1.いっそ死なせて!
「いや、何回目!? いっそのこと死なせてよ!!」
何度見たかわからない、特徴的な木目の天井が目に入り、テイラー・アンダーソンは思わず大声で叫んでいた。
物語によくある話なので、端的に説明しよう。
テイラーは転生者だ。
前世では、日本という国でしがない会社員をしていた、どこにでもいる至って普通の女だった。三十歳になる手前で交通事故に遭いあっけなく死亡。そして転生した先は、前世でプレイしていた乙女ゲーム「LOVE&MAGIC」の世界。
問題なのは、この「LOVE&MAGIC」というゲームが稀に見るクソゲーだということだ。
主人公であるテイラーは平民でありながら聖女としての素質があり、十五歳で王立魔法学園に入学する。貴族から嫌がらせを受けながらも、持ち前の明るさと優しさで周囲を魅了していき、最後には攻略キャラと結ばれてハッピーエンド、というありきたりなシナリオだ。
ただし誰と結ばれても、テイラーはエンディングで殺されてしまう。それがクソゲーと言われる所以だ。
メイン攻略キャラであるこの国の第一王子、エドワード・チェインバースと結ばれると、彼の婚約者である公爵令嬢ステラ・ヒューズに呪い殺される。
王子の側近の双子の兄弟、ルークとニックのいずれかと結ばれると、もう片方が嫉妬の末、片割れとテイラーを殺害する。
魔法学を担当するジェームズ先生と結ばれると、実は既婚者だった彼の奥さんに刺されて死亡。
一学年下の弟キャラ、マシューと結ばれると、ヤンデレ化の末、監禁生活が続き衰弱死。
……とまあ、こんな具合だ。正直なんでこんなシナリオにしたのか、制作者の意図が知りたい。
とは言え、転生した当初はウッキウキだった。イケメンに囲まれた何不自由ない学園生活。主人公補正で自分の見た目もとても美しい。
異世界転生最高か!?
そう思っていたが、甘かった。王子であるエドワードと結ばれた途端、あっさりと殺されてしまったのだ。そして気づけば、学園入学の日に戻っていた。
これは全てのルートを試させてくれる神の粋な計らいだろうかと前向きに捉え、他のルートも試していった。しかし攻略キャラを一周しても、また死に戻ってしまった。
そして、テイラーに転生してからというもの、かれこれ五十回以上は死に戻りを繰り返している。
学園卒業までに何らかの理由で死亡し、学園に入学する今日まで戻されるのだ。ループしすぎて、もはや今が何回目なのか自分でもよくわかっていない。
様々なルートで殺されないよう試行錯誤はしたが、結果は全て同じだった。
シナリオから外れ、モブキャラと結ばれようと奔走したときもあったが、結局攻略キャラと無理やり結ばれた挙げ句殺された。いやはや、シナリオの強制力とは恐ろしい。
(もうすぐ学園から入学のスカウトがやってくる。何かこれまでにない画期的な策を考えないと)
この後の展開は決まっている。
まず、学園からスカウトの男が家にやってきて、テイラーの王立魔法学園への入学が決まる。そして、その日のうちに学園寮へと入寮することになっているのだ。
入学を辞退しようとしたこともあったが、それは無理だった。聖女の素質を持つ者は、必ず王立魔法学園を卒業し、その後王城で働くことが義務付けられているためだ。
(攻略キャラと結ばれたらその時点でアウトだわ。結ばれないようにすればいいんだけど……でも、どうすれば……ううん……)
「ああっ! これだわ!!」
妙案を思いついた時、ちょうど母が扉を開けて声をかけてきた。その顔はひどく怪訝そうだ。
「テイラー、どうしたの? そんな大声出して。王立魔法学園の方がいらっしゃっているわよ」
「ご、ごめんなさい、母さん。何でもないわ。すぐ行くから」
軽く身なりを整えてから階下に向かうと、リビングのソファに黒服の男が座っていた。テイラーを見るなり立ち上がり、会釈をしてくる。
「はじめまして、テイラーさん。私は王立魔法学園のサイモンと申します」
「テイラー・アンダーソンです。どうぞおかけください」
テイラーはサイモンの対面に座ると、彼が口を開くより先に話の主導権を握った。
「入学の件ですよね。ご要件の内容は、神託を受け既に把握しておりますので、説明は不要です。早速、入学手続きに移りましょう」
「さ、流石は聖女様……」
サイモンは呆気にとられたように目を丸くしていた。彼の仕事を奪ってしまって申し訳ないが、許して欲しい。
本来なら、ここから一時間ほど聖女や王立魔法学園についての説明が長々と続く。流石にループ三回目くらいで聞き飽きたので、それ以降は聖女の力のおかげだということにして、説明を端折っているのだ。
サクサク行こう、サクサク。
テイラーは入学関連の書類に必要事項を記入しながら、サイモンに話しかける。
「サイモンさん。入学にあたって、一つお願いがあるのですが」
「何でしょうか」
「私を男として入学させてください」
「……は?」
サイモンはまたもや目を丸くしていた。何を言っているか理解不能、という顔だ。
王立魔法学園に男として入学する。それが今回の作戦だった。
攻略キャラは全員男だ。ならば自分が男になれば、彼らと結ばれる可能性は限りなく低くなるのではないだろうか。
シンプルな作戦だが、かなり効果的なのではないかとテイラーは考えている。
「お役目が全うできれば、聖女が女だろうが男だろうが関係ありませんよね? であれば私が男装をして学園に通っても何ら問題ないはずです。ね? そうでしょう?」
「え、ええ。それはそう……ですね」
勢いよく捲し立てるテイラーに、サイモンは完全に気圧されていた。
聖女は代替わりの時期が近づいてくると、狙ったように次の聖女が生まれてくる。そのほとんどは女性だが、稀に男性もいる。だから別に、テイラーが男として振る舞っても特に問題はないはずなのだ。
「ち、ちなみに、なぜ男装をご希望なされるのか、理由を伺っても……?」
恐る恐る尋ねてきたサイモンに、テイラーは眉を下げ、伏し目がちになる。できるだけ深刻そうに見えるように、表情を作った。
「実は私、男性恐怖症なのです」
嘘ではない。
攻略キャラの五人に限っての話だが、姿を見るだけで動悸がしてくるレベルだ。彼らと関わったせいで五十回以上も死んでいるなら、仕方のないことだと思う。
「その……男性に異性として見られるのが怖くて仕方がなくて……学園生活をまともに送れるか不安なのです。ですからどうか、お願いします。男として入学させていただけないでしょうか」
サイモンはしばらく顎をつまみながら「うーん」と悩んでいた。過去に前例がないのだろう。
テイラーは祈るような思いでサイモンからの返答を待った。これがダメなら、早々に他の作戦を考えなければならない。
すると程なくして、サイモンはフッと表情を和らげた。
「事情が事情ですし、わかりました。そのように手配しましょう」
「ありがとうございます!!」
サイモンが柔軟な人物で本当に良かった。まるで温かな光が差し込むように、心に希望が満ち溢れていく。
これで今回のループの作戦が決まった。
「誰と結ばれても死亡エンドなので、男装して乗り切ろう作戦」だ!