チート系ハーレムヒーロー体質な幼馴染の唯一になる方法
はじめまして、こんにちは!日本から異世界に転生した幼馴染ヒロイン(笑)です。あ、名前?アリッサっていいます。一応、今世の名前です。はは、さすがに分かりますよね。え、家名?平民だからありません。猫みたいな目がキュートって言われる、ツンデレ枠の十五歳です!
ウソです。そんなこと言うの、ウチの父くらいです。他人にはかわいいなんて言われたことはあっても、そのうち評価がひっくり返るので、よく〝見た目だけ〟って言われます。前世の記憶のせいかツンデレどころか斜に構えた態度の可愛げのない子どもだったので。晴れて成人したので可愛げのない女になりましたが。
まあ、そんなことはどうでもいいとして。
多分ね、ココ、どっかの創作物の世界だと思うんですわ。
多分っていうのは、私がこの世界のモトを知らないから。だったら、小説やマンガとは関係ない世界なんじゃないの?と思ったそこのアナタ!
私もね、最初はそう思ってたんですよ。ただの異世界転生なんだろうなって。よしんば何かの物語だったとしても、取り柄のない平民だし、傍観者なんだろうな、と。
でもね、私の幼馴染、ヤバいんです。最近特に。お年頃になってから。
ヤツは絶対に〝ハーレムモノのヒーロー〟です。
原作知らんけど!
だって、今だってホラ、見てください。分かります?
「わたくし、貴方が勝つと信じておりますわ。どんな怪我もわたくしが治しますもの」
銀髪の儚げ美少女がキラキラしたお目々で彼を見上げていますよ。彼女、見た目に反して強かでね。まあ、あんなあざとい上目遣いなんて信用できませんよね、同じ女性なら。
「オマエの背中を守るのはアタシの仕事だよ!任せときな!」
赤髪ポニテの脳筋女が大きな胸を叩きました。ボヨンと跳ねた乳を見て彼は頬を赤らめて顔を背けたのに気付いてうりうりと彼の前で胸を揺らしています。露出度高めで自信満々でうらやましっ。
「わ、わたし、怖いですけど……絶対に、あなたのお役に立ってみせます!」
青髪メガネっ子が隠れ巨乳を肘でギュッと寄せて涙目で宣言しました。まあ、恥ずかしがり屋なので露出度低めの服で隠れてるので、彼はあの白いブラウスの下にスイカップが隠れてるのをまだ知りません。
「あたしを上手く使えるのはあんただけだもの。死力を尽くすわ」
緑髪の魔女っ子がクールぶって少し離れたところからカッコつけてます。彼女は胸の下で腕を組んでますが、普通サイズなので特に何かあるわけではありません。多少、強調されてる程度です。
あと、今はこの場におりませんが、金髪のお姫さま枠とかオレンジ髪の不良娘とか水色髪の病弱お嬢さまもハーレム仲間です。ピンク髪のドジっ子と黄緑髪のエルフもか。紫髪の女騎士ってのもいたな。お姫さまの護衛らしい。
私?私はその辺によくいる茶髪で、貧乳枠です。あ、銀髪の彼女も貧乳枠です。いえーい!仲間!と心の中で思ってます。心の中だけなのは、あちらが公爵令嬢だからです。身分差というものですね。
なんかこれからこのメンバーで魔王討伐の旅に出るらしいです。物語的には覚醒編から学園編が終わっていよいよクライマックスってところですかね。彼、勇者なんですよ。神託が降りたんです、何年か前に。魔王の復活と勇者の覚醒のね。
その勇者が、私の幼馴染の、目の前にいる彼なんです。何やら色々な加護を持っているそうで、ズブの素人だったのが突然剣聖並みの技量で剣を扱ったり、神力を駆使してあれこれできるようになったり、覚醒するとなんか色々設定盛り込まれてました。大盛りすぎてお腹いっぱいです。
顔は普通、女顔の童顔なので可愛いっちゃ可愛い?くらいの平民が勇者ですよ。この世界の人たち、自分含めて顔の造形が整ってる人が多いので、その中で中の上くらいかなって感じですかね。そこそこイケメン、でも普通の茶髪に鳶色の目でパッとしない、みたいな。
カラフルな方がモテるんですよ、この世界。赤はともかく青だの緑だのピンクだのは二次元の記号的なモノで、顔の描き分けできないのを誤魔化す仕様だと思ってたんですけどねえ。
で、そんな地味な彼ですが、なんでか思春期に突入したらやたらモテまくるんですよ、彼。
実際、パーティーメンバーの編成にかなりモメたって聞いてます。お姫さまもついて行きたいとゴネたって噂もまことしやかに……あ!寝返った黒髪の女魔族の紹介を忘れていました。彼女は陰ながらこのパーティーをサポートするっぽいです。
しかし、義理堅い彼は旅に出る前にわざわざ私のところまで挨拶に来てくれたんですが、お前らなんで来たの?っていうね。ほとんどのヤツ初対面じゃん。どっかで待ってりゃいいじゃん。普通、こういう場って遠慮しますよね?まあ、ウチに寄る前に隣の実家に顔出したから、将来の義理の親に面通し的な意味もあったんでしょうけど、私、一切関わりないですよね?
