第四話「模擬戦」
すみません、四話が抜けた状態で投稿をしてしまいました。
今後はこのようなことがないよう気をつけます。
六歳になった。
あれから、両親に止められることなく、俺は街に出られるようになった。
少し渋い顔はされるが、それだけだ。
一年も経てば、流石に慣れてきたらしい。
魔法の方は順調である。
無事中級魔法も覚え、今は絶賛上級魔法に挑戦中だ。
とりあえず、発動させるまではできた。
あとは魔法として機能させるよう反復練習だ。
全体を見たら、ちょうど半ばってとこか。
ここまでで大体十ヶ月。
習得までは、あと一年もあれば事足りるだろう。
それと、最近は筋トレもするようになった。
こんな世界だし、筋肉を付けて損はないだろう。
成長期には良くないとも聞くが、それでいざってときに体力不足になったらおしまいだ。
備えあれば憂いなしとも言うし。
心配しすぎくらいでちょうどいいのだ。
当然、筋トレなんて楽しくもなんともない。
しかし、娯楽が他にないとなれば、案外続いてしまうみたいだ。
始めたのが去年の夏。今が春だから、もう少しで一年になる。
することがないというのも、悪いことばかりではないらしい。
俺のような、暇さえあればすぐ携帯を弄る現代っ子には特に。
とまあ、そんな感じで、良い感じに異世界生活を満喫できているのだが、
一つ、問題がある。
確かに、魔法の実力は伸びてきた。しかし、経験値が一切ないのだ。
考えてみれば、俺は実戦というものを一度も体験したことがない。
いくら使える魔法の数が増えたところで、それを戦闘で活かせなきゃ意味がない。
本を見てるだけじゃ、全ては机上論の内だ。
実力が伸びたとは言えないだろう。
そんなわけで、俺はルーカスと模擬戦をすることになった。
しかし、当然勝ち目なんてものはないので、いくつかのハンデがある。
まず一つ。ルーカスは魔法を使わず、木刀のみで戦うこと。
二つ。俺が最初に攻撃するまで、ルーカスは動かないこと。
そして、三つ。ルーカスは目隠しをすること。
こうやって並べると、あまりに俺が有利すぎる条件だ。
しかし、ルーカスが言うには、この条件でもまだ足りないくらいなのだと。
そこまで豪語されたら、俺もちょっとカチンとくる。
目にものを見せてやろう。そう俺が意気込んだのは言うまでもないことだ。
かくして、俺とルーカスの模擬戦が始まった。
まずは俺のターン。
最初は肝心だ。
ルーカスは魔道士だが、剣士としての実力も折り紙付きだ。
手加減なんてすれば一瞬でやられるだろう。
殺すつもりで魔法を放つ。どうせ殺せないんだから、それでいいはずだ。
しかし、何の魔法を使う?
単純に攻撃魔法か?
だが、半端なものでは彼は剣で防いでしまう。
ならば、避けづらいであろう火魔法か?
いや、防がれると仮定した上で、機動力を削ぐための凍結魔法か?
それとも――
「……早く撃て」
……急かされてしまった。
仕方ない、ここは凍結魔法にしよう。
運が良ければ、剣を壊すこともできる。
それが無理でも、動きを鈍くさせるなら可能なはずだ。
よし、行こう。
「『フリーズ』!」
俺の呟きとともに、魔力は辺りに発散する。
次第に、それは氷となり、地を這いルーカスへと飛びかかった。
しかし、彼は剣を振るだけでその氷を容易く防いだ。
ここまで簡単に防がれるとは驚いたが、概ね想定内だ。
魔法を放った場所から、少し距離は空けた。
居場所は撹乱できたはずだ。
もう一度、ルーカスに攻撃を――
「うおっと!?」
俺の首元めがけ、木刀が弧を描く。
なんとか体を捻り、ギリギリのところで俺は避けた。
目は離していなかった。
瞬きだってしていない。
なのに、ルーカスは俺の眼前まで迫った。
視界は真っ暗なはずだ。
まさか、足音を聞いたのか?
あの氷を防ぎながら?
