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鬼切神社の御御籤  作者: 西季幽司
トミオとジュリの話
10/11

昨日の敵は今日の恋人

「いよいよ今夜ね。かっちゃん」と樹里が言う。

 にやけた顔が(かん)(さわ)る。

「何故、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)なのだ?」と聞くと、「だって、サンダースが勝つに決まっているじゃない」と樹里が答えた。

 むかつく。

「サンダースはリーグで二位だっただろう。勝つのはロイヤルズに決まっている」

「ロイヤルズには一勝のアドバンテージがあったのに、三勝三敗の五分に持ち込まれた時点で不利なのは分かっているでしょう。サンダース有利に決まっている。勢いが違う。短期決戦は勢いが大事なの」

 まあ、樹里の言う通りだ。昨晩の敗戦は痛かった。

 プロ野球、今年のペナントは我が東京ロイヤルズが見事、優勝を勝ち取った。二位は大阪サンダースだった。日本シリーズ進出をかけたクライマックス・シリーズが行われており、二位の大阪サンダースが三位だった横浜ビッグウェーヴスの挑戦を退け、東京ロイヤルズと激突していた。

 東京ロイヤルズには一位通過のアドバンテージとして一勝が与えられていたが、二連勝の後に三連敗を喫してしまい、三勝三敗の五分に持ち込まれてしまった。

 今夜の試合で勝つか引き分けるかでロイヤルズの日本シリーズ進出が決まる。だが、負ければ日本シリーズに進出するのはサンダースだ。

 俺の名は富尾克樹(とみおかつき)。うちは生粋の江戸っ子で、曾祖父の代から熱烈な東京ロイヤルズ・ファンだ。子々孫々、脈々とロイヤルズ愛を伝えて来た。俺も祖父と親父の影響で、子供の頃からのロイヤルズ・ファンだった。

 そんな俺に絡んでくるのは、宮下樹里(みやしたじゅり)。幼馴染と言って良いだろう。学年はひとつ下だが、樹里は早生まれなので年は二つ違う。

 俺の家は町中華料理屋を営んでいる。俺が子供の頃、近所に宮下一家が引っ越して来た。しかも、ラーメン屋を始めると言う。丸被りではないが、商売敵(しょうばいがたき)と言えた。だが、俺の親父は無類のお人よしで、宮下家がラーメン屋を開くに当たり、色々、アドバイスを送ったり、材料の仕入れ先を教えたりした。

 そんな親父に、樹里の親父さんは、いたく感激したようだ。

 親同士が親しくなったので、俺と樹里の間の距離が縮まった。それこそ、俺たちは兄妹のようにして育った。

 だが、あることをきっかけに両家は犬猿の仲となってしまった。

 それは、うちが生粋のロイヤルズ・ファンであり、宮下家が筋金入りのサンダース・ファンであることが原因だった。樹里の両親は大阪生まれの大阪育ち、サンダース・ファンであると同時に、アンチ・ロイヤルズでもあった。

 親父と樹里の親父さんは、暇さえあれば酒を酌み交わしていたが、ある日、居酒屋で放送されていた野球中継を見ながら、二人は大喧嘩をしてしまった。

「あの家は商売仇だ。仲良くするな」と親父が吐き捨てるように言った。

 こうして、俺たちは親の都合で引き裂かれてしまった。

 とは言え、小中高と同じ学校に通った。学校で顔を合わせば話くらいする。俺たちの話題は常に野球のことだった。ロイヤルズとサンダースの試合があった日の翌日は、ロイヤルズが勝てば、わざわざ樹里のところにまで行って自慢した。ロイヤルズが敗れれば、樹里がやって来るのが分かっていたので、ひたすら樹里から逃げた。自慢話を聞かされたくなかった。

 こうして、お互いに、たっぷり意識しながら大きくなった。

 そして、今夜、クラスマックス・シリーズ最終戦が行われる。

「ねえ。かっちゃん。今夜の試合、どっちが勝つか賭けない?」と樹里が言う。

「賭ける?」

「自信が無いの? だったら、止めても良いよ」

「ば、馬鹿なことを言うな。ロイヤルズが勝つに決まっている」

「だったら、サンダースが勝ったら、私の言うことを聞いてもらう。良い?」

「構わない。じゃあ、ロイヤルズが勝ったら、俺の言うことを聞いてもらうからな」

「じゃあ、決まりね。指切りしよう」

「お前に何をやってもらうか、考えただけで、今から楽しみだ」

「それは私の台詞」

 俺たちは指切りをした。


 学校帰りに、俺は鬼切神社に寄った。

 ロイヤルズの必勝祈願だ。

 鬼切神社は町の守り神だ。昔々、神社のある山に巣くっていた鬼たちを源頼信という武将が退治したという伝説がある神社だ。鬼を斬るで「鬼斬り神社」と呼ばれたものが、「鬼切神社」となった。

 その「おにぎり」という発音から「お結び」を連想し、「お結び」から縁結びを連想することから、昨今では縁結びの神様として有名になった。

 ここの御御籤はよく当たると評判だ。お参りが済むと御御籤を買った。

 真っ先に勝負運を見る。


――負ける。やるな。


 と書いてあった。

 負ける? ロイヤルズが負けると言うのか⁉

 愕然とした。そんなはずはないと御御籤を見直す。だが、間違いない。「負ける。やるな」と書いてある。そんな! 樹里と賭けをしてしまった。ロイヤルズが負けたら、どんな無理な要求を言われるのか、どんな屈辱を味合わされるか分かったものではない。

 御御籤を見直している時、恋愛運が目に入った。そこには、


――昨日の敵は今日の恋人。


 と書いてあった。

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