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鬼切神社の御御籤  作者: 西季幽司
トミオとジュリの話
11/11

汝の敵を愛せ

「樹里。お前、学校で、富尾のせがれと仲良くしていないだろうな?」

 夕食の席でパパから聞かれた。

「していないわよ!」と私がキレると、「そうか。そうか」とパパが満足そうに頷いた。そして、「まあ、あいつがサンダース・ファンに鞍替えするというんだったら、パパはお前たち、応援してやっても良いからな」と言う。

「何よ、それ」

「富尾のやつらの欠点と言えば、ロイヤルズ・ファンだと言うことだけだ。それさえ無ければ、本当に良い人たちなんだがなあ~残念だ」

「あっ、そう」

 本当は仲良くしたいのだ。


――馬鹿みたい。私たち、まるで「ロミオとジュリエット」みたい。いや、「トミオとジュリ」だな。


 と私は思った。

「いよいよ、今晩はクライマックス・シリーズの最終戦だ。気合入れて応援するぞ!」とパパが口から米粒を飛ばしながら言った。

「いやだあ~汚い」

 学校帰りに克樹が鬼切神社に寄るのを見た。


――ははあ~必勝の願掛けに行ったな。


 と直ぐに分かった。

 克樹に見つからないように、私も鬼切神社で必勝祈願をした。神様も大変だ。正反対の願いを聞かなければならない。

 だから、奮発して五百円玉をお賽銭に入れておいた。

 そして、御御籤を買った。ここの御御籤はよく当たると評判だ。

 勝負運を見た。


――賭けなど止めて、謙虚になれば勝つ。


 とあった。あらら。神様にはお見通しだ。もし、今晩、サンダースが勝ったら、克樹には、


――サンダース・ファンになって。


 と言うつもりだった。パパも言っている。克樹がサンダース・ファンになると、二人の間の障害は無くなるのだ。そうなると、毒々しい言い争いが無くなって、もっと可愛い私を克樹に見せることができる。だけど、止めた。御御籤が言っている。賭けなんて止めろと。そうすれば、サンダースが勝つと。

 恋愛運が気になる年頃だ。恋愛運を確かめた。


――汝の敵を愛せ。


 と書いてあった。敵? 克樹のことだろうか。


 試合が始まった。

 リビングのテレビの前に家族が集まった。ママだって、熱狂的なサンダース・ファンだ。

 ロイヤルズは中四日でエースを立てて来たが、疲れが見え、調子が悪かった。サンダースが先制したが、サンダースの先発も球が走らずに、直ぐに追いつかれた。

 シーソーゲームとなり、どちらが勝つのか分からない展開が続いた。


――神様。賭けなんて止めます。だから、サンダースを勝たせて。


 私は祈った。すると、四番、鰐淵の逆転ホームランが飛び出した。

「やった~!」

 パパが万歳をする横で、私とママは手を取り合って喜んだ。

 貴重な一点をクローザーの藤村が守り切り、サンダースが勝った。応援に熱中し過ぎたようで、試合が終わると、酸欠で頭がくらくらした。


 翌日、昼休み、克樹の方から「話がある」とやって来た。珍しい。サンダースが勝つと、何時もは私から逃げ回っているくせに。

 屋上に行った。

「さあ、何でも言ってくれ」と克樹があきらめの表情で言う。

 覚悟を決めているようだ。

「サンダース・ファンになって――と言うつもりだった」

「つもりだった?」

「うん。でも、止めた」

「そうか。で、俺は何をすれば良い?」

「何だと思う?」

「どうせ、あれだろう。サンダースのユニフォームを着て、試合に行って、応援しろとかだろう?」

「あっ、それ良いかも」

「違うのか」

「うん。何もない」

「何もない?」

「うん。何もない。賭け事は止めたんだ。だから、何も無し」

「えっ!」

 何もないと言われて、克樹は拍子抜けしてしまった様子だった。

「ねえ。もし、ロイヤルズが勝っていたら、かっちゃんは私にどんなことを要求するつもりだったの?」と私が聞くと、「それは・・・」と克樹が口籠った。

「何よ。言いなさいよ」

「もう良いだろう」

「良くない。何を言うつもりだったの?」

「しつこいなあ~」

「言いなさいよ」

「それは・・・」と克樹は言葉を切ると、「一度、デートをして欲しい! って言うつもりだった」と言って、真っ赤になった。

 聞いた途端、私も体中が熱くなるのが分かった。

「いや、俺たち。一度も、ちゃんとしたデートをしたことが無かっただろう。樹里と一緒なら楽しいかなあって思って・・・御御籤にも書いてあったし・・・」

「何て書いてあったの?」

「昨日の敵は今日の恋人」

「ふ~ん。良いね。それ。うん。デートしよう。それが良い」

「良いの?」

「うん。でも、デートの日は野球の話は無しにしよう」

「OK。喧嘩はしたくないからな」

 後はパパをどう説得するかだ。

 両家は犬猿の仲で、私たちはロミオとジュリエットなのだから。

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