第17話 英雄の誕生
色とりどりの花が咲きほこる春のある日、ゲシェフトライヒ城では海賊団レッドオーシャン討伐を記念する祝賀式典が盛大に執り行われた。
城の前庭が開放され、詰めかけた領民たちが続々と入城する騎士団に熱い声援を送る。
領民たちは長年海賊に悩まされ、それを壊滅させた騎士たちは彼らにとっての英雄だった。
そんな騎士たちを率いた総司令官、ゲシェフトライヒ領主ブリュンヒルデ・メア・ランドン殿下は、前庭に設けられた壇上の中央に立つと、集まった全ての騎士たちと彼らを代表して壇上に上がった騎士団長たちにねぎらいの言葉をかけた。
「皆の奮戦により海賊団レッドオーシャンは壊滅した。ランドン大公家の末席に連なる者として皆の忠義に心から報いたい」
ブリュンヒルデの前で一斉に跪く騎士団長たちは、この周辺に領地を持つ貴族家の血筋の者たちで、その全員がランドン大公家と主従関係にある。
だが一人だけランドン大公家と主従関係にない者が混じっていた。
ジャン・ヒューバート伯爵だ。
アスター大公家の家臣であるヒューバート伯爵家はここより遥か北方に領地があり、そもそも今回の戦いには呼ばれてもいない。
だがエルが討伐に参加したため、彼女の護衛部隊も一緒に付いて行っただけなのだ。
だが病院船が主戦場となり、その後旗艦となった同戦艦の防衛を一手に引き受けるという大役を見事果たし、彼らの功績を無視する訳には行かなくなった。
だが式典のためにわざわざ遠い領地から騎士団長を呼ぶのも筋が違うと思ったジャンは、自らその壇上に上がったのだった。
さすがのブリュンヒルデもこれには苦笑いし、他の騎士団長たちが壇上を下りた後もジャンはそのまま残して、式典の主催者であるランドン大公家の席につかせた。
その後式典は功績著しい騎士たちの表彰へと移り、名前を呼ばれた騎士たちが壇上へ上るとブリュンヒルデから帝国騎士勲章を授与され、会場から盛大な祝福を受けた。
騎士たちの表彰が終わるとブリュンヒルデは一度主催者席に下がり、代わってシリウス中央教会からクリストフ枢機卿が壇上に上がった。
その彼の前に3人の女騎士が並ぶと、クリストフは経典を開いてある一節を読み上げ、彼女たちにその栄誉を与えた。
「勇敢なる騎士、レナード男爵家マリー、ラウル準男爵家ベッキー、ベクレル騎士爵家ユーナの3名」
「「「はっ!」」」
「3名は最も激しい戦いが行われた病院船で、シリウス中央教会が派遣した巫女たちをその身を挺して守り抜いた。その高潔なる騎士道精神と正義感、強靭なる肉体と秀でた武勇を称えて、教会はこの3名に聖騎士の称号を授与するものである」
その瞬間、騎士たちから驚きの声が起こる。
聖騎士とは男女ともに騎士が目指す最高峰の一つ。
それをまだ20歳にもならない若い娘が叙せられるのは、異例中の異例のことだった。
だが教会が運び込んだ聖騎士の鎧を着用すると、彼女たちの頭上に魔法陣が浮かび上がり、鎧が彼女たちを自分の所有者であることを認めた。
「「「うおおおおおおっ!」」」
割れんばかりの拍手と歓声が起こり、全ての騎士がマリー、ベッキー、ユーナの3名を心から祝福した。
年下の女騎士であっても、それが聖騎士であれば最大限の敬意を表すのが当然であり、聖騎士になることはそれほどまでに名誉なことであった。
いつ止むとも知れない大歓声に、壇上の3人も、そして来賓席に座る3人の両親も、目に涙を浮かべて会場を見つめた。
そんな3人は、腰の剣を抜いて自らの正面に掲げると、聖騎士として身命を尽くすことを神に誓った。
◇
これで騎士の表彰が全て終わり、再びブリュンヒルデが壇上に立つ。
次は修道女への表彰だ。
「今回の戦いでは多くの犠牲者が出ましたが、彼女たちの頑張りがなければより多くの命が失われたことでしょう。昼夜問わず治療を続けた治癒師たち、そして教会から派遣された巫女たちこそが隠れた英雄なのです。そんな彼女たちに帝国十字勲章を授与します」
修道女が英雄という領主の言葉に、領民たちは今一つピンと来ていなかった。
だが壇上に上がっていく彼女たちに、全ての騎士たちが一斉に大歓声を上げた。
うおおおおおおおーーーーっ!