話は聞いてるから誰が誰だかは判別できてるけど、ホント何しに来たの?今の一連のやりとりは何なの?所信表明演説か何か?
あ、幼馴染に牽制しに来たことくらいは分かってますよ。可愛らしいお嬢さんたちだこと。ホホホ。
「はは、心強いよ」
ハーレムヒーローならではの安定の鈍感力ですよね。分かります。でも、普段の彼はもっと粗雑なので、お嬢さんたちの前で猫をかぶっているのも知ってます。まあ、私が男友だちと同列に思われてるだけだと思いますが。色気がなくて悪かったな!どうせ貧乳だよ!
「気をつけて行ってきてね、ルーク」
「わたくしたちは観光に行くわけではございませんのよ」
「おいおい、いくらなんでも冷たくねえか?」
「お、幼馴染とはいえ、そっけなさすぎます!」
「死地に赴く友人に余りにも情がないんじゃない?」
いや、お前らに話しかけてねーよ。なんなんだよ、こいつら。初対面の私に向かって失礼にもほどがありません?
彼も彼女らの勢いに押されて、苦笑いしながら頬をぽりぽりと掻いています。もっと積極的にフォローしろよ。
「ねえ、そう思いませんこと?」
「あはは……俺たちの仲だから、これくらいでいいんだよ。なっ?」
んだ。と同意したいところだけど、彼女たちは私のことを睨みつけています。うーん、ホントに何しに行くつもりなんだ。道中キャットファイトで脱落者出そうだし、チームワークとか皆無そうで世界の未来が心配。
「ま、生きて帰っといで」
「おう!メシ作って待ってろ」
そう言って、笑いながら彼は去って行きました。主人公だもの、生きて帰って来るに違いありません。ヒロインたちのせいで、言いたいことも言えずに終わったのはお互い様だと思います。笑い方が微妙な感じでしたから。その辺は長い付き合いなので察してます。
しかし、メシ作って待ってろって。私、母でも嫁でもないんだけどな。
◇
時は過ぎ。んーと、三年くらい?半年前、勇者が魔王討伐を果たしたという知らせが世界を駆け巡りました。彼が凱旋して来るらしいです。魔界(私たちの住む大陸と微妙に繋がってる違う大陸です)から帰還するのに半年くらいかかるので、出てった日から帰って来る予定日を考えると三年って感じですかね。
私は十八歳になりました。実家に住みながら働いています。相変わらず平民です。前職(前世での職業の略)がパティシエなので、引き続き同じ職種で仕事を探し、今はシェフパティシエとしてとある貴族のタウンハウスに通いで勤めています。いやぁ、出世したなぁ。
個人的な連絡手段がないため、彼とそのハーレムがどうなったのかは知りません。新聞もそういうの載せないし。どうなったんだろうね?誰かとくっついたかな?それともマジもんのハーレム築き上げたかな?この国は一夫多妻もアリだもんね。税金クソ高くなるけど。日本の扶養控除と真逆をいく政策だよね。
ま、平民には関係ないけどさ。私、幼馴染ヒロインっていうか出オチモブっぽいし。物語スタート以降の関わりがなさすぎる。イベント皆無ですよ。
そういや、帰還ついでにパレードが行われるらしくて、一つ前の街で準備が行われてるんですって。んなことしないでさっさと帰らせりゃいいのに。面子を大事にする貴族どもの考えそーなこった!
