その1 第九話 手順1つで味は変わる
第九話 手順1つで味は変わる
今日は鳴き判断についてザックリと教えてもらった。
「鳴ける=面子完成なわけだから、鳴ける=得と考えてても不思議ではないが、実際のところはそうじゃない。なんでかわかるか?」
「んと、なんでだろう。ちょっとわかりません」
「よし、じゃあコレどう思う」
そう言うとメタさんは自動卓の牌をひょいひょいと集めて手牌を再現した。
再現手牌
三四四④⑤⑥⑦⑧66688
「これ、なんとしても③⑥⑨筒引きしたいと願うか? いま最も必要か?」
「……いや、できたらそこは残してテンパイしたいっすね。3面待ちが残ればアガリの可能性が高くなりますから」
「だよな。つまり鳴きも同じよ、先に埋めたくない面子というのがある。リャンメンターツなどは最終形として優秀だから残しておきたい。手が進むからと言ってリャンメンから鳴くこと自体感覚がズレてるってことよ」
「あっ、なるほど」
「同じ食材があるとして同じ料理を作るつもりでも手順1つ違えば味が変わる。それと同じね」とあやのさんが言った。
これは分かりやすい例えだ、料理と麻雀は似ているのかもしれない。
「つまり、まとめるとこういうことっすね。
麻雀は配牌から最終形をイメージするだけでは足らない。配牌からどの順番で手を進めて最終形の待ちをどう残すかというルートまでもイメージしていなければならない。それが出来ていないと鳴きも不可能。と、いうことでよろしいですか」
「おまえ……説明の天才か。その通り過ぎて驚いたわ」
「サラリーマンっすからね。商品の説明とかすんのは日常茶飯事なんで」
「へぇ〜。イヌイさんはどんな仕事してるの?」
「や、つまんない仕事なんで、その話はやめましょう。俺はここに仕事を忘れに来てるんで!」
「あら、ごめんね。そういうことならこれ以上聞かないわ。仕事の疲れとか全部ここで癒やしてって下さいな」
麻雀で疲れが癒えるかと言われればそこは疑問ではあったが、ただ麻雀での疲れは別なんだよな。
俺にとってそれはスポーツをしたあとの爽やかな疲れに似ていて、仕事のあとの苦しい、もう一歩も歩きたくないような、立つのも嫌な疲れとは違うものだった。
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──
メタさんに麻雀を教えてもらってるうちにいつの間にかいつもの面子も来店してた。
「カン。マキ。食べ終わったらやるだろ?」
「もちろん」
「やるわよ」
2人はガツガツと食事をする。その一口一口に(うまい、うまい)と感じているのが表情から伝わってくるほど美味そうに食べていた。
あやのさんはそんな2人を見て満足そうにニコニコしてる。
「おかわり」と言って犬飼さんがご飯茶碗を差し出した。
「ふふふ。あまり食べ過ぎないようにね、もう若くはないんだから」
「う。その現実、悲しいな〜」
「健康こそ最大の美よ。美しいマキのままでいればきっといい人が見つかるから。おかわりは小盛りね。マキの幸せのためよ」
「ちえっ。分かりました〜」
そこまで面倒を見てくれるのか、と俺は驚いた。もう、この食堂は客と店員じゃなくて……なんと言えばいいんだろう。そう、まるでひとつの家族のようだ。
俺もその家族に入れてもらえたりしないかな。なんて思った。そんな日だった。