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7.死に戻り聖女はハッピーエンドを望まない


「改めて、俺はクリス・チェインバース。この国の第二王子で、あの馬鹿の腹違いの弟」


 声もいつもより数段低くなっている。どうやら魔法で性別自体を変えていたようだ。これが彼の本来の姿なのだろう。


(それにしても、性別を変えるなんて高等魔法を、こんな簡単にやってのけるなんて……)


 驚いて目を丸くしていると、何を勘違いしたのか、クリスが少し落ち込んだ様子で苦笑する。


「幻滅した? 俺、本当は男なんだ」

「幻滅なんてしない! するはずない……! 助けてくれて、本当にありがとう!」


 テイラーは即答した。


 性別なんて瑣末事(さまつごと)だ。クリスが素敵な人であることに変わりはない。


 そして自分も彼を騙していたことを謝罪した。


「私も女だって黙っててごめんなさい……友人という関係にヒビが入ったらと思うと、怖くて言い出せなくて……」

「俺も似たような理由で、君に打ち明けられなかった。でもテイラーが女の子だっていうことは、最初から気づいてたよ」

「ええっ!?」


 他の生徒には全くバレなかったのに。こんなことなら、さっさと打ち明ければよかった。


 テイラーが驚いて口をパクパクさせていると、クリスはいたずらっぽく笑った。

 

「最初は聖女様がなんで男装なんかしてるんだろうと思って、面白半分で近づいたんだけど。気づいたらテイラーに惚れてたんだ。俺は友人じゃなく、君の恋人になれたら良いなと思ってたんだけど?」

「惚れっ……」


 前世含め、これまでの人生の中で最も胸が高鳴った瞬間だった。


 顔が熱い。ドキドキが止まらない。嬉しい。嬉しい。


 ここまできてようやく、自分もとっくにクリスに惚れていたのだと気づいた。


 テイラーが真っ赤になって何も言えないでいると、クリスは優しく微笑んで再び指をパチンと鳴らした。


 すると今度はテイラーが光に包まれる。そしてみるみるうちに衣装が変わっていき、美しいドレス姿に変身した。髪は短いままだが、綺麗にセットされている。


 先ほど頭から水を被ってずぶ濡れだったのに、髪も体も乾いていた。


「さて、そろそろダンスの時間だ。一緒に踊っていただけますか? 愛しい人」


 クリスに手を差し伸べられ、テイラーは迷わずその手を取る。そして、満面の笑みで返事をした。


「喜んで、クリス!」


 それを合図にしたかのように演奏が始まった。


 ダンスはこれまでのループでも何度も踊ったことがあるので問題ない。クリスのリードはこれまでに踊った誰よりも上手で、とても踊りやすかった。


「質問があれば受け付けるよ? 気になること、たくさんあるでしょ」


 クリスにそう言われたので、テイラーは率直な疑問をぶつける。


「クリスはどうして女性のフリをしていたの?」

「昔から、女性に言い寄られて仕方なくてさ。呪いのようなラブレターが何通も届いたり、自分の毛や血を混ぜた菓子が送られてきたり、城のメイドが寝込みを襲ってきたり。本当、大変だったんだ。だから女に化けて、人避けの魔法をかけてたってわけ。兄さんやステラには、他人のフリをしてもらってたんだよね」


 クリスはそう言って苦笑していた。


 彼もこれまでの人生で相当苦労してきたようだ。そういう経緯もあって半ば女性不信となった彼は、未だに婚約者がいないらしい。


 その他にも、テイラーは気になっていたことを一つひとつ聞いていった。


 そもそも彼は、この学園に入ることを拒否したらしい。学園に入ったら、さらに女が言い寄って来ることが目に見えていたからだ。


 しかし、王族はこの学園を卒業するのが代々のしきたりだそうで、流石のクリスも免れなかったらしい。


 そこで彼は、入学にあたっていくつか条件を出した。


 自分一人だけの、特別クラスを作ること。

 テストで満点を取る代わりに、授業を免除すること。

 そして、女として入学すること。


 飛び抜けて頭の良かった彼にとって、授業など受けるに値しなかった。だから他の生徒たちが授業を受けている時間は、空き教室で公務や自分の好きなことをしていたらしい。


 道理で昼休み以外の時間にクリスを見かけることがなかったわけだ。



 そして、兄エドワードとの関係。


 エドワードはどうやら、まあまあポンコツらしい。


 優秀なクリスを王太子にするという話もあったそうだが、クリスは「王なんて面倒なものにはならない」と拒否し、エドワードは「絶対に僕が王になるんだ! もしクリスが王になったらクーデターを起こしてやる!」と言って聞かなかった。

