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勉強会

 その後、日直の仕事で百戦錬磨は夏希とやりとりをしていた。

 職員室に日誌を届けに行ったようだった。

 その後、二人は勉強会かあ。夏希はきっと錬磨君に乗り換える。乗り換えの速さはピカイチだ。彼氏のタイプも毎回違う。

 だから、彼のような勉強ができて、運動神経もいい不良系な雰囲気に惹かれる可能性は高い。


「実はさぁ、髪型少し変えてみたんだ。錬磨君が教えてくれた髪型で、前髪を少し長めにして、後ろは刈り上げる感じで。どう? 似合ってる?」

 紫陽君が珍しく外見を気にしている。これって、告白と関係してるのかな。


「あいつのアドバイスなんて、真に受けなくても、自分を変えなくて充分だよ」


「愛花ちゃんってこんな髪型が好きかなって思ったんだ。正式に付き合ってほしい」

 お辞儀をされる。これじゃあ、はぐらかせない。


「……」

 言葉が出ない。こんな時は、なんて答えるのがいいのだろう?

 ①私も好きでした。

 ②ごめんなさい、いい友達でいましょう。

 ③もう少し考えてもいいかな。


 3番のもう少し考えてもいいかな、にしよう。

 その時――百戦錬磨にボディタッチしながら談笑する夏希を発見する。日直の仕事が終わったのに、何か話しているらしい。錬磨の奴も嬉しそうな顔をしている。これじゃあ、私が入るスキマなんて1ミリもない。辛い――。


「もしかして、錬磨君のことが好きとか、そんな気持ちがあったりしないよね? だから、彼みたいになりたくて外見だけでもアドバイス通りにしてみたんだ。彼とは正反対だからね」

 痛い所を突かれた。


「あるわけがないよ。だって、私目つきの悪い人って苦手だし。不良は大の苦手だよ」

 オーバーリアクションになってしまった。不自然かな。


 そして、とっさに出た言葉が――

「付き合ってみようか。受験に支障ない程度で。基本は友達の延長だよ」

「わかっているよ。将来を考えて今は勉強が大事だし、人間ポイントによって将来を支配されていることはわかっている。でも、かならず立派な人間になって、幸せにするから」

 私は幸せ者だ。世間的に見て、高ポイントの将来性のある有望な幼馴染から告白されている。


「ありがとう」


 こんなに誠実な告白ってあっただろうか。百戦錬磨も手紙では誠実なことを書いていたけれど、実際夏希の目を見てこんな立派なことを言えるはずはないと思う。間違いなく、紫陽君のほうがずっと将来性があるし、まっすぐな想いをぶつけてくれた。そして、桜葉家の家庭は円満だし人間ポイントが高い。幼馴染だからこそ、私のことを理解してくれている。


 いつものように、紫陽君と勉強する。でも、隣にあいつがいない。いつも、うるさいし、口は悪いし、わからないところはとことん食らいつく百戦錬磨がいない。彼の匂いがしない。今更ながらの存在感の大きさに絶句する。私は、彼を中心に生きていたのかな。今更気づくなんて。でも、新しい恋をしよう。両思いになって幸せになろう。何も、あんなに複雑そうな家にいる錬磨などと付き合う必要はない。むしろマイナスだ。


 本音は隣にいてほしい。私はずっとあいつと一緒にいたかったんだ。でも、元々彼の想い人は夏希だ。何を今更――。必死に教科書に向き合う。


 翌日――百戦錬磨が声をかけてきた。どうせ昨日は夏希と楽しい時間を過ごせたとか自慢でしょ。無視していると――

「桜葉とうまくいったんだろ」

「どういう意味?」

「つきあうことになったって聞いたぞ」

「なんで知ってるの?」

「俺が、桜葉がおまえのことを好きだと気づいて、色々と相談に乗ってやってたんだよ。相談に乗った甲斐があったもんだ」

 なにうなずいて納得してるの?

