2.美しすぎるモブキャラ
翌日、テイラーは登校初日を迎えた。
長かったブロンドの髪は短く切りそろえ、胸はさらしを巻いて隠している。元々女性の中では長身の方だったので、制服もそれなりに着こなせていた。「テイラー」は男女共に使われる名前なので、学園でもそれをそのまま名乗るつもりだ。
雲一つない青空の下、校舎に向かって学園内を歩いていると、令嬢たちの黄色い歓声が聞こえてきた。
一体どの攻略キャラが現れたんだと身構えるも、よく聞くとどうやらその歓声は自分に向けられたものらしい。
「ご覧になって! あの方が新しく入学された聖女様よ!」
「平民のご出身なのに、立ち居振る舞いが洗練されているわ」
「なんて見目麗しいお方なのかしら……!」
このシーンは本来のシナリオであれば、平民だからという理由で貴族令嬢たちから妬みや蔑みの言葉をかけられるところだ。しかし、今回は明らかに彼女たちの反応が違う。
(シナリオから外れるのは良いことだわ……!)
これまでの経験上、シナリオから外れれば外れるほど、生き延びられる期間が長かった。これは上々の滑り出しと言ったところだろうか。
ちなみに先ほど、令嬢の一人が平民であるテイラーを「立ち居振る舞いが洗練されている」と評していたのには理由がある。
テイラーはもう五十回以上もこの学園に通っているので、勉学はもちろん、礼儀作法やダンス、乗馬に至るまで、ありとあらゆることを完璧にマスターしてしまっているのだ。
貴族しか通わないこの学園においても、テイラーが最も貴族らしい振る舞いのできる人間かもしれない。
それは決して悪いことではないのだが、今回に限っては思わぬ結果を生んだ。
女子からめっちゃモテたのだ。
「テイラー様! 今日はわたくしと一緒にランチをしましょう?」
「ちょっと! 今わたくしが話していたのよ!? 邪魔しないで!」
「騒々しいわよ、あなた達。テイラー様の勉学の妨げになるわ。慎みなさい」
「はあ? あなた、何様のつもりよ!?」
入学して一週間。テイラーは学園のどこにいても、常に数人の令嬢たちに囲まれていた。
容姿端麗、頭脳明晰、その上聖女としての素質さえも有する男。平民という出自を考慮に入れてもなお、令嬢たちからしたら魅力的に映るのだろう。
モテすぎて攻略キャラたちに目をつけられないか心配だったが、今のところ彼らとの接触らしい接触は避けられている。魔法学のジェームズ先生とも、授業で最低限の会話をしただけだ。
正直このまま卒業まで攻略キャラたちとは関わりたくないものだが、それは流石に難しいだろうと考えている。聖女はよくも悪くも目立つからだ。
そしてこの日、令嬢たちに半ば無理やり囲まれながら食堂で昼食を取っていると、案の定ゲームの主要キャラが接触してきた。
「テイラー様、ごきげんよう」
気品のある、少し高飛車な女の声。何度も聞いたことがある声だ。振り返らなくても誰だかわかった。
しかし振り返らないわけにもいかず、テイラーはギギギと首を回す。そこには、ピンクブロンドの髪を縦巻きにした女が、にこりと微笑み佇んでいた。
「はじめまして。わたくし、ヒューズ公爵家のステラと申します。以後、お見知りおきを」
(うおおあぁあ! 王子ルートで私を何回も殺した奴〜!!)
覚悟はしていたが、その顔を見ると流石に動揺してしまった。
ステラは、メイン攻略キャラであるエドワード第一王子の婚約者だ。エドワードルートをたどると、最終的にこの女に呪い殺されることになる。
「ご、ごきげんよう、ステラ嬢。テイラー・アンダーソンと申します。その、よ、よろしくお願いします……」
どうしても笑顔がぎこちなくなってしまった。すぐにでもこの場から離れたかったが、今は食事中だ。ここで急に立ち去れば、流石に不自然に映るだろう。あまり印象に残るようなことはしたくない。
「そんなに硬くならずとも良いのですよ。この学園で共に学ぶ学友として、仲良くしていただけると嬉しいですわ」
「学友……」
これまでのループでは、ステラがこれほど友好的に接してくることは一度もなかった。女として入学した時点で、エドワードがテイラーを猫可愛がりするからだ。今回は彼女と学友のままでいられることを切に願おう。
「機会があれば、今度わたくしの婚約者であるエドワード殿下をご紹介いたしますわね。では、また」
(いらんいらん、紹介なんかいらん! 余計な真似するな、ステラ! 頼む!!)
テイラーは去っていくステラの背中に向かってひたすら念を送るのだった。
* * *
「はあ……疲れた……」
昼食後、何とか取り巻きの令嬢たちから逃げたテイラーは、学園内にある森林公園をふらふらと歩いていた。午後の授業までまだ時間があるので、それまで自然の中で癒されようと思ったのだ。
この時間の公園は生徒もまばらなので、女子に騒がれることもない。
深く息を吸うと、青々と茂った木々の香りが胸いっぱいに広がって気持ちが良い。先程とうとうステラと接触してしまい気が沈んでいたが、自然を眺めながら歩いていると少し落ち着くことができた。
しばらく公園内を歩き続けていると、ガゼボの中で本を呼んでいる一人の少女を発見した。
(うわあ……なんて綺麗な子……)
白銀のサラサラストレートヘアに、ハッと目が覚めるような切れ長の青い瞳。
肌は雪のように白く、顔立ちは主要キャラに引けを取らないほど、いや、それ以上の美しさ。可愛らしいというより、美人といった印象だ。
そして、座っていてもわかるスタイルの良さ。これは自分よりさらに身長が高そうだ。
モブキャラにしては、容姿が整いすぎている。
「何か用?」
少女は本に視線を落としたままそう言った。やや低めの、透き通るような美しい声だった。
「用がないなら近づかないでくれる? あなた、有名人だから目立つのよ」