 

 悲しいかな、エドワードは王太子という立場しか自分を誇示できるものがなかったのだろう。


 結局、エドワードとクリス双方の拒否によってその話はなくなり、クリスがエドワードを支えるという形で収まったらしい。

 しかしクリスは、「気が向いたときか、本当にやばい時しか助けるつもりないけどね」といたずらっぽく笑っていた。


「テイラー。君が男装していたのは、きっとあの夢に起因するんだよね? この結末なら、テイラーは死に戻りのループから抜け出せるんじゃないかな?」

「うん。ありがとう、クリス。今日を越えられたら、きっと大丈夫だと思う」


 ゲームはどんなに長くとも、学園パーティーの日までで終わる。明日になれば、未知なる日々の始まりだ。


 しかし、今日が終わるまでにはまだ時間がある。


 ダウンロードコンテンツのシナリオは、もしかしたら死亡エンドではないのかもしれないが、ここから突然殺されるというのもあり得なくはなかった。


 なにせあのゲームの続編だ。どんな変化球があってもおかしくはない。


 不安に駆られたせいで、せっかくクリスとダンスを踊っているというのに表情が陰ってしまう。すると、すかさず彼が優しく微笑みかけてくれた。


「そうか。じゃあ、俺が君の夢を現実にしない。俺が君を、死なせてなんかやらないから」

 

 夢だと言って相談したのに、クリスはまるで自分のことのように真剣に考え、テイラーが死なないよう守ってくれた。そして今も、大切に守ってくれようとしている。そのことが、この上なく嬉しい。


「ありがとう、クリス。夢が現実になるんじゃないかって、ずっと不安でたまらなかったの。でも、クリスと一緒にいればきっと大丈夫なんだって、そう思う」


 できることなら、明日からもクリスと共に過ごしたい。でもそれは許されることなのだろうか。クリスは王族で、テイラーは平民だ。身分の差が大きすぎる。


 しかし、そんな懸念を拭い去るように、クリスはカラリと笑って言った。


「じゃあ、俺と結婚しよう、テイラー」


 まるで「明日一緒にランチを食べよう」くらいのノリで求婚されてしまった。そして彼は、いたずらっぽく笑って一言付け足す。


「まあ、断られても逃がす気ないんだけど。君より好きになれる子、一生現れないから」


 目を眇めてこちらを見つめるクリス。その姿も何ともサマになる。クリスという人間は、どんな表情でも美しいのだと改めて実感した。


 そしてもちろん、答えは一択。


「よろしくお願いします!」

「いい返事が聞けて良かった」


 クリスが笑顔でそう言ったところで、ちょうどダンスの曲が終わった。


 そしてテイラーは、クリスのおかげで卒業パーティーの日を最後まで乗り越え、無事翌日を迎えることができたのだった。




 卒業後のシナリオはない。


 これからは、ハッピーエンドでもバッドエンドでもない、自分の人生が続いていく。


 先の見えない人生は少し怖いけれど、でも、決められた未来なんてまっぴらごめんだ。


 自分の未来は自分で作る。良いことも悪いこともある、それが人生だから。そして、それを共に分かち合える人に出会えた。


 最高のエンディングは、これから自分で作り上げていくのだ。


 だから、死に戻り聖女は、ハッピーエンドを望まない。




最後までお読みいただきありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

皆様と別作品でも再びお会いできることを願っております。



【新作のお知らせ】

「落ちこぼれ聖女は王子の寵愛を拒絶する〜静かに暮らしたいので、あなたの愛は受け取れません〜」

https://ncode.syosetu.com/n7236jw/


本日から新作長編の連載を始めましたので、ご興味あればお立ち寄りいただけると嬉しいです。

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