 昨日のはわざとで、仕組んでいたんだ。紫陽君と二人で私を陥れたんだ。


「最低!! どうせ、彼女と仲良くやってるんでしょ」

 困った顔をされる。そりゃそうだ。恋愛に協力しただけなのに、最低扱いなんておかしい話だ。

 ただ、彼は同級生の恋愛の協力をしただけだ。


「最低はないだろう。髪型のアドバイスしたり、二人になるきっかけを作っただけだって。俺も、お世話になったからさ。あと、夏希とは手紙なしでも話せるようになったから、もう、手紙はなしでいいよ」


 とうとう、用無し宣言されてしまった。私は彼にとって必要がない人間で、桜葉紫陽とうまくまとまればいい存在の女だ。1ミリも恋愛感情を彼は私に抱いていなかった。そりゃそうだ。わかっていたけれど、現実を突きつけられると胸が苦しい。私って魅力ないよね。


「別に、気をつかわなくていいから、今まで通り勉強会は来てもかまわないよ」

 接点の糸を一応つないでおく。ムカつくけど、そばにはいてほしい。矛盾しているけれど、私の正直な気持ちだ。

 改めて何でもできる百戦錬磨のすごさに気づく。

 笑顔ひとつにも胸がときめく。彼氏ができても、それはかわらない。

 髪が揺れて陽に当たった髪色も全てが輝いて見えた。

 多分床屋に行くお金がないから、ぼさぼさな髪なのかなとおもうけれど、それが彼には似合っていてむしろかっこよく見えるから不思議だ。自分で切っているのかもしれないけれど、独特の雰囲気に呑まれる。


「勉強会って何々?」

 夏希が来る。少し前まで見向きもしなかったのに、面倒だな。でも、この人がいなかったら私はクラスに友達ができなかった。


「桜葉君のうちで勉強を教えてもらおうっていう話」

「桜葉君って学年1位で生徒会長でしょ」


 私は知っている。夏希は見た目が派手な人が好きだ。だから、紫陽君のような少しばかり地味で真面目なタイプは好きではない。勉強ができるところは多分、興味はあるんだろうけれど、歴代の彼氏の話を聞く限り、外見重視のようだった。だから、あえて紫陽君にアプローチはしないのだろう。


「しかも、彼氏が桜葉君だって!! 愛花すごいじゃん。私も勉強会参加してもいい?」

 ここで、だめなんて言える立場にはない。紫陽君は否定的なことを言わない人だし、百戦錬磨は夏希を好きだから断るはずもない。


「べつにかまわないよ」

 控えめに言うと――

「やったぁ」


 大げさに喜ぶ。もちろん内股気味でかわいらしい笑顔だ。これって意図的なのかと思う私は性格が悪いかもしれない。


「みんなで優秀高校目指して頑張ろう!!」

 そうはいいつつ、一番不出来な私は自宅で一番勉強していた。

 元が悪いから、ちょっとやったくらいじゃできる人間にはなれない。

 努力は人一倍必要な人間なのが私。

 どうしてこうも不公平なのだろう。

 元々なんでもできる人、理解力が高い人に憧れる。


 少し前まで彼の隣には私しかいなかった。

 百戦錬磨がどんどん遠い場所に行っちゃう。

 彼が夏希を見つめる熱いまなざしを見ていると、正直辛い。

 だから、隠れ蓑に紫陽君を使ってしまった。

 好きだといってくれる人がいるだけで幸せだ。

 悲しい時にきっと慰めてくれるだろう。一人ぼっちは辛いから――。


 紫陽君の自宅は広く、4人で勉強をしても狭いと感じない。両親は夜遅くまで仕事をしているので、何も文句は言ってこない。

 紫陽君に聞くとたいていのことはわかっているので、塾の先生や家庭教師みたいだった。


「愛花と桜葉君って幼馴染なんでしょ。どこで、恋が芽生えたの?」

 好奇心旺盛な夏希はまじまじと見つめて質問してくる。


 百戦錬磨の鋭い視線も痛いくらい感じる。

 この人だけには聞かれたくない質問だ。


「どこかなぁ」

 正直恋が芽生えていない私は何も答えられなかった。


「気づいたら、芽生えていたんだよ」

 恥ずかしげもなくそんなセリフを言える紫陽君は凄い。


「二人共、熱いなぁ」

 にやっと笑う百戦錬磨。この人の視界に入っている私は、夏希の友達で、桜葉紫陽の彼女以外何者でもないんだよね。もう、手紙の受け渡しもしないし、彼はスマホを持っていないから個人的な連絡をすることもない。みんなで勉強して、同じ高校に入れたらラッキーくらいな話だ。

