第三話「魔族」
家に戻った。
財布の中身を見たルーカスの顔は青ざめていた。
……やはり、ちょっとは遠慮すべきだったな。
しかし、過ぎてしまったことは仕方ない。
ともかく、今は本だ。
買った本は十三冊。
そのうち、魔法基礎の本が五冊。
地理と歴史の本がそれぞれ二冊ずつ。
残った四冊は、『魔力』についての本だ。
まず、魔力の本から。
そもそも、魔力が何なのかという話だが、その疑問は本を読み始めてすぐに解決した。
どうやら魔力とは、この世界においての、元素の一つのようなものであるらしい。
魔族と一部の人間には、目に見えないエネルギーが体に内在している。
それが魔力だ。
魔法を使うには魔力が必要で、使うたび魔力は減っていく。
体を使って減るのが体力なら、魔法を使って減るのが魔力というわけだ。
魔法を使うと僅かに疲れが残る。
それは、魔力残量の低下によって引き起こされる現象らしい。
しかし、枯渇すれば死ぬ、なんてことはない。
その場合はあくまで魔法が使えなくなるだけで、他に何ら影響はないようだ。
考えてみれば、元々魔力がない人もいるんだから、当然と言えば当然だが。
とまあ、魔力について理解できた内容はそのくらいだ。
これは魔法どうこうじゃなく、知識を蓄えるための本だったらしい。
期待外れというか、なんというか。
少なくとも、今の俺には必要ない情報だ。
この四冊は失敗だった。
次に、魔法基礎の本。
これは至って単純で、初級~上級魔法までのことが書いてあるだけだった。
しかし、ルーカスに教わったことよりもずっと詳しく書かれている。
魔力を練るコツだったり、魔法の威力向上に関することだったりと、役に立つものばかりだ。
流石、かなり値を張っただけはある。
実際、ここに書いてあることをそのまま使うだけで、威力は二倍、消費魔力は三割ほど抑えられた。
たったの五冊でこれほどの効果があるのだ。
魔法においても、やはり基礎は大事らしい。
最後に、地理と歴史の本。
これに関しては、まあ大して言うことはない。
時代風景はやはり中世に似たものだったし、日本にいた頃習ったこととあまり変わりはなかった。
しかし、一つだけ、気になることがあった。
魔族に関してのことだ。
どうやらこの世界では、魔族が異様に毛嫌いされているらしい。
人を殺す化け物。その言葉だけでは説明ができないほどに。
興味深いのが、本に乗ってあったこの事件についてだ。
約二十年前、とある山奥でのこと。
偶然その山を探索していた一人の鉱夫が、休憩がてら散歩をしていると、彼はとあるものを見つけた。
魔族の遺体だ。
そこまでは、稀ではあるが、ないことではない。
食糧不足に悩まされた魔族の集団が仲間を切り捨てたという事例は、過去にいくつか確認されている。
奇妙なのはここからだ。
その魔族の遺体から、数百を超える切り傷が確認されたのだ。
検死の結果、その傷は全て生きていた状態でつけられていたものだと発覚した。
それも、魔族が抵抗した様子はなく、さらに体には縄で縛られたような跡もあった。
つまりその魔族は、拷問の末に殺され、山に捨てられたのだ。
その結果を受け、山には多数の憲兵が繰り出され、一ヶ月の間探索がされた。
その間に見つかった魔族の遺体の数は、約二百にのぼる。
魔族の遺体には全て、拷問の形跡が確認された。
使用されたであろう凶器は、人に作られたものだけであった。
人が、魔族を拷問した、ということだ。
犯人は未だ見つかっていない。というより、見つける気がないんだろう。
まだ調べる余地はあるのに、捜索はその一度限りでで打ち切りになった。
つまり、誰もが心の奥底で願っているのだ。
魔族は、報いを受けて死ぬべきだと。
ここ十年、人が魔族に拷問をしたという例は数百件にのぼる。
たった十年で、それも分かっている限りでだ。
この膨大な数も、ただの氷山の一角に過ぎないのだろう。
それほどまでに、人の持つ魔族への恨みは凄まじい。
魔族は、人を殺す。
本当にそれだけで、ここまで恨みが募るものだろうか。
……まあ、今考えることでもないか。
とにかく、今は鍛練あるのみだ。
魔力量を伸ばすには、子供の頃の鍛練が最も効果的らしい。
そして、それは魔法の威力上昇にも然りだ。
魔法の技量は努力量と完全に比例する。
努力した分だけ力になるのだ。
今が踏ん張りどきだろう。
……前世、俺は大して面白味のない人生を歩んできた。
中学の頃、親が離婚して。
無理にバイトを始めたせいで、高校受験に失敗して。
なんとか頑張って、そこそこの大学には行けたものの、友達も彼女もできず。
そろそろ面接の練習でもしなくちゃ、なんて思ってたっけ。
人並みより少し下の、つまらない人生だった。
きっと、これからもそうだったろう。
……よし、決めた。
この異世界で、俺はもう一度人生をやり直してやろう。
今度こそは、後悔しないように。