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複雑

「この手紙渡してほしい」

 夏希へのラブレター。お人好しで、彼との接点を残しておきたい私は未だに嘘をついてラブレターのやり取りをしている。自宅に帰ってから読もう。


 最近のラブレターの内容は少しばかり積極的で、好きだとか書いてあることもあった。盗み読みはよくないけれど、そもそも夏希に秘密で代行手紙を請け負ってしまった。今更後に引けない。そろそろ、手紙を辞めようと書きたいが、直接百戦錬磨が話し合いに行ってしまったら、嘘がバレる。勉強を一緒に頑張ることも、残り少ない中学生活を過ごすことも無理となる。


『勉強頑張って、ここらで一番の進学校目指して頑張ろうと思う。受験、頑張ろう。春になったらどこかに一緒にでかけたい』


 デートの誘いじゃん。って私が一番無関係だし。夏希に正直に言うべきかな。でも、正直に言っても、今更、夏希に疎まれそう。多分、いや、絶対夏希は本気で私のことを友達だと思っていない。それには気づいていた。


「おっす、1年の時の数学と英語の教科書持ってきたぞ」

「私も!!」


 1年生の数学と英語を中心に復習が始まった。百戦錬磨は、一度聞くと自分のものにする。吸収力が高く、私よりも絶対に地頭がいい。


「人間ポイントはたしかに成績がいいとか、生徒会や部活動での活動で認められるのは公表されている。奨学金がもらえることもわかっている。でも、それ以外でも人間ポイントが上がる方法が実はあるんだ」

 真面目な顔で桜葉君が話し始めた。


「もしかして、ケンカが強いとかそういうことだったり?」

 シャープペンを回しながら上目づかいで聞き入る百戦錬磨。

 真剣そのものだ。


「ケンカも時には武器にはなるよ。例えば、いじめを受けている人を助けた場合。ネグレクトや虐待をされている人を助けた場合。人間救助や人命救助によって人間ポイントが加算されるということは、公にはされていないけれど、確かな情報だ。いわゆるボランティアや社会貢献によって付与される人間ポイントだ。それならば、勉強よりははるかに効率はいいかもしれないな。特に君たちには手っ取り早い方法だな。あとは、結婚して子供を産むことも社会貢献とみなされる。現代は子供が少ないから、たくさん産めばそれだけ評価されるんだ」


「でも、まだ俺たちは結婚できる年齢じゃないしな」

 冷静な百戦錬磨。子供を育てる大変さを熟知しているだけはある。


「あと、3年経てば、結婚できるだろ。僕が一流大学に行って、愛花ちゃんが子育てすることでも高ポイントが獲得できるんだ」

 桜葉君はたとえ話が上手い。典型的な一人っ子思想だ。恵まれて育ったからの台詞だ。実際学生結婚では家計が厳しくなり、妻はすぐにでも働かなければいけないだろう。子どもがいたら働き口はかなり少なくなるし、子どもは弱い。風邪ばかりで仕事を休んでいたらクビになるだろう。


「もしかして、それって遠回しな告白というかプロポーズだったり?」

 冷やかす百戦錬磨。相変わらず目つきと姿勢が悪い。目つきと姿勢のいい桜葉君とは大違い。


「本気で提案というか……告白していたらドン引きする?」

 真面目な顔の桜葉君。


「え……」

 その部屋の空気が固まる。本気だということ? ずっと距離が離れていたのに。特に最近はずっと話す機会もなかった。


「とにかく、この社会の歯車にのっとった賢い生き方をしないとね」

 場の空気を切り替えようと桜葉君は微笑んだ。

 冗談だよね? なぜかそうであってほしい自分がいた。


 あっという間に1年生の学習内容はほとんど終了していた。百戦錬磨はああ見えて授業中に結構聞いていたらしく、割と理解はしていたということだった。私より、ずっと優秀じゃん。勉強している横顔もかっこいい。この顔を見たら、夏希は好きになってしまうかもしれない。どうしよう。もし、夏希がOKしたら両思いじゃん。怖そうだという先入観もあるけれど、不良と関わると人間ポイントが低くなるから関わりたくないという意識も働いていたのは事実だ。人間ポイント制度がない頃は、不良が人気だった時代もあったと聞いた。


 そのまま返事を書けないで過ぎていってしまった。正直これ以上書いたらぼろが出てバレるだろうと思ったからだ。最初こそ頻繁だったが、その頻度は徐々にゆっくりになってきた。このままやりとりを自然な形で辞められないだろうかと考える。なるべく返事を書かない。そのまま手紙を書かずに卒業してしまおう。


 そんなことを考えていると――珍しい組み合わせだ。

 夏希と錬磨君が教室内で話をしている。まさか、手紙のことを話している?

