第十四話「冒険者」
あれから、二日。
色々なことがあった。
セイラム街から出たあと。
俺たちは、まず引っ越しの準備をした。
この街にいられない以上、最初にするべきことはそれだ。
聞くところによると、首都の『エルヴィラ』という場所は、物価も安く、治安も中々良いらしい。
ついでに言えば、元々ルーカスが冒険者として働いていた場所でもある。
引っ越すならぴったりの場所だ。
というわけで、俺たちはエルヴィラへ向かうため、計二十時間ほど汽車に揺られた。
距離にして、およそ二百キロ。
この時代なら、情報もそこまでは行き着かない。
やり直すには十分な場所だろう。
着いて、まずしたことは、宿の手配と引っ越しの手続き。
そして、住民票的なものの登録と、街への納税。
これがまた面倒で、さらに五時間ほど取られた。
ついでに金も大量に取られた。
そのあとは、ようやく宿に入り、持ち物の移動と部屋の整理をした。
やはりと言うべきか、部屋は大層に汚れていたから、その掃除も兼ねて。
合計で、大体二時間ほど。
街に来て七時間。
移動も含めると、計二十七時間だ。
その間、俺とアリスは一睡もしていない。
ベッドを見た瞬間、二人で倒れ込むようにして眠ったのは、言うまでもないことだろう。
二日目は、とりあえず冒険者ギルド的なものに登録をした。
俺たちは冒険者になったのだ。
やりたくはないが、仕方ない。
俺たちのような、身元不明で住所不定、子供で金もない二人組を雇ってくれるところなんてここしかないのだ。
冒険者とは言っても、魔族を殺すだけが仕事じゃない。
依頼は他にも大量にある。
たとえば、魔族のいる森に生えているなんとか草を採取しろ、とか。
どれも過酷だが、魔法がある分そこまでの苦労はしないだろう。
ちなみに、冒険者ギルドの内装は、ゲームで想像するようなものとは到底違った。
あれよりずっと薄暗く、陰気臭い感じだ。
中の冒険者も、みんな暗い顔だ。
食事を頼むこともできるが、そこで酒盛りなんてするやつはいない。
冒険者ギルドと言えば酒場、なんてイメージは簡単に砕かれてしまった。
それでも、受付嬢はいるし、掲示板に依頼も貼ってある。
全部が全部テンプレから外れているわけじゃないらしい。
まあ、現実なんてこんなものだ。
むしろ、こんな世界でここだけ血気盛んとしてる方が気味悪い。
ともかく、まずは冒険者登録だ。
いきなり子供を雇ってくれるのか、なんて心配をしていたが、案外すんなりとできた。
こんな世界だし、子供だけなんて言ってられないんだろう。
子供が稼ぐなんてのは、ここじゃ普通のことだ。
ギルド側も、子供にでも働いてもらわなきゃやってられないんだろう。
世知辛いが、そんな世に救われたというのは、なんとも複雑だ。
そんなわけで、冒険者登録自体はすぐにできた。
だが、面倒なのはここからだ。
自分の歳に生年月日、使える魔法の数とその名称、そして持っている資格の数など、履歴書みたいなことを書けというのだ。
それも、アリスは連れていなかったから、一人で二人分だ。
さらに、自分は死んでも構いませんという内容の誓約書にサインしたり、希望している収入額とその内の納税額を書いたりと、まあ面倒なことが山積みだった。
そのあとも、ここら一帯の法律や常識、そして過ごし方を学んだ。
アリスも、俺とは別行動で、情報を収集している。
休む暇なんてないのだ。
流石に、子供二人で暮らすには色々情報が足りなさすぎる。
情報集めが、今するべき最大のことだ。
そんな風にしていたら、いつの間にか二日目も過ぎてしまった。
ちなみに、交通費や登録費等の出費はルーカスの貯金から支払った。
なんとか持ち歩ける限界までくれたので、大体日本円換算で一千万くらいはあるかもしれない。
とりあえず、当面費用の心配はいらなさそうだ。
そう安心すると、思わずベッドに倒れ込んだ。
どうやら、自分が思っている以上に、俺は疲れていたらしい。
思い返せば、この頃ずっと働きっぱなしじゃないか。
ロクに飲まず食わずで、大して寝てもいない。
それと、汽車の揺れ具合にも参った。
加えて、何十枚もの書類を一人で片付けたんだ。
少しだけ、疲れたな。
……いや、これからだ。
アリスには、これ以上頼れない。
まず、俺がどうにかするんだ。
起きることは、常に最悪を想定しなければ。
何かのはずみで、アリスが魔族だとバレてしまうことも充分ありえる。
休んでなんていられない。
ともかく、するべきことをしよう。
◇◇◇
するべきこと。
その一つに、協力者の確保がある。
俺たちは、冒険者という職業について、まだほとんど知らない。
だからこそ、同じ冒険者の仲間を作り、情報の共有を図ろうということだ。
当てはある。
この世界、冒険者なんて有り余っている。
だからこそ、大人数で魔族に対抗するなんてことができるのだ。
しかし、誰だって命は惜しい。
大人数とは言っても、下手なやつとは組めないはずだ。