 彼は私のことを恋愛対象として見ていないから、こんなに平然としていられるんだよね。


 みんなで勉強して、同じ高校に入ったら、この関係が続くのかな。人間ポイントが上がると、奨学金が出たり、大学の推薦枠ももらえたりするんだろうか。優秀な人間にならなきゃこの世界で生き残ることは難しい。でも、優秀高校に奇跡的に入ってもおそらくビリ確定だろう。自分のことは自分が一番よくわかっている。結局高ポイントの人間にはなれない。


「錬磨君ってさ、最初、怖い人だと思ったんだよね」

 夏希が思ったままのことをしゃべる。

「でもさ、この前、重そうな荷物を持ったおばあさんを助けているのを目撃して、最近では、成績が急上昇でしょ。印象ががらりとかわったんだよね」


「人は見た目じゃねーよ。怖いとはしょっちゅう言われるけど、何かあったら俺が守るから、テストで負けても、ケンカじゃ負けねー」

 相変わらずの彼らしいセリフにクスリと笑いが沸き上がる。


「錬磨君は見た目で人を選ばないってこと?」

「そうなるな」

 夏希は手紙のこと忘れているのかな。覚えていたら、聞いてくるよね。どうか思い出しませんように。百戦錬磨も手紙について夏希に話をしませんように。誰かにとりあえず祈っておく。私の場合、祈る対象は適当だ。


「錬磨君って、付き合っている人っていないんだよね?」

 上目遣いの美少女を演出しながら、夏希らしい直球な質問だ。


「いない」

 相変わらず答え方もぶっきらぼうだなぁ。

 これって夏希と恋人になるチャンスが間近な質問だ。

 いないから、いつでも彼女募集中とも受け取れるよね。

 夏希が羨ましい。


「最近は交際はポイントが上がるっていう話知ってる? 以前は学生の恋愛は学業の妨げになるって言われていたけれど、成績が良く、交際もしている人間は将来結婚する可能性が高いから、人間ポイントを付与されるんだって」

 何気に交際するといいことがあるよというアピールだ。抜け目がないなぁ。頭がいいんだと思う。私は要領も悪いし、見た目も悪いし、頭も悪い。どこにもいい要素がないのに、交際してるなんて、不思議だ。この貴重な桜葉紫陽君を大切にしなきゃ。彼は、中身で選んでくれたんだろう。


「ごめん、電話かかってきた。ちょっと廊下に行くね」

 夏希が席を立つ。


「僕はお茶持ってくるよ」

 紫陽君も台所に行った。


 突然の二人きりの空間。きまずいなぁ。なんで、こんなことになるのだろう。


「おまえさぁ、とりあえず作り笑いでその場をしのぐっていう性格どうかと思うぞ。夏希に逆らえない雰囲気かなり出てるし。同級生なんだから、もっと対等にしねーと。それに、彼氏に対しても、もっと愛情注げよ」


 その言葉にカチンと来た。


「別に人間ポイント目当てで付き合ってるわけじゃないし、人前でラブラブなことが愛情ではないと思うの」

 つい語調が強くなる。


「桜葉は本気だ。なぜおまえはそれに全力で答えない?」

「それは――」

 一瞬息が詰まる。他に気になる人がいるからなんて言えない。まさか、あなたのことが好きだからなんて言えるはずがない。それに、完全なる片思いなのをわかってまで失恋するほど愚かじゃない。


「おまえのことをあんなに真剣に愛する人間は桜葉しかいないと思う」

 わかっていたことを言われた。悔しい。一人でもいるだけでも幸せだけれど、裏を返せば、桜葉紫陽以外、つまり百戦錬磨には愛されていない。どんなにこっちが好きだと思っても今更この状況でアピールする手段もないし、そんな馬鹿なことはできない。


