第八章 隠密力士
昨日はお休みで、家でゆっくりできたせいか きょうは朝からやる気満々、
体も軽いし何より久しぶりに佐藤さんとの日勤だ。
青木でも堀でもどんとこいって気分。
いつも通りの引継ぎが終わり、佐藤さんとの楽しい回診。
佐藤さんは相変わらず美人で、優しくて、
おまけに傍にいると良い匂いまでする。
綺麗だと体臭までかぐわしいのだろうか。
我々看護師は、患者さんの微妙な変化を見逃さない為
また安全を確保する為 などの理由で
コロン、ネイル、ピアス、ミニスカート、勝負パンツ(本当です。
レースや派手な色が透けてみえると患者さんに無駄な刺激をあたえてしまうから)
が禁止されている。
私はどんな匂いを発しているのだろう。
ポークみたいな美味しい匂いだったりして ぶひ。
そういえば大学生の時、同じ看護学部の男子生徒が私に向かって
「ブヒ、ブヒ」 って言いながら、しつこくあとをつけてくるので、
バカにしているのかと激怒したら 所属していたコーラス部の「部費」だった
なんてことがあったなあ。 笑
「おはようございまぁす」
312号室に入って行くと、顔色の悪い青年と不良ジジイが
朝日を浴びてうなだれていた。
山口君は治まらない頭痛のせいで
青木老人は飴を没収された悲しみで。多分。
二人で手分けしてバイタルの測定をする。
佐藤さんは、青木さん。私は山口君。
青木老人は昨日とは別人のように従順だ。
カルテにデータの入力をしていると、
山口君がそっと私のポケットにメモを忍ばせた。
え?これって、これって、もしかして体育館の裏に来いっていう例のアレ?
それともメールアドレス?
自慢じゃないが、私は彼氏いない歴=実年齢の 清らかな女の子なのだ。
なので初めてのシチュエーションにとっても戸惑ってしまった。
気分はまるで中学生。
ナースステーションに戻り、
忘れ物をしたふりをしながらロッカールームに入る。
ドキドキしながらメモを見る。
「今日の勤務が終わったら、ここに連絡ください。
090-○○○○-○○○○ 退院前にどうしても話したい事があります」
綺麗な字でそう書かれていた。
そうだった。 みんなのアイドル山口君は、
頭痛は残っているもののオペの経過は順調で
明後日の退院が決まっているのである。
告白?
いやーん、困っちゃうなあ。 でも友達から始めるのも悪くないかも。
他の看護師さん達には内緒だゾ あ・い・こ ♡
もうそれからの勤務はメチャクチャだった。
313号室の木村さん、蓄尿バックを踏んでしまってごめんなさい
302号室の小池さんアツアツの清拭タオルを
ハゲ頭に落としてしまってごめんなさい
07号室の登坂さんポータブルレントゲンの時、
はいピースって掛け声してごめんなさい
318号室の斎藤さんの奥さん、
旦那さんの病名「心筋梗塞」を「近親相姦」って言ってごめんなさい
和田先生、偉そうに「和田君」と呼んでごめんなさい
(やまぐち・「くん」で頭がいっぱいだった)
怒涛の日勤が終わり、引継ぎも無事ではなく終わった。
(当然 師長からたっぷり叱られた)
よし!潮は満ちた。
緊張しながら電話をかけると、1回目のコールで 山口君が電話に出た。
「小和田さん、ちょっとここでは話せない事なんです。
三階の面談室 使えないでしょうか?」
面談室っていうところがちょっと色気ないが、
人目に付かず二人で話をするには、結構な穴場かもしれない。
流石の選択だよ、アイドルくん。
狭い面談室に行くと、もう山口君は椅子に座って待っていた。
相変わらず顔色はイマイチだったが、やっぱりカワイイ。
「小和田さん、俺すごく迷ったんですけど、もう我慢できません」
そっかー若いから溜まって、,、、
「なんなんですか、佐藤さんって!」
え?そっち? そこから山口君は一気に話し出した。
「僕が入院した最初の晩です。
お隣の青木さんが9時過ぎにナースボタン押したんです。
そしたら佐藤さんって看護師さんがとんできて、
おじいちゃんにこう言ったんです。
『おめ、すたっぽが』って。」
え?スタッポって、あの医療用の物入れの事かな?
「そしたら おじいちゃんが、『そだものいらね』って。
それで佐藤さんが『まだやったら かっくらつけっかんな』 『サチコさゆわねどな』って。
ひそひそ声だったけど、絶対そう言ってました。」
いやいやいや、意味わかんないし。
何語? 確かにあの晩は佐藤さんが当直だったけど。
「それからおじいちゃんはすっかり静かになったんです。
佐藤さんの前でだけは。
あの看護師さん、すごく綺麗ですけど、普通じゃないですよね!
てか ただ物じゃないですよね! それで僕も怖いっていうか、
考えてたら眠れなくなって、それに 佐藤さんじゃない時は、
おじいちゃん夜中に鼻歌歌ってて。 しかも同じ曲を繰り返してずっと歌ってるから、
もー俺 気が狂いそうです!」
そこまで言うと、山口君は大きくため息をついた。
その後の事情聴取によれば、、、
山口君のお母さんは宮城県出身で
小さい頃からお母さんの実家によく遊びに行っていた為
彼は東北弁が判るのだそうだ。
どうやら佐藤さんと青木さんの言葉はお隣の福島弁らしく
何を言っていたかというと
『おめ、すたっぽが』→「あなた、殴りますよ」
『そだものいらね』→「そんなものは いりません」
『まだやったら かっくらつけっかんな』→「またやったら頭を強く叩きますよ」
『サチコさゆわねどな』→「さちこさんに言わなければなりませんね」
だそうです。
って、うっそだー! 佐藤さんが東北出身ですと?ぜんぜん訛ってないしー、
そんな脅迫するわけないしー。
でも山口君の顔色が事実を物語ってるかも。
確かにあの夜から青木老人は静かになった。
なったけれども、鼻歌。
(因みになんの曲か訊いたら、天童よしみの歌うハチミツキンカンのど飴の歌だそうだ)
注意してもらおうと思ったが、
また佐藤さんに脅迫されたらおじいちゃんが可哀想だと思い我慢していたと。
思わぬ展開で、佐藤さんの裏の顔を知ることになった。
私は山口君に謎の解明と入院環境の改善を約束し、面談室を後にした。
私のドキドキを返せ。くそじじい。
なめたらアカン~♪ なめたらアカン~♪ ぜよ!
徐々に暴かれるスーパーナースの正体