たとえば、負傷者。
怪我をしたやつと、わざわざ組む意味なんてない。
そこが狙い目なのだ。
つまり、俺達が組むべきは、そんな戦力外通告を受けた冒険者が望ましい。
理由は二つある。
一つ目は、俺達を魔道士だと言いふらさないだろうという点だ。
前提として、俺は組む相手以外に魔道士だということを明かすつもりはない。
それは、冒険者に魔道士は極端に少ないからだ。
大体、二百人に一人ほどの塩梅だろうか。
魔道士になれるやつは、別に冒険者じゃなくたって様々な職業の選択肢がある。
わざわざ危険な冒険者になる必要なんてないのだ。
ルーカスみたく、復讐のためでもない限り。
そんな中で、自分らが魔道士だと明かせば、色々と面倒なことになるだろう。
まず、様々な冒険者に仲間の勧誘をされる。
もしなれば、危険な仕事に出向いてくれと損な役回りばかりさせられることになるし、名前も轟いてしまう。
だが、断れば今度は角が立つ。
良いとこなしだし、行動もかなり制限されるはずだ。
そうなることは、相手からしても勘弁したいだろう。
仮に相手がその考えに思いつかなかったら、適当に釘を刺しておけばいい。
こっちは子供でも魔道士なんだ、そう簡単に逆らうことはしない。
自分に得のあることなら尚更だ。
もう一つは、仲間になるのが簡単だからだ。
普通、俺達のような子供と組もうなんてやつはいない。
しかし反対に、わざわざ怪我をしてる相手と組もうなんてやつもいない。
相手からすれば、仲間になってくれるだけで有難いはずだ。
これが普通の冒険者なら、魔道士だと言わない限り、とても組んでなんてくれないだろう。
しかし、言ったあとでやはり仲間にならないなんて言われれば、情報をただ渡しただけになる。
だからこそ、普通の相手ではダメなのだ。
確実に仲間になってくれる相手出なければ。
そして、最後。恩を売れるというところだ。
回復魔法なら、死んでさえいなければ魔力の込めようでどんな傷も治せる。
相手からすれば、それだけでも組む価値があるはずだ。
もちろん、すぐに治せば周りに不審がられるから、治すのは仲間を解消したときだ。
仲間でいられるのは、およそ一ヶ月といったところか。
それくらいあれば、冒険者の勝手も掴めるだろう。
そのあとは、晴れて二人で活動できる。なんだったら新天地に移動してもいい。
とにかく、この最初の仲間選びがとにかく重要だ。
まず、第一に観察だ。
適当な席で、冒険者を眺める。
見ればいいってものでも無いだろうが、いきなり聞き込みというのもハードルが高い。
とりあえずは、都合の良い負傷者がいるかどうかの確認。
そのあとに、そいつのことを調べればいい。
見つけなければ、話は始まらない。
それなりに経験があって、それでいて重度の傷を負っているやつは――
「君、ちょっといいかい?」
視界の端、ちょうど真横から、誰かが言った。
振り向くと、左腕と右目、そして両足と脇腹に包帯を巻いた、いかにもな男がそこにはいた。
腕の方は、どうも欠損しているらしい。
残った目にも生気はなく、放っておけば死んでしまいそうな雰囲気を纏っていた。
「なんでしょう?」
「……俺と、組まないか?」
……ほう。
これは、予想外だ。
まさか相手から話をもちかけてくれるとは。
それも、ここまでの重症だ。
これじゃ、誰だって組んでくれない。
俺に声をかけたのはそのためだろう。
「……失礼ですが、ご年齢は? それと、冒険者歴について聞かせてもらってもよろしいですか?」
「確か……二十一だったかな。冒険者歴は五年だ。他に質問は?」
……五年か。
情報の真偽はあとで確かめるとして、事実ならかなりの好物件だ。
冒険者として五年も生きられるのは、わずか一割にも満たないらしい。
これは、つまり歴戦の猛者というやつだ。
「組むのはあなた一人ですか? 他に仲間は?」
「いないさ。こんな体だからな、誰も組んでくれないんだ。声をかけてないのは君だけだよ」
ふむ。
ここまでは、全て条件を満たしている。
あとは、情報を漏らすかどうかだが……。
いや、その前に、アリスのことを伝えねば。
……待てよ。
やはり、アリスのことは隠しておこう。
子供二人となれば、彼も遠慮するかもしれない。
余計な情報を足して断られては意味がないからな。
言うのは、彼が信頼できると判断し、仲間になったあとだ。
少し騙すようになってしまうが……仕方ない。
「……少し、考えさせてください。明日までには結論を出します。よろしいですか?」
「ああ、構わないよ。じゃあ、明日もここでいいかい?」
「……いえ、申し訳ないのですが、場所だけ指定させてください」
「ん、そうか? ではどこで?」
「それは――」
◇◇◇
次の日。
俺が指定した場所は、冒険者ギルドから少し離れた、人のいない飲食店だ。
理由は一つ。魔道士であることを明かすからだ。
聞き込みの結果、彼の言っていたことは全て事実であることが判明した。