 だとしたら、一番私がやばい事態になっている。

 少しずつ近づいて何を話しているのか様子を見る。

 すると、夏希が日直の日誌を持っているので、今日は偶然二人が日直当番だったらしい。夏希が物珍しそうに錬磨君のノートをのぞきこんでいる。


「勉強なんて珍しいね。ノートすごくきれいにまとまってる。今度見せてよ」

 彼が勉強をはじめたことを以前手紙に書いていたような気がする。知らないということは会話が噛み合わなくなりそうだ。しかも、夏希から接点を作って歩み寄ってる? 夏希は男子生徒キラーと呼ばれ自らも自覚している。つまり、錬磨君の気持ちは少し優しくすれば、簡単に傾くことを知って優しく微笑んでいる偽天使だ。


「俺、勉強頑張って高ポイント取得しようと思ってさ。ここらで一番の進学校に行けたら、人生大逆転のチャンスが待ってるからな」


「もしかして、優秀高校狙ってるの? 私も考えているんだ。今度高校の情報交換したいね」

 あれ? 夏希やたら積極的じゃない? 錬磨君が勉強熱心になったから? 夏希は成績優秀だ。私だけ落ちて別な高校に行ってしまう未来が見える――。


「日直も真面目にやれば、成績があがるからね。がんばろうね」

 かわいい笑みを発する。これは、誰にでもできる技じゃない。夏希ならではの特技だ。この笑顔に彼は落ちたのか。わかる。はっきり言ってかわいい。


 席にそそくさと戻り、座っていると夏希がやってきた。


「愛花も勉強頑張ってるんだね」

「まぁね。私も受験生だし」

「実はさ、受験のこともあって、彼氏と別れたの」

 小声でこっそり囁かれた。だから、次の餌を求めていたんだろうか?


「優秀高校志望してるの?」

 私は夏希に確認する。夏希はかわいい上に勉強もできる。


「そうだよ。でも、意外と優秀高校受ける生徒が少なくって。百戦錬磨君が受けるっていうのを進路希望調査でちらりと見えちゃってさ。仲良くなっておこうかなって」


「でも、以前は彼のこと苦手とか言ってたよね?」


「前の彼って顔だけで勉強はできなかったのよ。底辺高校の人と付き合うと馬鹿がうつっちゃう。人間ポイントの将来性を加味して付き合わないとね。愛花も厳選してつきあったほうがいいよ」


 厳選するほどモテないことを知ったうえでこういうことを言って来るところに棘を感じる。何で、百戦錬磨はこんな人に心を奪われたんだろう。魔性の女なのに!! 本当はこんなに口が悪くて性格も悪いのに!! 怒りが込み上がる。


「錬磨君、放課後図書室で勉強しない?」

「かまわねーよ」


 放課後になり、えもいわれぬ気持ちになってしょぼくれていると――

「愛花ちゃん」

 後ろから声がする。桜葉君だ。

「桜葉君……」

紫陽しようでいいって」

「紫陽君……」

 なんだか照れくさい。小さな頃は普通に呼んでいたのに――今同じ言葉を発すると心がくすぐったい。私も彼もきっと変化しているんだな。


「今日も、うちで勉強するよね」

「うん。いつも丁寧に教えてくれてありがとう」

「昨日の台詞、冗談じゃないから」

「昨日のって?」

「結婚するっていう話。学生結婚だって珍しくないし、人間ポイントを高めるために大学生同士の結婚が増えているって新聞にも書いてあったよ」


 本気だったの? 私はどう返事をしたらいいの?


「百戦錬磨は多分今日は行けないと思うよ」

「そうなんだ」

「錬磨君のこと、好きだったりしないよね?」

「まっさかぁ。私、あの手のタイプは苦手なんだよね。見た目が怖いし、ケンカ三昧なんて将来DV夫になりそうな勢いじゃない?」


「聞こえてますけど」

 更に後ろから聞き慣れた声がする。百戦錬磨だ。一番聞きたくて心地いい声だけど、今はモヤモヤしていて一番会いたくない人だった。


「将来DV夫になりそうで悪かったな」

 不良の睨みはやっぱりきつい。


「今日、日直の仕事があって、妹の保育園の迎えに行くのもいつもより早いから勉強会行けなくなった」

 嘘つき。

 本当は夏希と勉強するためなのに、なんで私たちに嘘つくんだろう。

 二人の話に矛盾が出てバレたら仕方がない。半ば開き直る。


「日直は、憧れの人とだもんね」

 嫌味たっぷりの苦いことばを投げつける。


「日直のおかげで直接話すきっかけはできたけどな。手紙でのやりとりはもうやめたほうがいいかもしれないな。愛花に悪いだろ」


 愛花って初めて下の名前で呼ばれた。本当はキュンのポイントなんだけれど、今はムカつくポイントとなっている。今日に限ってなんで呼ぶのよ。どうせなら、二人きりの甘い時間に呼んでほしかったのに。紫陽君に告白された直後でテンパっている時にさ。しかも、手紙のやりとりをやめるということは、私とは切れるってことだ。夏希とリアルに仲良くなれたなら必要ないのはわかっている。でも、寂しいよ。


「どうせ、私はかわいくないし、勉強ができない人間ですから。二人で仲良くやってくださいね。私は紫陽君と勉強するから」


 ここぞとばかりに紫陽君と下の名前呼びをする。百戦錬磨に紫陽君と仲良しアピールをしても、何か変わることもないのに。彼が好きなのは夏希だ。そのサポート役が私。この構図が変わるというわけではない。ただ、隣にいたいからいたのは私だ。彼にとって最終目的である夏希と仲良くなれればお役御免というわけだ。


「桜葉も、いつもありがとな。おかげで基本はきっちり頭に入った。最近保育園の迎えの時間が早くなってさ。また、勉強会参加できるときは参加する」


 やっぱり、これから夏希と勉強するっていう計画なのかな。

 ため息しかでない。

 改めて自分がかなりの度合いでこの男に惹かれていることを実感してしまう。

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