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そこにしずむ魔女 オーフィッシュオレンジ

ダンビラちゃんはサッカー帰り

作者: 板近 代
掲載日:2024/07/04

 深夜、高速道路。二車線あるうちの左側。走る車は小さく、ハンドルは左側にありました。車内には女性が二人、道の両側に並ぶのはオレンジ色の照明、前にも後ろにも他の車の灯りは見えません。流れていく黒い景色、信号がないからこそ途切れない走行音。そこには、視野を閉ざされるようなわかりやすい夜がありました。


「二人っきりの高速道路っていいものだねぇダンビラちゃん。二人占めだよダンビラちゃん」

「全然よくねぇよ。つーかどこ向かってんだよ。もうだいぶ走ってんぞ」

「え? 星が綺麗なとこ行くって言ったじゃん。でも、今日は走っても走っても曇り空なんだよねぇ。だから、私は走り続けてるのさ」

「もういい加減諦めてくれよ。私は寝るからな?」


 うまく受信できないラジオ。スピーカーから流れるノイズの中に、時折ピュィイィイイといったような音が混じります。


「ねぇ、ダンビラちゃん。今更な質問だけど、スーツの下にユニフォームってどうなの? しかもそれ、協会から支給されてるスーツでしょ? せっかく休みなのにさ、わざわざそれ着なくてもよくない?」

「サッカー観戦にユニフォーム着ていくのは普通のことだろうがよ」

「ねぇ、それ質問の答えになってなくない? そもそもユニなら私も着てるからね。しかもダンビラちゃんの背番号と一番違い! せっかくさぁ、背番号並んでるのに冷たくない? ねぇ、なんで今日もスーツなのさ。もしかして、支給品とユニしか持ってないとか? いや、流石にないよねそれは。ねぇねぇ、なんでスーツなのさ」


 運転手がしつこく聞いたとおり、()()()()()()()は黒のスーツ姿で、上着の中には紺碧に金色のラインが走るサッカーのユニフォームを着ています。運転する女性も、同じデザインのユニフォームを着ていますが、上は白いロンTとユニフォームの重ね着、下はゆるめのジーンズ、手首にはユニフォームと同じカラーリングのリストバンドに黄色の輪ゴム二本と……ダンビラちゃんの着こなしに比べるとだいぶカジュアルです。


「この背番号は選手の番号で、私たちの番号じゃねぇだろ」

「まぁ、そうだけど……うん、君は私と違って、髪の色と目の色までユニに合わせてるし、チームへの愛が伝わっていいと思うよ。でも私だってさ、今日の試合見てファンになっちゃったんだから、仲良くしようよダンビラちゃん」


 ダンビラちゃんの髪と瞳は、まるでユニフォームのカラーに合わせたかのような、黒に近い青に、黄金の入り混じった色をしていました。実際は、ユニフォームに使用されている色とは異なる色なのですが、暗い車内ではその違いがよくわかりません。


「別に合わせたわけじゃねぇよ。この色は体内魔力の影響で変質して……って、なんで魔導士のてめぇにそんなこと教えなきゃなんねぇんだよ! てめぇの色だってそうだろうが」

「あはは。でも私は、ダンビラちゃんほど珍しい色の出方はしてないよ。私のはよくあるグラデ系だし。そんなロマンチックな色の入り方はじめて見たなぁ、夜空みたい」

「悪かったな、珍しくて」

「いやいや、綺麗でいいと思うよ」


 ハンドルを握る女性の髪と瞳は、黄から緑へのグラデーション。


「適当なことを――」

「いやいやいや、大マジだよ。だってさ、ダンビラちゃんの髪と目を見て星を見たくなっちゃったんだから」


 二人の髪と瞳はその入り方含めとても不思議な色ではありますが、後から染めたわけでも、色を乗せたわけでもありません。二人とも、体内に有する魔力の影響でこの色となっているのです。


「…………」

「黙らないでくれるダンビラちゃん? せっかくのデートなんだから」

「初対面でデートも糞もあるか」

「ははは、初対面でもデートは成立するもんだよ。堅物だなぁ」

「ヴィルゼラ、いい加減にしねぇと殺すぞてめぇ」

「殺す……ね。実際にそれができちゃう力がある子に言われると、さすがに怖いね」


 そう言って笑う運転席の女性の名は、今ダンビラちゃんが呼んだ通りヴィルゼラといいます。彼女は、ダンビラちゃんが忙しくてとることのできなかったサッカーのチケットを二枚用意し「一緒に行かない?」と誘い出したのです。今は、その試合を見て、夕食を済ませた後の帰り道……のはずだったのですが、ヴィルゼラは明らかにダンビラちゃんの家とは関係のない方へと車を走らせていました。


