第二話「はじめてのおつかい」
街に出て、数分。
中世の街の風景も、ようやく見慣れてきた。
当然のことだが、日本の街とはまるで違うな。
少し寂しいけど、ちょっと楽しい。
……しかし、さっきのルーカスは、一体なんだったんだろうか。
怒っているわけじゃないだろうが……ただの注意にしては、少し行き過ぎだ。
その理由も説明してくれないし……。
……街の外へ出るな、か。
一体、何があるんだろうか。
少なくとも、良いものじゃないだろう。
少しだけ、気になるな。
別に、行きたいとは思わないが。
なんて思って、早十分。
いつの間にか、俺は本屋に着いていた。
そして、扉を開けて、一言。
「――すっげえ」
思わず、息を飲む。
目の前に見えるのは、恐らく千を優に越すほどの本の山。
全てが魔法に関してのものだ。
これでもまだ一部だ。
店全体ともなれば、万は優に越すほどの量があるだろう。
そして、やはり値段も高い。
日本円に換算すれば、一つ数万なんてザラ、高ければ数十万のものもある。
思っていたより、ずっと高価だ。
これをいくらでも買っていいとはなんて太っ腹な。
それとも、まさかここまで値を張るとは思っていなかったのか。
まあ、どっちでもいいか。
せっかく子供なんだから、ここは存分に甘えさせてもらおう。
「えっと、まずは……」
とりあえず何か持とうと、近くの本へと手を伸ばす。
すると、同時に取ろうとしたのか、隣の人と手が触れた。
そこにいたのは、俺より少し小さい背丈の子供。
同い年か、一つ下くらいだろうか。
フードを深く被っていて、顔が隠れている。
ここらでは見ない白銀の髪が特徴的だった。
この子も本を買いに来たのだろうか?
……いや、待てよ。
ここには魔道書しかないはず……。
まさか、この子は魔法が使えるのか?
なんとも珍しい。
俺以外にそんな子が、それもこの街にいるとは。
魔法を使える人間はわずか百人に一人ほどらしい。
それが子供ともなると、その数はさらにぐんと減る。
五歳となれば、一万人に一人いればいい方だろう。
まさか、近所にそんな逸材がいるとは。
せっかくだし、話しかけて――
「……っ!」
俺が一歩、子供の方に体を寄せる。
すると、その子供はビクリと体を震わせ、勢いよくその場から走り去った。
「……え?」
思わず、体が固まる。
照れ隠しとかではなく、明らかな拒絶だった。
前世でも体験したことがないくらい、とびっきりの。
……見すぎだったか?
にしても、あんな逃げられるなんて……。
……いや、子供なんてそんなもんか。
前世でも、小学生と目が合っただけで防犯ブザーを鳴らされたことがあった。
あれに比べれば随分マシだろう。
警戒心が強いのはいいことだ。
ここは日本のように治安が良くないからな。
……でも、ショックなものはショックだ。
小さくため息をつき、肩を落とす。
その憂さ晴らしでもするように、目の前に見えた持ち運べるだけの本を手に取り、金貨をバンと会計棚に置いた。
子供が魔道書を買うのはやはり珍しいのか、店員は目を見開き、俺と本を交互に見た。
そして、棚に置かれた金貨を見て、また同じ動作を繰り返す。
ちょっと楽しい。
この国での金貨というものは、日常の買い物に使われることはない。
普段使いするには価値が高すぎるし、釣りにだって困る。
通常は財産として貯め込むために使用されるものだ。
そのため、基本は銀貨が最も高価な貨幣として使用されている。
それなのに、子供がそんなものを大量に出せば、そりゃ驚いて当然だ。
会計が済み、本をバッグに入れ終わる。
両手でやっと持てたはずの袋は、片手で軽々と運べるほどになっていた。
……ルーカスには悪いことをしたな。
少しくらいは抑えておくべきだったか。
まあ、自分で言ってたことだし、別にいいか。
というか、そんな高価な魔導書が、なぜこんな街に大量にあるんだ?
恐らく、あの魔導書全てで数億円は優に越すだろう。
場合によっては、数十億という可能性も。
そんな余裕が、あの店にあるとも思えないが。
それとも、高いのはあそこだけで、奥の方は案外安かったりするのか?
チラッと見た限りでは、そんな風ではなかったが。
……別に、なんだっていいか。
とりあえず、戻ろう。
ルーカスには、謝る準備をしておこう。
そうして、俺は帰路へと足を進めた。