歴代の勇者さま方は、貴族だろうが平民だろうが一代公爵に列せられるので、またそっちのお祝いなんかもあるんでしょう。どっちかにしてやれよ。絶対に疲れてるよ、勇者パーティー。
んなわけで、「当家からも祝いを!(ついでに勇者と縁づきたい!)」というウチの親分(雇用主の貴族さまね)からのオーダーで、私はせっせと菓子作りして、今日やっと終わったわけですよ。引き出物的に周りにも配るから、日持ちする焼き菓子作りまくったわ。どっから情報仕入れたんだろうね。彼が甘党って話。私の作ったモノ限定ってことまで。
その夜。
「よっ」
「よっ、ってなに。なんでいるの?」
帰宅すると、彼が私の自宅にいました。あ、先ほど申し上げました通り実家です。実家のダイニングでお茶飲んでます。彼にとっちゃ勝手知ったる他人の家ですからね。久しぶりだけど見慣れた光景です。んでも、旅に出る前より身体が出来上がって、なんか圧迫感があります。顔も精悍になって、雰囲気が少し変わりましたね。久しぶりに親戚の子に会ったらすっかり大人になっちゃってまあ、ってなモンです。
「あとちょっとのところで待機とかバカらしいから抜けてきた」
あ、中身は相変わらずでした。猫の装備は外してますね。外面だけはいいんですよ。なので、出発する前の世間からの人物評も良かったですね。謙虚で真面目っていうね。
「さもありなん」
「あ、おばさーん!メシいいから!家で食べて来たから!」
「ああ、さすがに実家には顔出して来たんだ」
「まあな。心配かけただろうしよ」
勇者が重傷を負ったってニュース流れたときあったもんね。そのせいでかなんでか知んないけど、結局ハーレム要員と思しき人物は全て討伐に参加したんですわ。私以外の全員だよ。勇者追っかけてったよ。後発組の方が人数多いってどういうこと。なんだよ、茶髪の女盗賊って。初めて知ったわ。私と被るじゃん。あっちの茶髪の方は焦茶で、私は薄茶色だけど。彼はその中間くらいの色。
「なんかお前、甘い匂いすんな」
「毎日毎日お菓子作ってたからね、ルークのために」
「メシ作って待ってろって言ったけど、菓子作って待ってろとは言ってねーぞ?」
「御当主さまが勇者のために焼けって言われたの。仕事!」
「そいつ、俺とお前の関係知ってんの?」
「知ってるに決まってるでしょ。奥さまなんか勇者のお気に入りのお菓子って自慢するから、勤め先のお茶会、今人気なのよ」
「んだよ、大人しく利用されてんのか?」
「まあね。目くじら立てるようなことじゃないし」
おかげで念願のシェフパティシエになれたし。最近、都の中に店まで出したし。私のレシピで作った洋菓子売ってるよ。実家(前世の)は和菓子屋だったから、和菓子風のも取り入れてるんだよ。和三盆の干菓子とか。和三盆ではないけど。小麦粉使った菓子じゃ重たいときに丁度いいってさ。
「なんか、悪かったな」
「謝ることじゃないでしょ。おかげでやりたいことやれてるよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。むしろ感謝してる」
「なにに?」
「ルークが勇者になったことに。コネ採用みたいなモンだもん」
「お前はそれでいいのかよ」
「いいよ?無駄に意地張ってやりたいことやれない方がもったいないじゃん」
「変わってねーな、お前!」