加えて、二ヶ月前に彼が怪我を負うまで、彼が優秀な冒険者であったことも知った。
信用に足る人物だと理解したわけだ。
そして、アリスとの一時間ほどの話し合いの結果、彼を仲間にすることが決まった。
話すなら、人に聞かれないような場所にしなければ。
というわけで、冒険者ギルドからそこそこ離れたここに来たのだ。
「……悪いな、遅れて」
「いえ」
時間より少し遅れて、彼は来た。
相変わらず、全身に包帯を巻き付けて。
正直、なぜ死んでいないのか不思議なほどだ。
「それで、どうだ? 仲間になってくれるか?」
「その話の前に、一つ、あなたに話すことがあります」
「……なんだ?」
少し訝しんで、彼が言う。
気圧されながら、俺は続けた。
「僕は……魔道士です」
沈黙。
彼は口を隠し、考え込んだ。
そして、一言。
「……証拠はあるか?」
「はい。こちらをどうぞ」
先日書いた履歴書的なものを、彼に見せた。
「……本当に、これを全て?」
「ええ。信用できなければ、実際に披露しても構いません。ただ、場所は移させてもらいますが……」
「いや、大丈夫だ。信用するよ。俺の誘いを受けたことにも納得がいった。
やはり、このことは誰も言わない方がいいかい?」
「そうしてもらえると助かります」
飲み込みが早いようで助かる。
流石に優秀と言われるほどはあるな。
そんな人でも、ここまでの怪我を負ってしまうのだ。
冒険者というのは、それほど厳しい職業なのだろう。
「回復魔法も使えるということだが、それはどの程度だい? たとえば、俺の怪我でも治せるのか?」
「ええ、もちろん。ただ、治すのは――」
「仲間でいる期間が終わってから、か?」
「……はい、その通りです」
「なるほど、それはありがたい。この体には散々不便させられてきたんだ、治してくれるなら嬉しいよ」
……本当に優秀だな。
たった数分で、手の内をここまで見透かされるとは。
これは、むしろ……少し怖いな。
情報ではこちらが劣っているんだ。
相手にこっちの考えを利用されるなんてことも……。
……いや、考えすぎか?
今は、味方が有能であることを喜ぶべきか。
「それで、その期間はどのくらいを予定している?」
「一ヶ月ほどです。もちろん、あなたの納得がいくよう調整はするつもりですが……」
「いや、十分だ。むしろ助かるよ。それと、報酬の分配はどうするつもりだ?」
「それは――」
……そういえば、アリスのことを言ってなかったな。
もう仲間になったんだし、隠す必要もないだろう。
今更断るということもなさそうだ。
「……隠していてすみません。実は、僕にはもう一人、同じく魔道士である少女が仲間にいます。もしよければ、彼女を含めた三人で等分でも構いませんか?」
「……ああ、構わないが……驚きだな。魔道士が二人もいるとはね。
こちらとしては願ってもない話だよ。三等分ですらありがたい話だ」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
うむ、中々できた人だ。
冒険者と言えば荒くれたイメージだが、どうやらその限りではないらしい。
こんな都合のいい相手を逃すわけにはいかないから、とにかく下手に出ている、というのもありそうだが。
どっちにしても、俺が期待を裏切らなければ、こうやって親切なままでいてくれるだろう。
「伝えるべきことは、これで全てか?」
「はい。そちらもですか?」
「ああ、これ以上は何も」
……これで、終わりか?
案外、すんなりいくものだな。
拍子抜けというか、なんというか。
……いや、油断は禁物だ。
彼のことも、完全に信用してはいけない。
疑うだけなら損はないからな。
警戒するに越したことはない。
「……では、今日はこれで解散にしましょう。次回はどうしますか?」
「明日、冒険者ギルドで会って、そのまま依頼に直行でいいんじゃないか? 話すこともこれといってないだろ?」
「ええ……そうですね。そうしましょうか」
その会話を皮切りに、別れの挨拶もなしに、俺達は立ち上がった。
しかし、そのまま店を出ようとしたとき、彼が一言。
「……そういえば、名前を聞いてなかったな。せっかく仲間になったんだし、教えてくれないか?」
……ああ、確かに教えてなかったか。
それに、アリスの名前も。
これから仲間になるというのに、あれとかこれじゃ格好つかないか。
「アランです。仲間の方はアリス。あなたは?」
「オリバーだ。じゃあな、アラン」
「はい、ではまた、オリバーさん」
それを最後に、オリバーは店を出た。
後を追うように、俺も続けて店を出る。
そうして、帰路を辿り一時間。
やっと宿に戻ったとき、少しだけ寂しさを感じた。
帰っても、おかえりと返すのはアリスだけ。
そんな、えも言われぬ不思議な孤独感は、なぜか既視感があった。
ずっと昔に、こんなことがあったような。
……まあ、いいか。
考え事をやめ、ベッドに体を預ける。
そうして、その日は終わりを告げた。