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今夜、彼女を殺す。

私には一人の恋人がいる。絵画が好きで、私が絵を描くたびにその亜麻色の髪を揺らし、見せてほしいと、次はどんな絵を描くのかとか、こういうのをモチーフに描いてみたらどうかと微笑んでくる小鳥のような人だ。

私は彼女を愛おしく思っているし、問い掛ければ彼女も私のことが好きだと言うだろう。一緒に料理を作ったり、雑談を交わしたり、そんな日々が永遠に続くことを願う一方で、私には一つの異常な欲望があった。彼女をこの手で殺したい。彼女が死ぬ間際に私を見ていて欲しい。と

いつからか愛しい彼女と生活を共にしていくほどに、彼女を好きだと思うたびに、私はそんな欲望がちらつくようになり、やがてはそんな欲望を抱くのも私が彼女を愛しているから、と肯定するようになっていった。愛した人と離れたくないのは当たり前で、愛した人に忘れられたくないのは当たり前で、離れたくないから、強く抱きしめたくて、せめて最期に見る光景が私であって欲しくて、そんな歪んだ独占欲が湧き出てくるのも、こんなに殺したくて、殺したくないと思うのも愛のせいだと。

この欲望を彼女に打ち明けることができれば、そして彼女が受け入れてくれればと、何度も思い、けれども拒絶されることを恐れて話すことは出来なかった。私の愛が重すぎたせいで。

そうしてどれほど時が経ったのか、私は決意した。

彼女の絵を描き、その夜に彼女を殺す。

馬鹿げている、愛しているのに殺すなんて。そんな当たり前の考えが浮かばないほどに、嫌われたくないという思いは私を狂わせていた。私は今まで彼女の絵を描かなかった。私の愛する彼女はそばにいるから。けれど、もうすぐいなくなるから。せめて生きている頃の絵を描かないと、彼女が生きていたという痕跡を残さないと殺すことなんかできないから。そんな言い訳がすらすらと出てきたことが酷く嫌で仕方がなかった。


彼女の絵を描く、そう伝えると彼女は喜び、驚いた。今まで彼女の絵を描くことがなかったからだ。

私達は恋人になってもうすぐ五年が経つ。その時に貴女の絵を送りたい。私はそう言って彼女を誤魔化した。けれども彼女は感極まったと言う様子で私を抱きしめてくれた。あたたかい腕が私の腰に絡み、力強い鼓動が私の胸に伝わってきた。この温もりが永遠に失われてしまう。そう思った時には悲しくて涙が溢れた。彼女はそれをどう思ったかはわからないが私の涙を手で拭い、何も言わずに抱きしめてくれた。


最近、彼女は私のことをよく気にかけるようになった。どうにも、彼女の絵を描いている最中に私の手が震えたり、涙を流すことが気になっているようだ。今、この場で私の思いを打ち明けることができたのなら彼女は死なずに済むだろう。私は彼女に死んで欲しいわけではない。ただ貴女と一緒にいる時間が恋しくて、ただ離れたくなくて。それ以上にその時間が失われることが恐ろしくて。そう思って口を開こうと、打ち明けようとした。でも、拒絶されることが恐ろしくて、やめた。当たり前だろう。私の愛は愛と言うには余りにも重く、身勝手で、異常だと自分でもわかっていたから。彼女が受け入れてくれるはずがない。なんでもない。そう告げて私は今日も一人で眠った。


とうとう彼女の絵が完成した。出来栄えも申し分なく、彼女もとても喜んでいた。今夜だ、今夜、彼女を殺す。本当に?自分のものにするために。そんなことをしても幸せになれないのに?


彼女が夕食のための買い出しに行く直前、今夜は一緒に寝よう。そう告げた。彼女は微笑みを浮かべて私に口付けをして、今日は豪華な夕食にしようと告げ、外に出た。何時間か経った後、私は彼女と並んでキッチンに立っていた。どの食材使ってどんな料理を作るか生き生きとした様子で語る彼女が愛おしくて、そんな様子を見せてくれるのも今日が最後で、彼女が私の頬を手で拭いどうして泣くのかと問いかけた。君が好きだから。そう伝えると彼女はそれだけじゃないでしょと、何かに困っているなら、悩んでいるのなら、力になるから話して欲しいと、今ここで打ち明けたら、拒絶しないでくれるだろうか、嫌わないでくれるだろうか。そう思って私は、私は、



結局のところ打ち明けることができなかった。一人ベットで彼女を待つ間、私自身の臆病さと彼女を信じきれなかったこと呪っていた。どうしてこんなにも私は愚かなのか。愛しているという心の底からの言葉はすんなりと出てくるのに、同じく心の底からの嫌われたくないと伝える声はなぜ出てこないのか。誰しも愛する人には嫌われたくない。そんな当たり前の感情をどうしてここまで拗らせて、伝えもしないくせして勝手に怖がって。終いには彼女を殺そうなどと本心から思っていた自分の身勝手さが、そんな傲慢な自分が嫌いで仕方がなくて、ただ泣いていた。


ふと気がつくと彼女が側にいた。静かに私の頭を撫でていた。彼女に気付き私が顔をあげるとその手で私の頬を拭い、泣きそうな顔をしながら、私を抱きしめた。彼女の暖かさと優しく響く鼓動が、私が手放そうとしたものが、私の拗れた心を解いた。


ごめん。

……

好きだ。

私も。

ごめん。

いいよ。

嫌われたくない。

私も。

離れたくなくて。

私も。

君を、傷つけようと。

うん。

ごめん。

謝らないで。

…わかった。



眩しい。いい匂いがする。気がつくと朝日が昇っていた。カーテンが開いていて、料理の音が聞こえる。彼女はキッチンにいるのだろう。ドアを開け、廊下を歩いて。見えた。亜麻色の髪が。私の最愛の人が。私に気づいたのか、彼女は振り返り。


おはよう。

うん、おはよう。

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