今日一番の拍手と歓声に領民たちは度肝を抜かされたが、騎士たちの多くは病院船で実際に彼女たちの治療を受けており、今生きているのは彼女たちのおかげであると痛感していた。
その壇上には、アニー巫女隊と各隊から選抜された治癒師たち、そして寄宿学校からもスザンナとエレノアの2人が誇らしげに並び、ブリュンヒルデはその一人一人に言葉をかけながら胸に勲章を付けた。
◇
巫女たちが下がって静寂が戻った壇上。
ブリュンヒルデはその式典の最後として、最高殊勲者の発表を行った。
「今回の戦いは勝敗がどちらに転ぶか分からない、まさに紙一重の勝利でした。それを決定づけたのが、たった8名で海賊団アジトに乗り込んだ決死隊の活躍。そして見事、首領のボスワーフの首を上げたその勇者たちに最高殊勲賞を送ります」
その瞬間、全ての騎士が熱狂し、領民たちは期待に胸を踊らせて今日一番の歓声と拍手を与えた。
英雄譚。
領民たちが求めていたのは、勧善懲悪を成し遂げた正義の勇者の物語だ。
そしてその勇者たちが、今壇上へと上がる。
今後語り継がれるであろう勇者の物語を、その目と耳に焼き付けようと領民たちは壇上に注目した。
「海賊団レッドオーシャン首領ボスワーフ。その後ろ盾となったオーガ王国騎士団長ギガス配下のルーガの2名を討ち果たしたその功績を称える」
固唾を飲んで見守る会場の全ての人たちに向けて、ブリュンヒルデはその名を挙げた。
「冒険者パーティー『獄炎の総番長』、エル、カサンドラ、エミリー、キャティーの4名と、その協力者のジャン・ヒューバート伯爵、エレノア・レキシントン公爵令嬢、スザンナ・メルヴィル伯爵令嬢、アニー巫女長、以上8名は壇上へ!」
うおおおおおおおおーーーーーっ!
8人が壇上に並ぶと歓声が地響きへと変わり、城全体が揺れた。
何より人々を驚かせたのは、8人中の6人が修道女であることだった。
だがその中央に立つ修道女の放つオーラは、明らかに冒険者のそれだった。
輝くような金髪をたなびかせたその美少女は、大きな両手剣を背中に担いでエメラルドグリーンの瞳を凛々しく見据えている。
その隣に立つ男装の麗人は、巨大なこん棒を担いで彼女にしっかり寄り添っている。
その両側には大きな魔導師の杖を背中に担いだ修道女と、細身の剣を腰に付けた猫耳の修道女が脇を固め、さらにその両側に3人の修道女とヒューバート伯爵がそれぞれ並んだ。
「修道女なのに冒険者。獄炎の総番長って何者!?」
その異形の冒険者パーティーに領民たちの頭の中は「?」で一杯になったが、共に戦ったであろう騎士たちのあまりの熱狂ぶりに、この8人が首領ボスワーフを討ち果たしたことに疑いの余地はなかった。
止むことを諦めた万雷の拍手がやがて手拍子に変わると、会場全体がこれからブリュンヒルデが話すであろう英雄譚の催促を始めた。
ブリュンヒルデもそんな観衆の期待に応えて、彼女たち一人一人の活躍を面白おかしく紹介しながら、その胸元に帝国大勲章をつけて回った。
最後にエルとカサンドラの手を握ると、ブリュンヒルデはそれを高々と掲げた。
「そしてこの二人こそ、ボスワーフとルーガに最後の一太刀を浴びせた最大の殊勲者です。特にこのカサンドラは、かつてオーガ王国の騎士団長でありながら、騎士団内の腐敗分子の悪巧みで海賊団レッドオーシャンに売られた被害者でもありました。我がランドン=アスター帝国はオーガ王国に対して騎士団長ギガスの罪状を突きつけるとともに、カサンドラの名誉回復を全面的にバックアップするものであります」