「っていうかよ、どこまで調べてやがんだ私のこと」

「サッカーチーム、ザフロハナツ群馬の大ファン。今シーズンの現地観戦回数は四回、そのうちホーム戦が三回。今日の試合は久々の休暇と一致、でも、前売完売で当日券もなし。そこに現れた救世主が、偶然前売りを二枚押さえていた私というわけだね」

「なぁ、私の観戦歴まで調べる必要あったか?」

「とことん調べたくなっちゃったんだよ。他にも、出身地、前職、入院歴、ダンビラドグマなんていう度の過ぎた二つ名が魔導士協会公認でつくほどの功績すべて。さらに、魔導封印を四回受けていることも知ってるよ」

「身内に探られるほど腹は痛くねぇぞ。今てめぇが言いやがったとおり、任務中に知った余計な情報は関連記憶ごと封印済みだ。あと魔導封印は四回じゃなくて、三回な。ったく、勝手に調べ上げたくせに間違うんじゃねぇよ気分わりぃ」

「勤勉な上に従順。さらに成績優秀。さらにさらに、私が接触した理由を探るため、誘いに乗る大胆さ、そして悪態をつきながらもこちらのゆらぎを見逃さない冷静さ。上が君を重宝する理由がよく分かるよ。ま、格上のはずの私に対しての態度は、すっごーく悪いけどね」


 ダンビラちゃんは面倒くさそうに、小さく舌打ちをします。


「私が隊長になったら、てめぇは格下だろ、副隊長」

「無茶苦茶な論理だね。そもそも君は単独でしょ?」

「今、部下持ちにならないかという話が来てんだよ」

「新造隊、か。でもさ、仮に君が隊長になっても歴史も格も違うでしょう、うちの隊とは……ってもう! こんな言い合いしたいわけじゃないんだよ今日は! ぜんぜんなついてくれないんだからダンビラちゃんは。スタジアムでハイタッチして、抱き合った仲なのに」

「あれはしょうがねぇだろ、シュートが決まったんだからよ。あんなの見て、冷静でいられるわけねぇじゃねぇか」

「たしかにあれは、テンションあがったねぇ!」


 二人は熱狂のスタジアムを思い出したのか、思わず笑顔になってしまいました。


「どちらも得点なしで後半アディショナルタイム三分。そこで決めて勝っちゃうんだからなぁ!」

「奪ったボールを素早くつないで、ゴール近くの選手に渡ったと思ったらチャージくらって、バランスを崩しながらもパス出して、それを受けた選手がシュート打ってゴォォォル! 試合終了間際だよ? 劇的すぎるよ! しかもさ、シュート打つ前にちょっと溜め作って逆サイド狙ったよね! すごい冷静さ! あれぞクオリティ、クオリティだよ!」


 今日はじめてザフロハナツ群馬の試合を見たヴィルゼラも、すっかり心を掴まれているようです。


「プレッシャー掛けてパスコース消したところからの連携、最高だったなぁ! 諦めない心が繋いだラストチャンスだ!」

「ゴール裏の一体感も最高だったね。魔導士が一般席で観戦できる国って最高だよ!」

「しかし今日は見どころ満載すぎたよなぁ。前半中盤のビッグセーブとかよぉ! あそこで飛び出す勇気、すごすぎるだろ!」

「よく防ぎきったよねぇ。でもさ、ごめんっ!」

「ああ? いきなりどうしたよ?」


 突然謝ったヴィルゼラに、ダンビラちゃんはきょとんとした顔です。


「私、正直ぜっっっっっったい勝てないと思ってた。ボール持ってる時間も、相手の方が長かったし。もしかして、守り固めてカウンター狙いとか、そういう戦術だったのかな? その点、ダンビラちゃん目線ではどうだったのさ。ぶっちゃけ勝てると思ってた?」