「可愛げがない?」
「たくましい。ま、お前のそーゆーとこ、いいと思うぜ」
およそ女への褒め言葉とは思えないが、なんだか彼がうれしそうなので良しとしますかね。あ、言い忘れてた。
「ルーク」
「ん?」
「おかえり」
「おう、ただいま」
◇
彼の突撃訪問から数日後。あの夜は本当に他愛もない話(もちろん魔王討伐の話は聞かせてもらった)をして、凱旋パレードの日になりまして、職場でやるべきことはやったので、私も同僚とパレードを見に行きました。
「なんだかお葬式みたい」
「そうか?こんな盛り上がってるのに?」
私は同期のシェフ見習いと遠目から勇者パーティーを眺めていた。いや、確かに盛り上がってるよ?でもさ、勇者パーティーのさ、誰もが目が死んでるわけですよ。彼以外の、ですが。
「うひょー!みんな揃いも揃って美人だよなぁ!」
「うらやましいこって!勇者なら、嫁さんもらい放題だろ?」
「あの全員を嫁にもらえるって、どんだけ徳積んだんだよ!」
「魔王を倒せば徳もおつりが来るべ!」
んだ。歴代の勇者は、パーティーの女性たちと結婚している。皆、一様に。そりゃ、魔王を倒せば徳もおつりが来るだろうよ。隣の若者の言ってることは正しい。でも、あれだけ女ばかりの勇者パーティーも珍しい。というか、前例にないと思われる。
「やっぱ王女サマが第一夫人かね?」
「そりゃそうだろうよ!」
「付き合い長い公爵令嬢の方が第一夫人じゃねえのか?」
「さすがにそれはないだろ!国王サマがお許しにならねえよ」
民衆とは勝手なものですな。後ろのおじさんの意見は順当だとは思いますが。
パレードの行列は進んでいき、観客たちはそれぞれ屋台で買い食いしたり、そのまま繁華街へ繰り出したりと様々。私と同僚は特に寄り道もせず職場へと戻ります。
「勇者、お前のこと見てたな〜」
「うっそ、マジ?」
「マジマジ。オレ、めっちゃ睨まれたもん」
「えー、ずっと笑ってたでしょ。あいつの愛想笑いは子どもの頃から鉄壁だもん」
「やー、アレは睨んでたね。なんつーの?笑顔の圧?」
「あー、そういうことはある、稀に」
今回は気のせいか、同僚を睨んだのではなく視線に気付かない私を睨んだと思われます。同僚よ、とばっちりすまぬ。
◇
「だからなんでいんの」
「昼間一緒にいた男、なに」
「同僚だよ、職場の同期なの」
「付き合ってんのか?」
「全くもってそういう関係じゃないから」
「本当だな?」
「祝勝会はどうしたんよ」
「挨拶だけして抜けてきた」
「主役でしょ?いいの?」
勇者のいない魔王討伐達成祝賀会……普通に祝勝会でいいよね?なんて驚きだよ。
「私、今日のためにデスマーチで焼き菓子作ってたんですが?」
「それは食って来た」
「あ、そ」
「あ、おじさーん!城からくすねてきた酒、それ全部おじさん用だからな!寄り合いには別に親父に預けたから!」
我が家に不釣り合いな高級酒の酒瓶を持って彼の実家のお隣さんに突撃……ではなく、ご近所さんたちと勇者を讃える会というただの飲み会に行く予定の我が父に声をかけると、「おー、そうか!」と酒をしまいこんで、いい笑顔で謎のサムズアップをして出かけて行った。母は寄合所でこの辺の奥さま連中と先に会の支度に出かけてます。こちらも予定通り。
私も着替えたら行く予定だったんだけどな?
