汝の敵を愛せ
「樹里。お前、学校で、富尾のせがれと仲良くしていないだろうな?」
夕食の席でパパから聞かれた。
「していないわよ!」と私がキレると、「そうか。そうか」とパパが満足そうに頷いた。そして、「まあ、あいつがサンダース・ファンに鞍替えするというんだったら、パパはお前たち、応援してやっても良いからな」と言う。
「何よ、それ」
「富尾のやつらの欠点と言えば、ロイヤルズ・ファンだと言うことだけだ。それさえ無ければ、本当に良い人たちなんだがなあ~残念だ」
「あっ、そう」
本当は仲良くしたいのだ。
――馬鹿みたい。私たち、まるで「ロミオとジュリエット」みたい。いや、「トミオとジュリ」だな。
と私は思った。
「いよいよ、今晩はクライマックス・シリーズの最終戦だ。気合入れて応援するぞ!」とパパが口から米粒を飛ばしながら言った。
「いやだあ~汚い」
学校帰りに克樹が鬼切神社に寄るのを見た。
――ははあ~必勝の願掛けに行ったな。
と直ぐに分かった。
克樹に見つからないように、私も鬼切神社で必勝祈願をした。神様も大変だ。正反対の願いを聞かなければならない。
だから、奮発して五百円玉をお賽銭に入れておいた。
そして、御御籤を買った。ここの御御籤はよく当たると評判だ。
勝負運を見た。
――賭けなど止めて、謙虚になれば勝つ。
とあった。あらら。神様にはお見通しだ。もし、今晩、サンダースが勝ったら、克樹には、
――サンダース・ファンになって。
と言うつもりだった。パパも言っている。克樹がサンダース・ファンになると、二人の間の障害は無くなるのだ。そうなると、毒々しい言い争いが無くなって、もっと可愛い私を克樹に見せることができる。だけど、止めた。御御籤が言っている。賭けなんて止めろと。そうすれば、サンダースが勝つと。
恋愛運が気になる年頃だ。恋愛運を確かめた。
――汝の敵を愛せ。
と書いてあった。敵? 克樹のことだろうか。
試合が始まった。
リビングのテレビの前に家族が集まった。ママだって、熱狂的なサンダース・ファンだ。
ロイヤルズは中四日でエースを立てて来たが、疲れが見え、調子が悪かった。サンダースが先制したが、サンダースの先発も球が走らずに、直ぐに追いつかれた。
シーソーゲームとなり、どちらが勝つのか分からない展開が続いた。
――神様。賭けなんて止めます。だから、サンダースを勝たせて。
私は祈った。すると、四番、鰐淵の逆転ホームランが飛び出した。
「やった~!」
パパが万歳をする横で、私とママは手を取り合って喜んだ。
貴重な一点をクローザーの藤村が守り切り、サンダースが勝った。応援に熱中し過ぎたようで、試合が終わると、酸欠で頭がくらくらした。
翌日、昼休み、克樹の方から「話がある」とやって来た。珍しい。サンダースが勝つと、何時もは私から逃げ回っているくせに。
屋上に行った。
「さあ、何でも言ってくれ」と克樹があきらめの表情で言う。
覚悟を決めているようだ。
「サンダース・ファンになって――と言うつもりだった」
「つもりだった?」
「うん。でも、止めた」
「そうか。で、俺は何をすれば良い?」
「何だと思う?」
「どうせ、あれだろう。サンダースのユニフォームを着て、試合に行って、応援しろとかだろう?」
「あっ、それ良いかも」
「違うのか」
「うん。何もない」
「何もない?」
「うん。何もない。賭け事は止めたんだ。だから、何も無し」
「えっ!」
何もないと言われて、克樹は拍子抜けしてしまった様子だった。
「ねえ。もし、ロイヤルズが勝っていたら、かっちゃんは私にどんなことを要求するつもりだったの?」と私が聞くと、「それは・・・」と克樹が口籠った。
「何よ。言いなさいよ」
「もう良いだろう」
「良くない。何を言うつもりだったの?」
「しつこいなあ~」
「言いなさいよ」
「それは・・・」と克樹は言葉を切ると、「一度、デートをして欲しい! って言うつもりだった」と言って、真っ赤になった。
聞いた途端、私も体中が熱くなるのが分かった。
「いや、俺たち。一度も、ちゃんとしたデートをしたことが無かっただろう。樹里と一緒なら楽しいかなあって思って・・・御御籤にも書いてあったし・・・」
「何て書いてあったの?」
「昨日の敵は今日の恋人」
「ふ~ん。良いね。それ。うん。デートしよう。それが良い」
「良いの?」
「うん。でも、デートの日は野球の話は無しにしよう」
「OK。喧嘩はしたくないからな」
後はパパをどう説得するかだ。
両家は犬猿の仲で、私たちはロミオとジュリエットなのだから。