「私はいつだって、勝ち点三。ザフロが勝つ予測しかしねぇんだよ」

「なるほどね。そうそう、ゴール決まった時、ちょっと泣いてたでしょダンビラちゃん」

「ああ? 泣いてな……いや、まぁ、しょうがねぇだろうが! しかし、サッカー見てると思うよな。人が最も我慢できない感情は、喜びなんだってな」

「あ、なんかいいこと風のこと言ってごまかしてる……よねぇ……」


 ヴィルゼラの表情は、スッ……と落ち着いてしまいます。


「なぁ、そんな神妙な顔しなくてもよくねぇか?」

「ん? ダンビラちゃんの発言のせいじゃないよ。いいところで水をさされたなぁと思って」


 ハンドルの下、ちょいちょいと後ろを指すヴィルゼラ。ダンビラちゃんは、視線をミラーに移します。


「後ろに二台来てるな。あいつらがどうしたよ」


 ミラーには、いつの間にか近づいていた二台の車の姿が。


「あれ、飛ばしてきたくせに程よい距離で減速したでしょ? ほらほらほらほら、また加速してびったりつけてきた! 車間一メートルないよね今! ライトも上げっぱなしだしさぁ!」

「今時あおり運転かよ……。おい、やり返すんじゃねぇぞ。私ら魔導士は――」

「一般と揉めれない、かな? でもね、残念ながらあれ魔導屋だよ」

「なんでわか――ああ、そういう目なのかおまえは」

「あ、てめぇ呼びがおまえ呼びになったねぇ。私と仲良くなりたくなっちゃった?」

「ならねぇよ」


 ヴィルゼラの黄と緑のグラデーションの瞳は、ほんのりと、ほんのわずかに発光しています。


「ダンビラちゃん、今日も噂の刀は持ってるの?」

「さあな」

「いい答えだね。ちゃんと相手を見極めた上での返答だ」


 ダンビラちゃんの周囲どころか、車内に刀など一切見当たりません。それにこの車はヴィルゼラの車、トランクに入れていることも、どこかに隠していることもないはずです。


「で、どうすんだ」

「私に車で勝負を仕掛けてくるだなんて、いい度胸だよ」

「なんだ。ただの古い車かと思いきや、魔導車か。やるじゃねぇか」

「いや、魔導改造はしてないよ。好きじゃないんだよね、エンジンの声が濁るからさ」


 ヴィルゼラが少しだけ速度をあげると、後ろの二台も同じように加速します。


「後ろの車のほうがガタイいいのにどうするつもりだよ。それにガワだって、向こうのほうが硬そうだしよ。車でやり合うより、上手いこと降りてやっちまったほうが――」


 追いかけてくるのは、車高の低いセダンと、ミニバン。二台は、後方二車線を塞ぐように並走しています。対するこちらは、レトロという言葉が似合いそうな、古い小さな車、ぶつけられたら無事に済まないことは誰の目から見ても明らかです。