「ルークも顔出した方がいいんじゃない?」
「俺が行ったら騒ぎになんだろ」
「分かってんならなんで来たし」
「あ?お前が変な男と一緒にいたからだろ。俺がいない間に色気づいてんじゃねー」
「いや、そっちに言われたくないし」
「はあ?なんでだよ」
「ドキッ!丸ごとハーレム女だらけの魔王討伐ポロリもあるよだったんでしょ?」
「なんだそれ、前世のやつ?」
「まあ、そんな感じ」
彼は私に前世の記憶があるのを知っているんです。子どもの頃はまるで昨夜見た夢のように、他人事として前世を捉えていたのは、あくまで見たものや知識だけが少しずつ蘇ったからじゃないかなと思うわけですよ。それをよく彼に話していて。
次第に前世の人格が出てきて、精神的に不安定な時期もありました。そんなときに様子の変わった私を心配してくれたのが彼なわけですが、追及があんまりにもしつこいんで、今まで彼や地元の友人たちにしてきたフシギな世界の話は前世のことだった、とぶっちゃけたわけなんですわ。十歳くらいの頃かな〜?懐かしっ!
「ポロリってどういう意味?」
「あー、不可抗力で服が脱げたり破けたりしておっぱいが出ちゃう、みたいな」
でいいですかね?脚とかパンツが見えるのはチラリだよね?認識合ってる?
「ろくでもねーな」
「人気番組だったらしいよ?ルークも、戦闘中にそういうことなかった?」
「なかっ……いや、あったな」
「んでしょ?ドキッとした?」
「ドキッとはした。肌が出るってことはそれだけ大きな負傷の可能性があるってことだからな」
「まさしく」
「でも不思議と防具が壊れて服が破けるだけで、あっても小さな裂傷くらいだったんだよなぁ」
おおう、さすがハーレムヒーローとハーレムヒロインですな。お色気シーンで流血はないだろう。この世界は真面目なバトルものじゃなくてラブコメハーレムものなんだろうか。よく知らんけど。
「まあ、血まみれのヌードなんてラッキースケベじゃなくてスプラッタだもんね」
「そもそも戦場で女の肌に気を取られてたらこっちの命が獲られるわ」
「それもそっか」
「なー、俺メシ食いっぱぐれたからなんか作ってくれよ」
「食べてから来ればよかったのに」
「人にたかられて食うどころじゃねえんだよ、ああいうの」
「平凡な庶民には理解し難い世界だね」
「だよな」
一代公爵になる人が「だよな」って大丈夫ですかー?習うより慣れろっていうし、そのうち彼もウチの雇用主サマみたいな思考回路になるんだろうか。それはちょっと残念だなと幼馴染は寂しく思うわけですよ。アイツ変わっちゃったな、的な。
本当に簡単な時短家庭料理をさっと作ったらよろこんで食べてくれました。そんなにいいかなぁ?家庭料理でも私が作るよりお袋の味の方がよくない?
彼が城からくすねてきた赤ワインをちょっとだけ飲んで(そういや二人でお酒飲むの初めてだった)、眠くなったから帰れって追い出そうとしたらなんか言いたげにしてたけど、普通におやすみって言って一応見送ってから寝た。日付けも変わる頃だけど、彼は城に戻るらしい。祝勝会は夜明けまで続くものだそうですよ。貴族も大変だな。
翌朝、二日酔いの父になんか話があるんじゃないのかと言われたけど、言ってる意味が分かんなくてスルーして仕事のため家を出てきました。それを言うためだけに痛い頭を押さえながら起きてきたんですよね。なんなのさ、一体。いつも通り寝てればいいものを。
街は朝っぱらだというのにまだ祭りの賑わいを見せていますが、なんだか様子がおかしいです。理由はすぐに分かりました。行き交う人々は皆、新聞を握りしめてあれこれと意見を言い合っています。私もチラッと見えた見出しに思わず目をかっ開いてしまいましたから、その気持ちも分かります。
春に相応しい青空の下。通勤途中の街角で、号外が花吹雪のように舞っていました。
◇
「今日も来たんかい」
「来たらダメなのかよ」
「ダメじゃないけど、いるなら隣のご自分の家では?」
「ここも実家みたいなモンじゃね?」
