5.まるで操り人形のよう
クリスに相談してからしばらく経った頃。
攻略キャラにおいて、不思議なことが次々に起こっていった。
まずは、第一王子エドワードの側近であるルークとニック。彼らは突然国外へ留学することが決まり、早々に転校していった。どうやら卒業まで帰ってこないらしい。
ジェームズ先生は他の学園への異動が決まり、学期中だというのに学園を去った。
そしてさらに一ヶ月後、一学年下のマシューに至っては、学園に入学すらして来なかったのだ。
「あの……クリス、何かした?」
学年が上がって二年生になってからも、テイラーは毎日クリスと昼休みの時間を過ごしていた。
テイラーがおずおずと尋ねると、彼女は一言だけ返してくる。
「さあ」
クリスは含みのある笑みを浮かべていた。全て彼女が仕組んだことなのは間違いなさそうだ。
しかし、ここまでのことができるなんて、クリスの実家は相当地位や権力のあるお家柄なのだろうか。
彼女が一体何者なのか気になるところだが、本人が探られたくないようなので何も聞いてはいない。
こうしてテイラーは、これまでのループでは考えられないほど平穏な学園生活を送れていた。
エドワードは依然として学園に在籍しているが、特に接触してくることもない。むしろ、テイラーを見かけると逃げるように去っていくことがほとんどだった。以前クリスに睨まれたのが相当怖かったのだろうか。
何はともあれ、それもこれも全てクリスのおかげだ。
テイラーは毎日感謝の思いを込めながら、腕によりをかけて彼女にお弁当を作る。それを彼女はとても美味しそうに食べてくれる。そうした毎日が、テイラーにとってかけがえのない、幸せで大切な日々だった。
時折、自分の正体を隠している罪悪感に襲われるときもあったが、打ち明けることはどうしてもできなかった。
もしクリスが、男としてのテイラーを気に入っているなら。
もし女だと打ち明けて、友人という関係にヒビが入ったら。
そう思うと怖くて、とても言い出せなかったのだ。
その後、テイラーはひたすら平穏な日々を送り、とうとう卒業パーティーの日を迎えていた。
これまでのループでも、卒業パーティーまでは何度もたどり着いたことがある。しかし、この日より長生きしたことは一度もない。
この日まであらゆるフラグをへし折ってきても、卒業パーティーに誰かしらの攻略キャラと強制的に結ばれ、その場で殺されてしまうからだ。聖女という立場上、欠席するのは不可能だった。
そういうわけで、胃を痛くしながら卒業パーティー当日を迎えたのだが、会場に入った途端、テイラーは言葉を失うほど驚いた。
なんとクリスもパーティー会場にいたのだ。
目立つことを頑なに嫌う彼女がこの場に来るとは思っていなかったので、正直この光景が信じられない。
「クリス!? どうしてこんな人の多いところに? みんな君に釘付けだよ!?」
今のクリスは、彼女の瞳の色と同じ美しい青のドレスに身を包んでいた。玉のように磨かれた白い肌は、触れずとも吸い付くように滑らかであることが一目でわかる。
そして、そのご尊顔たるや。
薄く施された化粧は彼女本来の良さを最大限に引き出しており、見るもの全てを魅了していた。肌の白と唇に差した朱のコントラストが何とも美しい。
会場中の視線が彼女に集まっているのは言うまでもない。
「あら、案外鈍いのね。あなたと踊るために決まっているじゃない」
クスリといたずらっぽく笑う彼女に、思わず息が止まった。
胸がときめくなんて生易しいものじゃない。心臓を鷲掴みにされた気分だ。
そして、自分と踊るために、わざわざ人気の多いこの場に来てくれた。それが嬉しくて嬉しくてたまらない。
「ありがとう。すごく……すごく嬉しいよ……!」
胸が詰まって、そう答えるのが精一杯だった。
その後、幸せな気持ちに包まれながら、クリスと共にダンスの時間になるまでパーティーを楽しんだ。
初めこそクリスの元には大勢の男が押し寄せて来ていたが、彼女の凍るような殺気を浴び、みな蜘蛛の子を散らしたように去っていった。そのおかげで、二人だけの楽しいひとときを過ごすことができたのだ。
(このままいけば、もしかしたら、無事に卒業パーティーを終えられるかもしれない……)
そう思った矢先のことだった。
突然現れた給仕の男とぶつかり、彼が持っていた水を頭から被り、盛大に転び、給仕の男に馬乗りになられ、彼の手が胸に当たった。
(いや、そうはならんやろ……!)
心の中で叫んだが、実際にそうなっているので仕方がない。これがシナリオの強制力か。
「うわああっ! 申し訳ございませ……え、胸、柔らか……え、女性!? 聖女様って、女性だったのですか!?」
慌てた給仕が大声で叫んだせいで、生徒の注目を一斉に浴びてしまった。
給仕の勘違いだと急いで訂正したかったが、服が濡れたせいで胸のさらしが透けて見えてしまっている。その様子に生徒たちは皆、テイラーが女だと気づき動揺していた。
その時、ゾクリと背筋に悪寒が走る。とても、とても嫌な視線が向けられている。
その方向にバッと振り向くと、エドワードが恍惚とした表情でこちらを見つめていた。この三年間見てきた彼の目とは全く違う、ターゲットを見つけたような目に豹変している。
まるで行動がプログラムされているかのようだ。
そして、エドワードは両手を広げながらこちらに近づいてきた。
「テイラー。ああ、テイラー! 君こそが僕の妃に相応しい! 今まで君を見つけられなくて本当にすまなかった。許しておくれ、テイラー!!」
「エドワード殿下、何を仰いますの!? 殿下の婚約者はこのわたくし、ステラですわ!」
「ステラ、君との婚約はこの場をもって破棄するよ。僕はテイラーと結婚するのだから」
つい先程までエドワードと仲睦まじくパーティーを楽しんでいたステラが、こちらに向かって強烈な殺気を放ってくる。
ああ、ここから先の展開は知っている。今回も、やっぱりダメだったようだ。
「テイラー・アンダーソン! なんて忌々しい女! 今すぐこの世から消して差し上げますわ!!」