「焦らない、焦らない。あ、ダンビラちゃん。ちょっと静かにしててくれる? 今日、ダンビラちゃんと一緒にいるの内緒だから、気まずくて」

「チッ、わかったよ」


 車内に響く、トグルスイッチの小気味よい音。


「あー聞こえる? こちらヴィルゼラだけど」

『ヴィルゼラさん、こんな時間にどうしたんです? いたずらなら切りますよ』


 スピーカーから帰ってきた声、音質はなかなかよく。


「ちょっと追われてるんだよね。どうしたらいい?」

『ああ、真面目なほうですね。少々お待ちを』


 次に聞こえたのは、カチャカチャカチャとキーボードを叩く音。


『十二キロ以内に潰してください。申請と、後処理はこちらでやりますからそれだけでいいです』

「うん、ありがとうねぇ」

『あ、九キロ先にトンネルありますから。ちょうど六百メートルですね』


 と、言われた直後、スピーカーがボツンという音を立てて静かになってしまいました。


「ちくしょう、通信に干渉できるやつがいやがるのか!」

「いや、用件伝え終わったから普通に切っただけだと思うよ。あの子、そういう子だから」

「いい部下抱えてんじゃねぇか。はぁ」


 ダンビラちゃんは深々とため息をつきました。


「さて、そろそろ仕掛けるよ!」

「おい、てめぇっ!」


 ダンビラちゃんが怒鳴ったのは、ヴィルゼラが急ブレーキを踏んだため。突然のことに驚いたのか、後ろのセダンは操作を誤り壁に激突します。


「一台クリア!」

「クリアじゃねぇよ! ぶつかったらどうするつもりだったんだ!」

「それはないよ。だってあのセダンさ、かっ飛ばしてきたくせに、カーブに入った途端不自然な減速してたから」

「はぁ?」

「つまりはビビリ屋ってこと。問題はもう一台のほうだね」


 フワン。今度ははっきりとわかるくらい、ヴィルゼラの目が発光します。心なしか、目も髪も緑色の分量が減っているようで――――。


「やばいのか?」

「うん。全部で七人。その七人が全員、車とつながってる。いや……うまいこと隠してるけど、後ろの座席の裏にも一人いるね。定員オーバーなんじゃないかな」

「なんだそりゃ」

「着脱可能なパーツ使って魔導士を車に直結、エンジンに魔力を供給する技術だよ。もちろん、エンジンも特別製。パッと見ただのファミリーカーだけど、装甲車なみの強度で、スポーツカーみたいな加速と機動を……いや、そんな美しいものじゃないかな」

「なんでそんなもんが走ってんだ」

「ほんとどうしてだろうね、プランは潰したはずだけど……あ、行方不明の試作品かな? いやぁ、見つかってよかったね。輸出されてたらめちゃくちゃ怒られるところだったよ」