「言えてる」
共働きの彼のご両親。彼と彼の兄はよくウチに預けられていた。その分、私の母も保育料的にお金もらってたらしいけど。母は針子なので自宅で仕事してるから、実際にちびっこだった我らの面倒見てたのは彼の三歳上の兄だ。母はご飯の世話くらいよ。お兄さんにはとても世話になった。そんなお兄さんは彼の出征前に結婚して、家を出ています。
「ウチの親は?」
「隣でウチの親と飲んでる」
「また飲んでるのか」
そういう彼も飲んで……は、いないな。だけど、どう見ても二人分のつまみとグラスが用意されてますね、ハイ。これは飲もうってことなのかな?あ、座れって?ハイハイ、勇者サマの仰せの通りに。
とりあえず、私は朝から気になって仕方ないことを本人に聞くことにしました。例の新聞記事のことです。
「号外、見たよ。あれ、マジ?何考えてんの?」
「何って、俺には分不相応の褒賞だと思ったから辞退しただけだよ」
彼は一代公爵の地位を辞退したらしいんですわ。本当だったみたいです。
「なんでさ、ルークは勇者だよ?魔王を倒した英雄だよ?分不相応なんてことないよ。今までだって、歴代の勇者の中には平民もいたけど、普通に叙爵受けてんじゃん」
どうせ名誉職みたいなモンで、莫大な年金与えるための体面的な爵位なだけなのに!一発屋の歌手の印税みたいなモンで、ずっとその肩書きだけで食ってけるっていうのに!うらやましいことこの上ないのに、断った本人は清々しい顔して笑ってますよ。なんでこんな余裕なんですかね。
「一兵卒からやり直すって、本気なの?」
「だって、ハリボテとはいえ公爵夫人なんてお前には荷が重いだろ?」
「まあ、そうだけ……どお!?はあ!?」
公爵夫人なんて私には荷が重いってなに!?気は確実に重くなるだろうけど!
笑顔が急に真顔になって、ズボンのポケットから無造作に取り出したのは、どう見ても高級な宝飾店で購入したであろう指輪のケースです。ウソだろマジか。おい!箱を開くな!なにそのデカい石!いくらすんの、こわ!
「結婚しよ」
「ハーレムはどうしたぁっ!」
「むしろこっちが聞きたい。ハーレムってなんだ」
「複数のキレイな嫁に囲まれて、キャッキャウフフとムフフするアレだよ!」
「だってお前、そーゆーの嫌いじゃん」
「嫌いっていうか、理解はするけど受け入れ難いっていうか、はい!?」
「お前、前に言ってたじゃん。政略結婚ならまだしも、恋愛結婚で第なん夫人とかあり得ないって。そんなの女をバカにしてるって。楽しいのは男だけで、女は表面上笑って過ごしてても、嫉妬に狂って裏ではキャットファイトを繰り広げてるって」
言ったっけ……?ああ、言った!言った言った!十二歳で神託降りて、特例で彼が貴族の学校に通い出して、入学数日であっという間にテンプレハーレムヒーローの素質を見せ出したときに言ったわ!
学校どうよ?って聞いたら、平民成り上がり系のテンプレトラブルが盛りだくさんで、彼が対策取りたいから〜とか言うから私の知ってる限りのパターンを語りまくって、そんときについでに言った!!!
『ないわー、マジでない。一人の男の寵愛取り合っていがみ合うならまだしも、恋敵とお手々つないで仲良くとか絶対にできない。いやね?政略結婚なら分かるよ?自分らの感情抜きにして、お家に旨みがあるならさ。貴族ってそういうものだと思うし。それでもヤだけどね。好きな人と結婚できない上に、他の誰かと旦那を共有するとか、真っ平ごめんだよ。満たされるのは男の性欲だけ!本気で嫁同士が仲良くしてると思ってんならその男は頭が常春のお花畑でしょ。バッカじゃないのって思う』
って!
「思い出した?」
「思い出した……」
「俺の恋愛観と結婚観、基準はお前の前世の話だからな」
「因果応報自業自得」
「なんでもないその辺にいそうな普通の女の子(顔はかわいい)がハイスペックヒーローに溺愛されて尽くされるのがいいんだろ?」
ぐふう!致命傷!まだ私の前世の人格が表に出て来てない頃に言ったヤツぅ!