「私の魅力を知らない人間に言われたくないけど」

 珍しく強気だ。こんなこと、普通言わないのに。どうしてだろう。


「おまえは、確かに自分を持ってないと思う。自信を持つべきだと思うし、実際素敵な彼氏を大事にするべきだ」

 真剣な彼の顔を見ていたら、思わず涙が出てきた。

 彼氏を大切にしろなんて、わかってる。でも、あんたの口からだけは聞きたくなかった。


 涙をぬぐいながら、そのまま帰宅することにした。


「おまえ、泣いてるのか?」

 鋭い目が少しばかり大きく開く。驚いたのだろうか。


「べつに」

 そう言うと、紫陽君がお茶を持ってきたにもかかわらず、私はその場を立ち去った。心が苦しい。恋ってこんなに辛いんだ。もっと甘くて楽しいものだと思っていた。でも、交際ポイントが入るならば私の進路は有利になる。そんなことを考える私は真の人間性が低いとしか思えない。


「どうしたの?」

 夏希が入ってきたようだが、私は帰宅する準備をする。


「字がきれいだな。書道とか習っていたのか?」

 たわいのない二人の会話だ。もう、ここにいるだけで自分が辛くなる。

 きっと近い未来二人は付き合うのだろう。

 私はただ見ているだけ。何もできない。


 そのまま何も言わずドアを開けて帰宅する。

 外はもう暗い。

 うしろから、足音が聞こえる。

 もしかして追いかけて来てくれた?

 淡い淡い期待がほとばしる。


 ゆっくりと立ち止まり後ろを見ると、紫陽君だった。

 がっかりした自分がいる。失礼極まりない。


「どうしたの?」

 息を切らした、紫陽君が追いかけて来てくれた。


「別に、何でもないの。ちょっと今日は寝不足で体調が悪くて……」

「無理はダメだよ。ちゃんと休んで。近くだけど送るから」


 ああ、この人にずっと委ねよう。

 そう思う。一時の気の迷いは捨てよう。

 心のゴミ箱にしているみたいで申し訳ない。

 忘れなきゃ。私は違う高校を受験して、そこで上位を取れば人間ポイントは絶対に上がるはずだ。


「今も追いかけろって錬磨君に言われたんだ。彼は本当によく見ているよね。気が利くんだよね」


「錬磨君が、この恋の協力者だって聞いてちょっと最初は、勝手に盛り上がらないでよって思ったの」


「彼は、僕の気持ちに気づいてくれたみたいでね。僕が恋愛相談を勝手に頼んだんだよ。彼はすごく優しいよね。一見怖そうな見た目に惑わされちゃいけないよ」


 なんだか吹っ切れた。何度も期待して、好きだと思っていた私。

 でも、かなわない恋もある。

 伝えることができない恋もある。

 諦める恋もある。


「あの人、目つき悪いからなー。でも、おせっかいのおかげで私たちは付き合えることになったわけだしね。これからも、よろしく、紫陽君」


 手を差し出した。握手を交わす。付き合っているけれど、触れたことも無い手。

 はじめての握手。

 紫陽君の手は思ったよりも大きく私の手を包み込む。

 この瞬間、吹っ切れた。紫陽君と一緒に頑張ろう。

 いつでも、彼は一途で優しい。野蛮なことも危険なことも絶対にしない。

 まるで穏やかなクラシック音楽を奏でてるような人柄だ。基本、規則に則った音楽性だと思う。


 百戦錬磨は、うるさいロックとかヘビメタ系の音楽を奏でていそうで、いつ転調するかもわからない。対照的だ。

 きっと物珍しかっただけだ。もう、忘れよう。気持ちに蓋をする。

 手のぬくもりを感じ、そのまま帰宅した。友達から恋人になるなんて、変な感じかも。


 翌日、学校で珍しく百戦錬磨が話しかけてきた。

「昨日は悪かった……」

 目を伏せて、申し訳なさそうだ。珍しく低姿勢でよくわからないといった顔をしていた。こんな彼の態度は初めてで正直どきりとした。でも、昨日感情の蓋をしたので、今後は感情を出さない。


「別に何もなかったけど、何を謝っているの?」

「昨日、泣いてただろ。俺、悪いことしたか? おまえのためになると思って、桜葉の恋愛に協力した。恩返しのつもりもあった。桜葉には勉強を教えてもらったし、おまえには手紙の受け渡しを頼んでいたし。二人が幸せになればって」