悲劇の女騎士とその復讐劇。
民衆が望む物語を体現したようなカサンドラは一躍時の人となり、獄炎の総番長の名も全領民が知るところとなった。
壇上で高々と剣を掲げて観衆の声援に応えるエルと、クールな笑みで観衆を魅了する悲劇のヒロイン・カサンドラにはクエスト報酬としては破格の5000Gが授与され、魔導士の杖を片手に聴衆に手を振るエミリーと、スカートを軽くつまんでお辞儀する猫メイドキャティーにも2000Gのクエスト報酬が授与された。
◇
式典も滞りなく終わり、興奮冷めやらぬ民衆が大人しく家に帰らず真っ昼間から街の酒場へ繰り出していた頃、城の大ホールでは貴族たちが舞踏会を楽しんでいた。
だが舞踏会に出たくないエルが、こっそり城を抜け出そうとするも、ジャンに肩をガッシリと掴まれる。
「離してくれジャン!」
「修道女はダンスを踊らなくてもいいんだぞ」
「え? いいのか、踊らなくて」
ひとまず逃走をやめることにしたエルは、貴族から話しかけられないようにするためホールの片隅の席に料理をかき集め、ヒューバート騎士団のみんなに宴会を持ちかけた。
護衛対象であるエルとは一定の距離を保っていた騎士たちは、エルの誘いに最初は戸惑ったものの、ジャンの「今日は無礼講」という言葉にみんな喜んで宴会に参加した。
若い騎士たちにとって、アスター大公家のお姫様であるエルは決して手の届かないアイドル的存在であったが、幼少の頃からエルを見守ってきた古参騎士たちにとっては、目に入れても痛くない愛娘のような存在だった。
特にエルに熱を上げていたのは、最古参で隊長を務めるダン・バードン準男爵だった。
ジャンより10歳は年上のダンはみんなから「爺さん」と呼ばれていたが、「まだまだ若い者には負けん」と日々訓練を欠かさない武に生きる男だった。
そんな筋肉の塊のような隊長がエルを目の前にして感情を爆発させた。
「ワシは、エルお嬢様がまだ赤ん坊の頃からずっとお傍で見守ってきた。だからエル様は自分の本当の娘のように思っておるのじゃ」
「おい爺さん、娘じゃなく孫の間違いじゃねえのか」
「うるせえ! ワシの娘はまだ20歳で、孫なんか一人もいねえ」
「それってもう秒読みじゃねえか。いよいよダン爺さん誕生間近だな」
大笑いする騎士たちと、むきになって反発するダン隊長。酒も進んで大いに盛り上がるエルたちの元に、ブリュンヒルデが顔を出した。
「楽しんでいるようねエル」
茶色の髪を綺麗に束ねた美女がエルの前に立つ。
その理知的な茶色の瞳は、エルを観察する研究者のそれだった。
だが細かいことは気にしないエルが、笑顔でブリュンヒルデに答える。
「ああ、気兼ねなくやらせてもらってる。ヒューバート騎士団は俺の家族みたいなものだし、こうして腹を割って話す機会を与えてくれて本当に感謝してるよ」
「それは何よりね。そうそう、あなたのお友達はみんな温泉に向かったけと、あなたはどうする、エル?」
「何っ、温泉だとっ?!」
次回はまさかの温泉回です。お楽しみに。
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