「なんでソレで私にプロポーズとかトチ狂ったことしてんの?ウケ狙い?」
「お前……人が決死の覚悟で求婚してんのに、この期に及んでその言い草はなくね?」
「……マジ?」
「マジ。冗談でこんなモン用意するかアホ。魔王と対峙したときより緊張してるわドアホ」
「アホ二回言うな」
よく見ると、指輪を差し出したまま引っ込みつかなくなった両手が震えてました。顔真っ赤。マ、マジだった……。
え?もしかしてコレ、幼馴染ヒロインの一人勝ち?ギャルゲーで幼馴染ルート突入なの?
「返事」
「え?」
「へーんーじ!〝はい〟か〝うん〟で答えろよ!?」
「どっちも同じじゃん!」
「〝よろこんで〟でもいいぞ」
「〝怖くてムリ〟」
「何が怖いんだよ!じゃあ、怖くなきゃいいってことだな!?」
「だって、絶対パーティーメンバー全員ルークに惚れてたじゃん!私一人だけルークと結婚なんて絶対恨まれる!しかも私は討伐に行ったわけでもないのに!」
「討伐行った行かないは関係ねーだろ!?あいつらのことはきちんとお断りしてきたわ!そもそも俺が好きなのは昔からお前だけだっつーの!」
「やっぱり告られてるんじゃん!そもそもったって今までそんな素振り見せたことないじゃん!信じられるかーっ!」
「いいから左手貸せ!抵抗すんなコラ!」
「いやぁーっ!!!呪われるぅーっ!!!」
「呪えるんならとっくに呪ってるわ!永遠に俺から離れられない呪いかけてやる!」
「ぎゃー!発想がヤンデレ!」
すったもんだの末、物理的に押し負けて彼の求婚を受け入れることになりました。いや、指輪はめられただけだけど。マジで手の骨折れるかと思った。やめてよ、こちとらこの手が仕事道具なんよ。
「ん」
「もう酒なんて飲む気力ないわ」
興奮して上がった体温を下げるためにワインはご遠慮して水差しからグラスに水を注いで一気飲みしました。こんな力ずくのプロポーズってあります?ねえ、アリだと思います?横暴じゃないですか?早速DVかな?
「んだよ、もっとよろこべよ」
「いや、青天の霹靂すぎて頭ん中絶賛混乱中だわ」
「俺がお前のこと好きなの、知らなかったのお前だけだよ」
「マジか。ルークの鈍感力笑えないじゃん、私」
「俺は鈍感じゃねえ。気付かないフリしてわざと相手にしてないだけだわ」
「演技派がすぎる」
「ついでに言うと昨日も今日もお前の親がいねえの、俺が帰ってきたらお前にプロポーズするって討伐出る前に言っておいたからだからな。ココ出る前に頼んどいた指輪取りに行くヒマなくて今日に持ち越したけど」
「三年計画とか」
「計画立てたのはもっと前だわ。お前が戦争前のプロポーズは死亡フラグとか言うから本人に言わなかっただけ。死んだら元も子もねーし」
「すいませんっした!」
空になった安物のグラスに高いワインを注がれるのを見ながら頭を机にぶつける勢いで謝罪。元日本人なら土下座の方がよかったですかね?もう彼の顔をまともに見れなくて、頭を上げられません。いろいろ申し訳ない。自分が鈍感すぎて呆れます。人には散々言っといて、なんだこの体たらく。
「生きてて良かった」
「おう。生きてなきゃお前とムフフなことできないからな」
「信じらんない、ここで下ネタぶっこむとか」
「俺とお前の仲だし、これくらいでいいんだよ。なんなら今からムフフなことするか?」
「かんべんして……あとムフフ連呼すんな、オヤジくさい」
「ご褒美くらいくれたっていいだろ。俺、お前のために世界の平和を守ったんだぞ?」
驚きの新事実。世界平和は私と結婚するためでした。愛が重すぎひん?そこにも驚き。
「びっくらこきすぎて今はムリ」
「いつならいい?あんま待てない」
「結婚するまで待って」
「結婚はしてくれるんだな?」
