4.それでは皆さんご一緒に
ステラはこちらが頼んでもいないのに、勝手に王子顔の男の紹介を始めた。
「ちょうどよかったですわ。ご紹介いたします。こちら、この国の第一王子であらせられます、エドワード殿下です」
(知ってるっての! こいつと結ばれたことで何回死んだと……!)
テイラーは脳内で王子人形をボコボコに殴った。
これまでに一番多く辿ったのは王子ルートだ。流石はメイン攻略キャラとあって、一番結ばれやすいように設計されているようだ。
とにかくこの男は執着がひどい。一度王子ルートに乗ってしまえば最後、他のルートに行くことは極めて難しくなる。彼はいついかなる時でもテイラーにつきまとい、他の男が近づこうものなら権力を使って消しにかかるのだ。
「はじめまして、テイラー君。会えて嬉しいよ」
「……ぼ、僕も、お会いできて嬉しい、です」
思わず顔が強張る。動悸がして仕方がない。お腹も痛くなってきた。まともにエドワードを見ることができず、視線が彷徨ってしまう。
だが、ここで倒れたりして相手の印象に残るようなことがあってはならない。
テイラーは過呼吸にならないよう、意識して息を深く吐いた。
「よかったらご一緒しても良いかな? 君とはお話ししてみたいと思っていたんだよ」
(どうする……ここで断るのも変……? でも、長く一緒にいればいるほど、王子ルートに乗ってしまう可能性が……)
最適解がすぐに見つけられず、テイラーは黙ってしまった。沈黙もあまりよろしくないというのに、焦ってばかりでなかなか判断が下せない。
すると向かいに座っていたクリスが、殺気混じりにエドワードを睨みつけた。切れ長の瞳から放たれる眼光は、相手を切り刻むかのように鋭い。
「え、ええと……お邪魔……のようだね」
エドワードは完全に怯んでしまって、何歩か後退りしている。
(こ、怖……でも、やっぱり綺麗)
睨んだ顔さえも美しいとは、と一種の感動すら覚えていると、エドワードが冷や汗をかきながらその場を取り繕うように笑った。
「ハハ、じゃ、じゃあ僕たちはこれで、ハハ……」
ステラを連れて逃げるように去っていったエドワードを見送って、テイラーはホッと息をついた。この国の王子を睨みつけたりして大丈夫なのだろうかと思いつつ、彼を追い払ってくれたクリスに心の中で感謝する。
しかし彼女は、テイラーの反応を見逃さなかったようだ。
「あの二人と何かあったの?」
「え? いや、その……」
一瞬、本当のことを言ってしまいたくなった。
実は、五十回以上も生き死にを繰り返しているのだと。攻略キャラと無理やり結ばされた挙げ句、絶対に殺されてしまうのだと。
しかし、そんなことを言われて信じる人間なんていないだろう。バカバカしいと一蹴されるだけだ。頭のおかしい奴と思われて、クリスとの関係が終わってしまう方が嫌だった。
テイラーは結局、にこりと作り笑いを浮かべて平気なフリをした。
「何でもないよ」
「そんなわけないでしょう。言ってごらんなさい。何か力になれるかもしれないわ」
「ほ、ほんとに何もないんだ」
「言わなかったら怒るわよ」
クリスがジトリとした視線を向けてくる。
彼女を本気で怒らせたら、先程のような殺気が飛んでくるのだろうか。それは少々耐えられそうになかった。
テイラーは諦めたように眉を下げ、苦笑する。
「この学園に入る前……よく夢を見たんだ。自分が死ぬ夢を」
それからテイラーは、今までの死に戻りの経験を「夢」として語った。
エドワードを含む五人のうちの誰かと懇意になった挙げ句、絶対に死んでしまうこと。
死んだら学園入学時に戻り、また人生をやり直さなければならないこと。
それを五十回以上も繰り返していること。
自分が女であることは隠しているので、ところどころ誤魔化しつつ話すのに苦労した。
話を聞き終えたクリスは、顎をつまんで考え込んでいた。夢の内容を彼女なりに分析しているようだ。
「かなり鮮明な夢ね。これも聖女の力なのかしら」
「……笑わないの?」
「笑わないわよ。あなたがあんなに怯えてたんだもの。笑うわけないでしょう?」
至極当然のようにそう言われ、テイラーは心の底から言いしれぬ感情が湧き上がってきた。
喜び、安堵、そして畏敬の念。
彼女はとても素敵な人だ。
クリスと友達になれて、本当に良かった。
「……ありがとう、クリス」
「こちらこそ、話してくれてありがとう」
ふわりと笑った彼女の笑顔があまりにも眩しくて、心臓が止まるかと思った。胸をぎゅっと掴まれた感覚だ。なんだか顔が熱くなってきた気がする。
(私、これからもずっとクリスと一緒にいたい……)
そう思うと切なくなって、テイラーは両手で胸を押さえた。
五十回以上も無理だったのに、今回だけ生き延びられるなんてことあるだろうか。次に死に戻った時、また彼女に会える保証なんてどこにもない。会えなかった時、自分はその絶望に耐えられるだろうか。
テイラーが一人で気弱になっている一方で、クリスは再び考え込んでいた。何やらブツブツ言っているが、声が小さすぎてテイラーには届かない。
「もしこれが神託だとしたら、現実に起こりうるかもしれないわ。流石にあのバカ王子は難しいけれど、あとの奴らは何とかできそうね。いっそのこと私が娶るという方向性も……」
そしてクリスはしばらくしてから顔を上げ、にこりと微笑みかけてきた。
「テイラー、大丈夫。私に任せて」
「え?」
「必ず私が、あなたを守ってみせるわ」
それでは皆さんご一緒に。さん、はい。
(惚れてまうやろ〜!!)
テイラーは心の中で大声で叫んだ。
同性であっても、流石に今の言葉は胸を射抜かれた。
見た目は爆美女。心はイケメン。そして、魔法も頭脳も群を抜いて優秀。そんなクリスに人が群がるのも無理はない。だからこそ彼女は人目を避けて生活しているのだろう。
(私……結ばれるならクリスみたいな人がいいわ……)
五十回以上もの死に戻りを経て、そんなことを思うテイラーだった。