王太子の後悔は、一通の手紙によって訪れた。(番外編)
「貴方は何故、角の意味を知らない振りをしたんだ?」
アルフレッドの言葉に、庭師は何も答えない。ただ花を切っている。チャキン、と無機質な音が、色鮮やかな庭に響いた。
悪魔を滅ぼそうと旅立ったアルフレッドは、証言を寄越してくれたという庭師の元を訪れていた。一つの謎を、紐解こうと思ったからだ。
「……なんのことやら」
「悪魔という存在を教える事を規制したのは、父の代になってからだ。つまり、貴方は悪魔を知っている。それなのに何故、知らない振りをしたんだ?」
昔、全面戦争が起こった時、人間側が勝利した。だが彼等は完全にいなくなった訳ではなく、長い年月をかけてじわじわと数を増やしていったのだ。それに気付いた現国王が、即位時に、悪魔を刺激しないようにと悪魔の存在を教える事を規制した。それからは、限られた者にだけ教えられるようになったのだ。
だが、この庭師は推定80歳ぐらいに見える。教育を受けている筈だ。
アルフレッドの問いに、やはり庭師は答えない。だが、ポツリと呟いた。
「殿下は、花が何故綺麗か知っていますか?」
「? 色が鮮やかでふわふわしているからだろうか」
バカ正直に応えるアルフレッドに、苦笑を浮かべると、庭師はハサミを置いて、アルフレッドに向き合った。
「美しさの刻限が、決まっているからですよ。いつか終わりがあるから、とても綺麗なのです」
核が見えないと言いたげに渋い顔をするアルフレッドに、もう一言庭師は付け足した。
「悪魔の寿命は、余りにも長すぎた」
「!」
「彼らの性根は、酷く醜い」
まるで、悪魔と対峙したことがあるような口振りに、アルフレッドは息を呑む。そして、一つの仮説が生まれた。
「ーーまさか、貴方も悪魔なのか?」
「正解です。今はしがない庭師爺として生きてますがね」
疑問も生まれた。何故、自分の仲間である悪魔を売るような真似をしたのだろう。もし、最初から売るつもりなら、もっと早くそうしていただろう。そんな気持ちを読んだかのように庭師は語り始める。
「シルルお嬢様は、私が最初に花をあげた方でした。今より技術もなく、悪魔は力加減が苦手でしてね。花はボロボロでしたよ。だけどお嬢様は『ありがとう、とっても素敵ね』と言ってくださったんです。それが、とても嬉しかったのです。
だから、断罪されたと聞いて、力になりたいと思ったのです。…………結局は、それが悪手となりましたが」
後悔を滲ませた顔は、しわくちゃで人間みたいだった。ぼぅ、と力が抜けてただ庭師の一挙一動を見つめる事しか出来ない彼に、庭師は近づいた。さっきまで整えていた花を束にしていて、とても美しい意匠が凝らされている。明るい花たちは、笑ったシルルを彷彿とさせた。
それを、渡される。
「これを、どうかお嬢様のお墓に」
「貴方が届けたほうが良いのでは?」
その言葉に静かに首を振って、庭師は頭を下げた。太く日に焼けた首がよく見える。
「私の首を、お切り下さい。こんな老いぼれですが、あの戦争を生き抜くほどの力はありました。きっと、貴方の力になれる」
「何を言ってるんだ!? 貴方の様な善良な方の首を、刎ねることなんて出来ない」
「殿下。何か火種があれば、いつしかそれは大きな炎となるのです。ですから、私も年貢の納め時です」
暫く、無言が続いた。それでも頭をあげない庭師に、アルフレッドも心を決めたかのように頷く。
「ありがとう、優しい庭師よ」
「……あぁ、勿体なきお言葉で」
一瞬で首が飛ばされ、善良な庭師は優しい顔をしたまま、灰になった。
その灰に、水が一滴落ちた。
◇◇◇
シルルの墓に花を供えると、一気に無機質な墓石が華やいだ。彼女の両親たっての願いで墓は小高い丘の上に有り、吹き抜ける風が気持ちいい。
花を手向けると、今度はアルフレッドの持ち物である懐中時計を置いた。これは10歳の誕生日の頃尊敬する父親に貰ったもので、とても大切にしていたものだ。
「この時計に賭けて、君の願いを叶えてみせるよ」
そっと手を合わせる。そうすると、なにか風のような物に包まれた。
『ありがとうございます、待っていますね。私の愛おしい憎い人』
はっとなって後ろを振り返っても、そこには誰も居ない。だけどアルフレッドは何かを感じた。
一瞬泣きそうな顔をしたあとすぐに強く前を見据え、アルフレッドは丘を下り始めた。
色とりどりの花と光る懐中時計を、墓に残して。
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