だって、これで断ったらお前何様だってハーレムヒロインたちから刺されるでしょ。人でなしでしょ。
「するよ」
「ほんと?」
「結婚するなら好きな人とって言ったでしょ」
「知ってる」
「知っててよく自信満々にプロポーズしたね」
「出征前にしときたかったけどな。浮気すんなよって釘刺したかったから」
「おまいう」
ハーレム築いてたヤツに言われたくない!って言ったらハーレムじゃないって返されそうなのでやめときます。ちゃんとお断りしてきたみたいだし。彼女らのアピールも鈍感ぶってのらりくらりと躱してきたんだろうなぁ。そういうヤツなんだよ。
お年頃の男が自分に惚れてるかも分かんない私に操立てて三年もソレを続けるなんて、よーやるよ。その根性、おみそれするよ。
「だから、代わりに周りに釘刺しといた。五寸釘くらいのぶっといやつ」
「意味なくない?私、モテないし」
「お前な〜、自己評価低すぎじゃね?」
「実際モテた試しないわ!」
「性格はともかく顔はかわいいじゃん、お前」
「どういう意味だゴラァ!」
顔を上げると、机の向こう側から身を乗り出して、いい笑顔をした彼に顎クイされて……いや近い近い近い!その伏せ目がちな顔をやめろ!急にそれっぽい雰囲気出すな!
顔をなんとか少しだけ避けたら、私の唇の端に彼の唇が当たりました。真っ向は回避!よし!
「よけんなアホ」
「よけるわアホ!」
「そういう男勝りなとこ、慣れりゃ悪くねえよ」
「男勝りで悪かったね!」
「いいからキスさせろ」
「性急すぎる!」
「ずっと気が気じゃなかった。もっと早く帰って来たかった。パレードで男といるの見て、すげえ嫉妬した。こいつの隣は俺の場所だって、殴りに行きたかった」
「勇者に殴られたらひとたまりもないわ!」
「だからキスさせて、安心させて?」
懇願に押し負けて、そのまま唇を奪われました。かさついた唇に男らしさを感じます。うわ、やだなぁ。今までずっとがんばって彼のことは弟みたいなモンって思い込もうとして来たのに。焦ったように私の唇を貪る彼にあっさり崩されました。
あ、コレ、今世のファーストキスです。すんません、前世も奥手ってわけじゃないけど、今世はどうにか身を立てることに邁進してたんで恋愛方面は疎かにしてたんです。前世の夢だった自分の店を持つのが目標だったんです。彼が帰って来て、私を選んでくれることを期待してたわけでもないです。だって、どうせ私は物語に関係ない傍観者だと思ってたから。
まさか私が主人公に激重執着されてる鈍感系ヒロインだったなんて。知らない男が私の隣に立ってるだけで殴ろうと思うなよ。
彼と結婚するなら小うるさいヒロインたちを黙らせなきゃいけないし、世間様からもポッと出女と批判も浴びるだろうし、なんなら国王陛下とか公爵閣下とかからも恨まれるかもしれないし、今後のこと考えると不安しかないんだけど。あ、勇者パーティーがパレードのときにお葬式みたいな悲壮感があったの、もしかしてフラれたから?
「よし、このままお前の部屋行こう」
「行くかバカ!」
「なんでだよ!想いが通じたら夜通しイチャイチャすんのが夢なんだろ!?」
ソレ、前世で愛読してたTL小説ぅ!子どもになんてこと教えてたんだ、私!完全に彼の頭に前世日本のろくでもない知識が刷り込まれてる!
彼女たちは物語が始まる前から私に負けてたんだ。私っていうか、私が影響を与えた、彼の恋愛観に。
「ああ、愛をささやきながら、だっけ?」
「もうやめて、私のライフが0になる」
「好きだよ、愛してる。俺にはお前だけだ、アリッサ」
「ここで名前呼ぶのズルくない!?」
ってことにしておこう。
とりあえず、チート系ハーレムヒーローだったであろう彼を、唯一を溺愛系男子に育てた責任は取らせていただきますです、ハイ。




