。
「どうしたの? 急に町にやって来たりして」
「うん。仕事の関係で、隣町に引っ越して来たんだ。引っ越し荷物の整理が終わったので、急に、この町に来てみたくなって、やって来た」
「どう? 懐かしかった?」
「一年しかいなかったからね。全然、覚えていなくて・・・」
「そうか。そうだよね~懐かしさは無かったか」
いや、君に会えただけでも、町に来た甲斐があった――と言いたかったが、そんなこと、口に出来るほど図々しくない。
まさか、アイちゃんに会えるとは思っていなかった。このチャンスを逃したくないと思った時、御御籤の恋愛運が頭に浮かんだ。
――直ぐに出会える。迷わずアタックしろ。
そう書いてあった。
「ねえ、アイちゃん。また会えるかな?」
「いいわよ。食事にでも行きましょう。この辺、詳しくないでしょう。私が案内してあげる」
良かった。この町に遊びに来て良かった。