「泣いてないよ。それに、紫陽君のことを追いかけさせたの、錬磨君でしょ? 昨日、いい感じになって、付き合うっていう実感が沸いた。というか、交際の決断ができたよ」


「そっか。昨日、おまえのこと考えてたら全然眠れなくてさ、家事とか慣れない勉強してたから、クマできてるだろ?」

 笑いながら自らを指さす。

 私のことを考えていて、眠れないなんて、変に期待しちゃうじゃん。

 まぁ、この鈍感で恋愛初心者男に何か期待しても仕方がない。

 目の前に彼の大好きな夏希がいるんだもん。

 理想が高いのはわかっている。

 私はあんなにかわいくないし、スタイルもよくないことは自覚している。

 愛想も悪いし勉強もできない。人間的なポイントは絶対に私が低い。

 紫陽君が私を選んでくれたキセキを喜ばないと。


「眠れなかったのは、夏希のこと考えていたからじゃないの? いい感じなんでしょ?」


「いい感じってなんだよ。勉強仲間として高校目指せる仲にはなったけど、今は受験生だ。交際がどうとかそういう時期じゃないしな」


「なにそれ、人には交際を勧めときながら、自分は受験勉強一筋?」


「俺は、家族ポイントは底辺中の底辺なんだ。実は、義理の父親が失踪した。というか、人間ポイントがマイナスになるような人間だったんだ。もしかしたら、生贄になっちまったのかもな」


「まさか……」


「俺の母親だって子供をたくさん産んでいるから貢献しているという点は評価が高いが、ネグレクトだと知られたら、失踪扱いになって、消されてしまうかもしれない」


「そんな……」


 自分よりもずっと苦労を背負う百戦錬磨。こんなに理不尽な状況から逆転しようとしてるなんて。


「実はさ、おまえには感謝してるんだ」

 すこしばかり、恥ずかしそうに視線を逸らす。

「なによ、らしくないなぁ」

「中学卒業したら高校に行こうなんて思ってなかった。でも、頑張ろうと言ってくれたから、今回学年順位1ケタに入った。やってみるものだな。意外と俺、出世できるかもしれねー」

「錬磨君は、私と違って地頭がいいんだよ。私なんて、ダメダメなんだから」

「彼氏がいるじゃん。優秀な彼氏と真面目な交際をすれば交際ポイントが入るだろうから、将来的に困ることはないと思うぞ」

「私は、人間ポイントに振り回されるような人間にはなりたくないんだよ。本当は、人間ポイントなんて関係なく恋愛したいんだから」

 少々怒ってみる。


「でも、人間ポイントカードがなかった時代から、学歴とか職業で結婚を決めた人も多いっていうし。家柄とか、自分でどうにもできない物で選ばれるより、逆転可能な今の時代のほうが俺には有利かもしれないな」


「妹ちゃんたちは元気?」

「相変わらずだよ。最近は父親がいなくなって、みんな笑顔が戻ったんだ。それに、夏希も俺のうちのこと手伝いたいっていってくれてさ」

「ラブラブだね」

 冷静に言う。本当は心はものすごく掻き乱されているんだけど、そんなことひとかけらもみせないようにする。抑揚のないセリフだ。


「そんなんじゃないって。夏希って子供は苦手らしいけど、彼女なりに一生懸命手伝ってくれてさ」

「それって両思いじゃん? 告白してみたら?」

 その言葉に一瞬、百戦錬磨は固まる。


「そういった気持ちは今は持ってないんだ」

「どうして?」

「どうしてって言われてもな。今は勉強と将来のことのほうが重要だ。高校に入る点数次第で奨学金や人間ポイントが左右されるからな」

 少しばかり戸惑いを見せる。どうしたのだろう?


「ひと夏の恋は、高校までおあずけ?」

「ひと夏の恋は、もう終わったよ。いい思い出ができた」

「は……?」

 どういう意味?


「花火大会、すごく楽しかった。ありがとう」

 それだけ言うと、百戦錬磨は席について、参考書を開く。

 ひと夏の恋が終わった? いい思い出?

 視界に入るだけで胸がざわつく。



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