「つまりは、てめぇ絡みのトラブルってことだな」

「そんなこと言わないでよダンビラちゃ――うおっと!」


 ゴンという音とともにシートの下から体を突き上げるような衝撃があったのは、後ろから軽くぶつけられたため。


「この道……やつらの狙い通りか」

「そうだろうね。一台犠牲にして時間を稼ぐだなんて、やるね」


 ちょっとした間に、道の様子は、変わってしまっていました。車線は二つから一つに減少、右側にはポールが並び、その向こう側には対向車線が走っています。


「この道、対面通行になること忘れてたよ。しまったなぁ」

「のんきにぼやいてる場合か。もっと速度出せよ」

「無駄無駄。八人も繋がれたら、この車じゃ逃げ切れないよ。それにぶつけられた時に加速する余力残しとかないと、衝撃を逃がせないでしょ」

「それもお見通しのようだぞ?」


 至近距離から、ゴツンゴツンと何度もぶつけてきたミニバンは、急に減速し離れていきます。


「距離とって加速つけてドッカーン! ってやるつもりだね。困ったなぁ」

「だからなにのんきにしてんだよてめぇは! 私がやってやるよ!」

「いや、いくらダンビラちゃんの刀が特別製でも、それは無茶じゃないかな。これでも百四十近く出てるからね、君が痛むよ」

「うるせぇ! 腕ぶった斬っちまえば運転なんてできねぇんだから、それでいいじゃねぇか! 急ブレーキかまして飛び移って――」

「だめだってば。また入院歴増えちゃうよ? フロントガラス叩き割って斬るつもりだろうけど、その後どうするのさ」


 シートベルトを外し扉を開けようとしたダンビラちゃんの腕を、ヴィルゼラは掴みます。そこからさらに手を伸ばして、ダンビラちゃんに再度シートベルトを掛けます。


「おい! 加速してきたぞ!」

「大丈夫大丈夫、あと何秒かは余裕あるから」

「なんでさっきのところで避けねぇんだ! 非常駐車帯あったろ! ほら、トンネル入っちまったじゃねぇか!」

「避けても突っ込まれるよ。向こうが魔導車じゃなきゃ、かませるんだけどねぇ」


 トンネルに入る少し前、左側にあった非常用の停車スペースを、ヴィルゼラは通り過ぎてしまったのです。


「おいヴィルゼラ、なんか考えがあるんだろうな」

「もちろん」

「うおぁっ!」


 車内に響いたのは、ダンビラちゃんの頭がサイドのガラスにぶつかる音。トンネル内に響いたのは、アスファルトにタイヤが強くこすりつけられて鳴いた音。


「ね? シートベルトって大事でしょ?」

「一言言ってからやれよ! あ……ああ? なんで私たちが後ろにいるんだ?」


 目の前にいるのは、後ろを走っていたはずのミニバンです。


「車滑らしてさ、ポールの間を抜けて対向車線に出てから後ろにつけたんだよ。右からなら、読まれないかなぁと思ってね」

「さらっととんでもないこと言いやがるな。で、どうすんだ? このボロ車じゃ、後ろからぶつけてもどうしようもねぇだろ」

「いや、もう大丈夫。あの車、もうすぐ、トンネル入って六百メートルだから」


 突如、ヴィルゼラの車から十メートルほど先、ミニバンの直前に紫色の光が現れます。


「まじかよ。このトンネル魔法陣仕込んでやがるのか」

「トンネルは円だから、仕込みやすいでしょ。まぁ、半円だけどさ」


 トンネルいっぱいに展開された魔法陣の壁はすぐ、細かく分解されるように消え去り、ヴィルゼラたちが到達する頃には僅かな光の粒子が、壁面付近に残っているだけでした。


「そういう話じゃねぇだろ」

「そういう話だよダンビラちゃん」


 一方、魔法陣がはっきりと発光している最中さなかを通過してしまったミニバンは次第にコントロールを失っていき、トンネルを抜けてしばらくしたところでガードレールと接触。そのまましばらく身を削った後に動きを止めます。


「エグいもん作りやがったな」

「まだ実験段階だけどね。しかし我ながら、完璧な誘導だったねぇ」


 車線はまだ一つ。でも、ヴィルゼラの小さな車は、路肩で動かなくなったミニバンの脇を通り抜けることができました。ガードレールとミニバンの衝突は、そこまで激しくなかったはず。にも関わらず、通りすがりに見えた車内では誰一人として動いていません。


「後ろに回っとかなきゃ、魔法陣より前でぶつけられてたってわけか。まさかてめぇ、相手の動きも――」

「そういうこと。スピード出してるときってね、意外と周りの動きにつられちゃうものなのさ。速度に順応していない人は、特にね」


 ヴィルゼラの目はまだ光ったままで、じっとミラーに映るミニバンを見つめています。


「おいヴィルゼラ、どこ行くつもりで走ってるか知らねぇが、さっさと高速降りて協会行ったほうがよくねぇか」

「え? なんで?」


 また、二人っきりとなった高速道路。


「どうせあのトンネルの魔法陣、私クラスが知っていいことじゃねぇんだろ」

「魔導封印? させないよ。トンネルの秘密はいつかダンビラちゃんの役に立つかもしれないし、覚えておくといいよ。それに、今日君がここにいることを知ってるのは私だけだしさ」

「ありがたくうけとっておくよ。私はてめぇみてぇなすげぇ運転できねぇけどな……ってなんでため息つくんだよ。タイミングおかしいだろう」 


 ダンビラちゃんの言う通り、ヴィルゼラは深い深い、深いため息をついていました。


「いやさ、世知辛いよねと思ってさ。私はさ、こんなに運転うまいのにプロになれないんだよ」

「はぁ?」

「私たち魔導士はプロスポーツの世界には入れないじゃん。私はさ、レーサーになりたかったんだよダンビラちゃん。私の魔力が魔導士基準に届いちゃったのは高校生の時なんだけど、それまでは本気で車に打ち込んでいたんだよね」

「なんで高校生が運転してんだよ」

「単車は乗れるじゃん? それに四輪(よつわ)はサーキットに行ってたんだよね。高校に上がるずっと前から」


 そう語るヴィルゼラの目はもう発光しておらず――――代わりに、過去を見つめているかのような遠さを感じさせました。


「それが今じゃ、磨きに磨いたテクで、他人のとはいえ、大好きな車を潰すのが仕事だなんて。まったく、悲しくなってくるよね。魔力上がんなきゃ今頃さぁ」

「なに泣き言いってんだ。しょうがねぇだろ魔導士になっちまったもんはよ。まぁ…………」


 と、ダンビラちゃんは少し間をおいて…………。


「見事な運転だったけどな。少なくとも私は、ちょっとだけ感動したぞ。スポーツマンシップは、ゼロだったけどよ」


 と、ヴィルゼラのほうを向かずに手を挙げます。


「ねぇ、なにその手。どういうこと? 意味分かんないんだけど」

「ハイタッチだよばかやろう!」

「あはは、サンキュー」


 遅れてハイタッチ。二人同時にくすりと笑った時、突然、行く先に赤い光が一瞬だけ光ります。


「おい、なんだ今の光! あれも協会が仕込んだ術式――」

「いや、違うよダンビラちゃん」

「ああ?」


 なぜかヴィルゼラの声は震えていました。


「オービス……速度緩めるの忘れてたからさ」

「…………」


 ダンビラちゃんは思わず無言です。


「ねぇ、ダンビラちゃん。ごめんだけど、罰金半分払ってくれない? ほら、なんだかんだ今日もグッズとか買っちゃったじゃん? 私はじめてだからユニもタオルマフラーも持ってなかったし、ポストカードセットとかリストバンドも買っちゃったし。でもさ、直筆サイン入りのポストカード、譲ってあげたよね? あれ、ランダムで入ってるレア物だよねぇ!」