化け物か、コイツ。
しかし、これで再び、ルーカスは俺の位置が分からなくなったはずだ。
状況は五分に戻った。
だが、さっきと同じことをすれば、結局俺の居場所はバレてしまう。
次も避けられる保証はどこにもない。
だから、今度は詠唱をしない。
そして、確実に仕留めるため、凍結魔法でなく、火魔法を使う。
これで決着をつけるのだ。
……よし。
ルーカスは止まっている。
恐らく、呼吸をしただけでも気づかれてしまうだろう。
だがそれは、位置を全く把握できていないことの裏返しでもある。
今しかない。
俺が、ルーカスを――
「……あ?」
思わず、間抜けな声が口から漏れる。
いつの間にか、木刀は俺の首に置かれていた。
魔法はまだ使っていない。
息すらも止めていた。
気づかれる要素など、どこにもなかったはずだ。
「な、なんで……」
「魔力の雰囲気から場所を察しただけだ。
魔法が使えるやつなら、何となく感じ取れるんだよ。初級程度なら分からんが、中級以上ともなるとはっきり分かる」
……魔力の雰囲気?
俺には、全く感じ取れたことがないんだが。
ルーカスは続けた。
「まあ、知らなかったなら仕方ない。次に活かせ。
それでも、全く勝ち目がなかったわけじゃない。例えば、俺が動けないうちに、周りを凍結魔法で凍らせておくとかをしておけば、お前の勝ちは固かっただろうな」
「……それは、いくらなんでも」
「そういう発想が出なかったことが、お前の敗因だ。それがアランの良いところでもあるけどな」
そう言って、ルーカスは俺の頭を撫でた。
ちょっとムカついたから、早めに手を払ってやった。
良いことを言ってやったぜみたいな雰囲気がイラッとくる。
実際、少しだけ嬉しかったけども。
だからなおのことムカつくんだ。
とりあえず、これにてルーカスとの模擬戦は終了。
結果は俺の惨敗に終わった。
魔法を使わず、目隠しをしながら木刀で叩きのめされたんだ。
これを惨敗と言わずになんと言うのか。
やはり、ゲームみたいに上手くはいかないな。
本職の魔道士とは比べるべくもない。
俺はまだまだ弱いのだ。
それが知れただけでも、模擬戦の成果は十分あったと言えるだろう。
いい経験になれたなら、まあ良しとするか。
「――つまり、どんな局面においても、魔力の絶対量なんてのは大して意味のないことなんだ。わかったか?」
「うん、父さん」
実戦もいいが、やはりそれにも理論というものは必要だ。
今は、ルーカスに『魔道士の戦闘において大切なこと』を教わっている最中だ。
ルーカスが言うには、魔道士に最も必要なのは、魔力を節約する術であるらしい。
それは、無駄遣いをしないようにするとかの話ではなく、
もっと根本的なものだ。
つまり、魔法で使う魔力量を減らすのだ。
当然の話だが、少ない魔力しか使わなければ、弱い魔法しか出ない。
初級魔法程度の魔力なら初級しか使えないし、中級なら中級までしか使えない。
たとえ上級魔法が使えても、それに見合う魔力を使わなければ発動はできないのだ。
ならば、どう節約をするのか。
答えは簡単、『発動に必要な魔力量』自体を減らせばいいのだ。
先ほどの『フリーズ』という凍結魔法を例に出そう。
あれは、氷をそのまま出しているのではなく、水魔法で十分な水を出したあとに、温度を下げることで凍らせているのだ。
つまり、単純な魔法を二つ使っているというわけだ。
この世の高等魔法というものは、全てが組み合わせでできている。
中級魔法なら初級魔法を、上級魔法は中級魔法を組み合わせることでだ。
そう、分解すれば、全ては初級魔法に繋がるのだ。
そんな複雑な魔法、当然無駄な部分は出てくる。
凍結魔法にして言えば、水を出しすぎたとか、温度を下げすぎたとか。
そういう無駄を省けば、使う魔力も減る。
ルーカスの言っているのは、そういう単純なことだ。
「……だよね?」
「ああ、その通りだ」
その通りだったらしい。
上手く理解できていて良かった。
「魔力量が多いというのは確かに立派な武器だ。しかし、それは努力して簡単に伸ばせることではないし、才能の壁というのもある。だったら、こうやって自分にできることからしていく方が合理的だろ?」
うむ。
ルーカスの言う通りだ。
仮に魔力量が多くとも、節約はできた方がいいに決まっている。
その訓練が無駄になることはないと言っていいだろう。
魔道士に必要なのは、創意工夫である。
ルーカスが言いたいのは、そういうことだ。
「さて、魔法の練習を続けるぞ。まずは――」
そう言って、俺とルーカスは再び、手に魔力を込めた。
――いつものような風景に、いつものような日常。
前世からは考えられないような、絵に書いたような幸せな日々。
俺はそんな日が続くと、ずっと信じていた。
この日々が壊れるなど、俺はまるで予想をしていなかった。