その1 第伍話 犬飼真希と油淋鶏定食
第伍話 犬飼真希と油淋鶏定食
「あー。楽しかったなー」
帰り道、俺は今日の『あやの定食』での事を思い出し、思わず楽しかったと声に出してた。
美味しい唐揚げ定食。それを作る美人店主あやの。そして、麻雀。その後の瓶ビール。全てが最高だった。こんなに人間の欲を一気に満たしてくれる店って他にあるんだろうか。しかもよく見たらカジュアルな格好をしてる30代女性も目つきこそツリ目で鋭いが、とても整った顔立ちをしている美人だった。タレ目美人の店主『あやの』とはまた別の魅力がある。
(彼女の名前は何というのだろう。次も居たら聞いてみよう)
「あー、早く次の週末にならないかなー!」
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そして週末、土曜日。
ガラガラガラ
引き戸を開けるとまだ麻雀は始まっておらず、カウンター席に例の30代(と決めつけてるだけ)の女性がいた。あやのさんはせっせと料理を作っている。
「こんにちは」
「いらっしゃーい。いま手が離せないから少々お待ち下さいね」
「あ、来た、待ってたわよー」
「お、待っててくれたの?」俺は笑いながら彼女と1つ間を開けてカウンターに掛けた。30代女性がニコリと笑う。「そりゃあね。あんな麻雀見せられたら。名前、なんて言うんだっけ?」
「乾春人。お姉さんは?」
「犬飼真希。よろしくね。」
犬飼さんの鋭いツリ目が少し柔らかく見えた、ような気がした。やっぱり美人だ。
少しするとあやのさんが料理を運んできた。
「はい、マキちゃん。油淋鶏定食おまたせ! イヌイさん待たせてごめんなさいね。ご注文は何に致しますか?」
「えっと、どうしよう。じゃあ今日は俺も油淋鶏定食で!」
「はい、油淋鶏定1つですね。ありがとうございます」
犬飼さんの美味しそうに食べる様子を見てたらそれ以外の注文は思い付かなかった。バリッと鶏の皮が美味しそうな音を出す。あんなの旨いに決まってる! 事実、犬飼さんはもう無言で食べ続けてる。食べるのに夢中といった感じだ。すごく満足そう。
「はい、イヌイさんおまたせ。油淋鶏定食です」
作りたてのジュワ~という音が食欲を唆る。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
俺は一番タレがかかってる真ん中から最初に食べた。普段あまりそんな食べ方はしないのだが、これはあまりにもうまそうだったから。
「うっめえええええ!!」
「ふふっ、ごはんのおかわり無料だからね」
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「ふー、腹いっぱいだ」
犬飼さんもちょうど完食したタイミングだった。
「私もお腹いっぱい。それじゃ、いつものメンツが来るまで卓で待ってよっか」
「そうですね」
牌に触れるだけでも俺は楽しいので「ごちそうさま!」と早々に会計を済まして窓際に置いてあるいつもの麻雀卓に移動した。