第一章 青木老人との初夜
青木老人活躍の予兆
看護師になってから1ヶ月ちょっと。
やはり夜勤はまだまだ慣れない。
けれど今夜は佐藤さんと一緒だし、
病棟の患者さん達も皆 おおむね安定している。
問題の青木さんもずっと静かに眠ったままだ。
何故 三枝さんはあれ程ビビってたんだろう…?
普通の患者さんと変わりないと思うんだけどなぁ。
1回目の巡回を終えナースステーションに戻った私は、
青木さんのカルテを詳しく読んでみた。
青木慶吉77歳
娘夫婦と同居。
ふむふむ。
妻 77歳
所謂同級生夫婦 かあ。
妻に腰痛を訴えたものの相手にされず、
運動不足なんだから歩けと言われた為、
一日中飲まず食わずで歩き続ける。
ふふふ 恐妻家?
それで前述のとおり隣街の公園で発見されたってわけか。
倒れたのは疲労と脱水症によるもので
直ぐに回復したものの、
詳しい検査の結果、腰椎にヒビが入っている事が判明。
腰痛はおそらくそこからのものであろうと思われ、
整形外科病棟への入院となった。
ここまで読んだ時、いきなりナースコールが鳴り
(まあいきなりなのは当然だけど…)
私は1センチ位飛び上がった。
痩せてたら8センチはいくと思う。
本当に心臓に悪いったらありゃしない。
312号室か。
あっ!青木さんの部屋ではないか。
さっきまで爆睡してたのに と、
焦った私は小走りで青木さんの部屋に向かった。
312号室は二人部屋だが、
昨日バイク事故で入院していた男性がめでたく全快した為、
今は青木さんひとりだ。
ベッドを覗くと青木さんは気持ち良さそうに眠っていた。
ペンライトで照らし、顔をよく見てみたが確かに寝ている。
ぽっかり開いた歯の無い口を見たら
昔 家族旅行で行った「あぶくま洞」を思い出した。
(まあこちらはあんまり美しくはないけど)
部屋を間違えたのか?
いや確かに312号室のランプが点滅している。
変だとは想ったが何も異状はみられないので
そっと扉を閉めて、そのままナースステーションに戻った。
それから静かな1時間が過ぎ、
今夜はこのまま何事も無いといいねーなどと話していたとたん、
またまたナースコールが鳴り響いた。
312号室だ。
今度こそ呼ばれていると思い、
私は急いで青木さんの部屋に向かう。
「青木さんどうなさいました?」
反応は無い。
?
「青木さんご気分悪いんですか?」
?
規則的な くぉーくぉー という呼吸音。
ワレ寝とるんかい!怒
少しムカついて戻った私を見て、
佐藤さんは柔らかな笑みを湛えながら
「愛子ちゃん、疲れてるんじゃない?ひと休みしたら」
と言ってくれたので、
裏の休憩室で眠気覚ましに濃いお茶とクッキーを食べた。
こういう時に食べるお菓子って本当に美味しいよねー。
時計を見ると、もう深夜の2時をまわっている。
一番疲れの出る時間だ。
我々看護師は通常ナースステーションで飲み食いはしない。
病棟に匂いが漏れるし、過剰な心付けを避ける為だ。
でもこのクッキーは例のバイク事故の患者さんが
退院のお礼にと置いてってくれたものだ。
一応師長が
「病院の決まりで受け取れないんですよ~」と断ってはいたが、
ガッチリその高級クッキーの箱を掴んでいたのを
私は見ていた。
大好きな甘いものを食べたせいか、少し頭が冴えてきた。
それにしてもナースコールである。
病院の怪談でのベタな話じゃあるまいし、第一空き部屋じゃないし、、、
機械の故障なのかなぁ。
あ、いつまでもサボってちゃマズイ。
もう戻らないと。
ナースステーションに戻ると、佐藤さんは巡回に出たのか
誰も居なかった。
病棟は相変わらずシンとしていてありがたい。
皆さんこのままごゆっくりお休みくださいね。
と、思ったのも束の間、またまたナースコールが。
青木さんの312。
不気味とうんざりが半々の複雑な気分で足音を忍ばせて部屋に向かう。
ジジイの故意なら、証拠を掴んでやろうと思ったからだ。
私は静かーにベットに近づくと、
ライトを点けずに青木さんの様子を伺った。
そして暗闇に慣れた目に映った信じられない光景!
マジ驚愕!!
最恐の沼落ち!!!
経験の浅い新人看護師は果たして上手く対応できるでしょうか?
(次章は三日後を予定しています)