プロローグ「はじめてのやり直し」
……一体、これはどういうことなんだろう。
頬をつねられながら、俺はそんなことを思っていた。
金髪の美人が、しゃがみこむようにして俺の顔を覗く。
欧米辺りの顔立ちだろうか。不安げに、俺を見ていた。
後ろに見えるのは、同じく欧米風の雰囲気を持つ、黒髪の男。
彼もこちらを覗き込んでは、やけに心配そうな表情を浮かべていた。
「……この子、全然泣かないわね。ちゃんと起きてるみたいなんだけど」
「だな。赤ん坊って、もっと泣くもんかと……」
……日本語?
てっきり、外国人だと思っていたが
いや、そんなことより。
赤ん坊ってのは、一体誰のことだ?
まさか、俺?
……なわけないよな。
というか、ここはどこだ?
自分の家じゃないことだけは確かだ。
俺はワンルームのアパート暮らしだ。ここまで広くはないし、前時代的でもない。
……いや、前時代的というより、これはもう中世だな。
ロウソクを明かりにしている家なんて初めて見た。
夕方というのもあり、少し薄暗い。
いつぞやのドラマで見た光景だ。
そして、俺の横たわっているこの場所。
ベッドなのだろうが、やけに固い。
木がミシミシと軋む音もする。
ベッドまで中世式なんだろう。
他にも、イスの形は歪だし、部屋の隅には煙突に続く暖炉も見える。
何から何まで、歴史の教科書で見たような光景だ。
なのに、彼らの喋る言葉は日本語で、後ろの棚に詰まった本のタイトルも、見事なまでに漢字ばかりである。
……何がなんだかさっぱりだ。
「ほら、アラン。ママでちゅよ~」
金髪の美人が言う。
思わず、俺は顔をしかめた。
――アラン。
察するに、多分人の名前だろう。
一体、誰だろうか。
……俺のことじゃあるまいな。
でも、明らかに俺の方を見ているし……。
「……しかし、本当に可愛いな。輪郭も整ってるし、目も綺麗だ」
「ねー。あなたによく似てるわ、この子」
……やっぱり、俺のことなのか?
さっきから、明らかに金髪の方と目が合っている。
頬だって、まだつつかれている最中だ。
これはもう、間違いない。
この夫婦は、俺を赤ん坊だと思い込んでいるのだ。
……だとすれば。
この状況は非常にまずい。
見たところ、男の方はかなり筋肉質だ。
喧嘩じゃ勝てないだろう。
加えて、部屋の間取り。
扉は遠く、窓は閉まっている。
逃げられないというわけだ。
つまり俺は、この屈辱的な赤ちゃんプレイを泣く泣く享受するしかないのだ。
……勘弁してほしい。
俺が寝てる間に、一体何が起こったんだ?
誘拐でもされたのか?
それで、睡眠薬でも飲まされて、ここに監禁されたとか。
……ありえる。
というか、それしか思いつかない。
大体、なんだってそんなプレイを俺に押し付けるんだ。
夫婦なんだから子供を作ればいいだろう。
そうすれば、合法的に赤ん坊を愛でられるというのに。
それにまず、俺を赤ん坊と見立てるには無理があるだろう。
体格的にも、精神的にも。
これでも、俺は一応高校生で――
……あれ?
足の感覚がおかしい。それに、手も。
動かしづらいというか、なんというか。可動域が少ないとでも言えばいいのか?
いや、違う。
……体が、小さい?
……いやいや。
……いやいやいや。
落ち着け。まだ、そうと決まったわけじゃない。
だって、ねえ?
そういうのは普通、トラックに轢かれたりしてするものだろう。
俺にそういったことは起こってないし、というかさっきまで何してたかも覚えてない。
たまたまこの二人が、赤の他人に赤ちゃんプレイを強要する、とんでもなくヤバい人だって可能性も残っている。
それもそれで危ないが、俺が考えていることよりはずっと良い。
ともかく、まずは言葉を――
「あー、うあー」
微かな希望を持ち、なんとか声を捻り出す。
しかし、そこから聞こえたのは、なんとも可愛らしい猫なで声。
目の前には、満面の笑みを浮かべる、二人の姿が。
「ねえ聞いた!? 喋ったわよこの子! ああもうなんて可愛いの!?」
「ああ、流石俺達の子だ! 見ろよ、この可愛らしい顔! まさにお前そっくりだ!」
そんなことを言い合い、二人がはしゃぐ。
その光景を、どこか他人事のように眺める俺がいた。
信じられないことだった。
それ以上に、信じたくない。
しかし、今の俺の体が、何よりの証拠だった。
――点と点が、繋がった。
繋がってしまった。
二人が赤ちゃんプレイを強要したのも。
勝手に名前を付けられたのも。
やけに動かしづらい体も。
全て、そういうことだったんだ。
……どうやら、俺は赤ん坊になってしまったらしい。
「あら? この子、目の辺りにちょっと怪我があるわよ?」
「ん? ああ、本当だな……。『ヒール』! よし、これで大丈夫だろう」
「うん、すっかり治ったわ。さすが、上級魔道士なだけあるわね!」
「だろ? ハッハッハ!」
……それも、異世界で。
初投稿です。
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