「だからって私がスピード違反の金払う理由にはならねぇだろ! っていうかよ、そのダンビラちゃんってのいい加減やめろよ。私にはマリーって名前があるんだ。二人きりになった途端、ずっとダンビラちゃんダンビラちゃんって、うぜぇんだよ!」

「魔導士には珍しい、覚えやすくていい名前だと思うよ。だから罰金八割払って……いや、全部でもいいから! ほら、マリーゴールドって花あるじゃん? マリーのゴールド、つまり君のお金だよ」


 ヴィルゼラの無茶苦茶な論理に、ダンビラちゃんは引き顔です。


「ったく。まぁ、たしかに私も、速度出過ぎてるのに気づいてなかったし……」

「ってことは!」

「いや、罰金はてめぇの責任だからてめぇで払え。そうしねぇと罰の意味がねぇだろ」

「ああん、そんなぁ」

「そのかわり、今日のガス代と高速代、あと飯代は全部出してやる。もしてめぇが自分の金で買ったってことにこだわりたいわけじゃなかったら、そのユニも初観戦記念のプレゼントってことにしてやるよ。いい試合見せてもらったからな」

「はは、マリーちゃんやさし」


 ヴィルゼラは本当に嬉しそうに、目を細めて笑います。


「お、あと五キロでパーキングエリアじゃねぇか。止めて警察に謝罪の電話入れとけよ。てめぇクラスなら直通電話あんだろうが。ああ、後ろのナンバープレートが見えなくなってねぇか確認もしねぇと、けっこうぶつけられたし」

「そうだよねぇ。お忍びデートだから協会には内緒でお願いします! って警察に伝えとかないと」

「そんなこと警察に頼みやがったらぶっ殺すぞ。どうせ隠したい理由も、仕事の調査って嘘ついて出て来たとか、そんな理由なんだろ」

「いやぁ、私用だと経費にしてもらえないからさ」

「当たり前だろうが。ったく、名門部隊の副隊長なんだからちゃんとしやがれ」

「ほんとに優しいよねぇマリーは。それなのにダンビラドグマなんて呼ばれてんだからさ、笑っちゃうよね」


 笑っちゃうと言いつつ、ヴィルゼラは笑ってはいませんでいた。


「ったく、てめぇは人をおちょくるために誘ったのかよ」

「いいや、君をうちの派閥に取り込むべきかどうか、私の目で確かめるためだよ」

「くだらねぇ」

「そうだね、そんな話をするくらいなら、今日の試合を振り返ったほうがいい。これからも君とは、そういう仲でいたいと思うよ」


 車線も二車線に戻り、視線の先にはちらほらと車の姿があります。しばらくして入ったパーキングエリアはわりと空いていて、ホッとする灯りが二人を出迎えてくれました。








 ヴィルゼラが警察に謝罪の電話を入れた後、二人は、缶コーヒーを飲みながら空を見上げます。うっすらと空全体にかかった雲。見えるのは、強い明るさを持つ星だけ。


「いやぁ、災難だったね」

「よかったじゃねぇか、車全然へこんでなくてよ。意外と頑丈なんだなおまえの車」

「バンパーは前も後ろも強化銀使ってるからね。重いけど硬いよ」

「いや、それ、魔導改造に含まれるんじゃねぇの? てめぇ、魔導改造はしてねぇって言ってたよな?」

「…………」

「なに見てんだよ」


 ヴィルゼラが見とれてしまったのは、マリーの夜空のような瞳。パーキングエリアの灯りが映り込んだ瞳は、本当に本当に美しかったからです。


「ねぇ、マリー。なんで君はあのチーム、ザフロハナツ群馬が好きなの? やっぱり、地元から発足したチームだから?」

「地元だった場所のチームだからってのもあるけどよ、なんつーか、ザフロは私にとって心の燈台みたいな存在なんだよ」

「なにそれ。いきなり詩人すぎない?」

「そっか、心の燈台知らねぇか。今からゆっくり教えてやるよ」

「え、教わることなの?」


 再び車に乗った二人は、夜の高速道路を走り抜けていきました。今度は、速度に十分気をつけながら。

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