第16話 エルたちの帰還
エルたち3人が首領ボスワーフを倒した頃、カサンドラとルーガの戦いも決着がついていた。
しんと静まったその場所で3人が見たものは、血まみれで倒れるルーガの頭を踏みつけたカサンドラの姿だった。
「勝ったんだな、カサンドラ」
「もちろんだ。オーガは頑丈だけが取り柄で息の根を止めるのに苦労したが・・・エル殿、剣を」
エルに剣を借りたカサンドラは、ルーガの首を切り落とすとボスワーフの首を入れたエルのズタ袋に一緒に放り込んだ。
「ルーガの首は、ギガスが海賊団レッドオーシャンとつながっていた証拠となるはず。これを国王陛下に送りつければギガスもタダでは済まないでしょう」
暗い顔で「くくく」と笑うカサンドラに、エルは背中を叩いて笑って見せた。
「あまり気負いすぎるなカサンドラ。お前の国にはそのうち訪れるつもりだし、汚名は必ず晴らしてやる。だから焦らず大きく構えておけ」
◇
再びボスワーフの部屋に戻って貴重品をかき集めたエルたちは、伝令のドワーフを捕まえて港までの道案内を確保すると、ジャンと合流して女たちを地下牢の外に連れ出した。
港へ向かう途中、女を取り戻そうと海賊たちが殺到するが、カサンドラがボスワーフの首を高々と掲げると、顔を真っ青にさせた海賊たちは蜘蛛の子を散らすように退散していった。
そして港では、首領が殺されたことを知った海賊たちがパニックになり、我先にと船を出航させて逃げ出していた。
そんな混乱の中、エルはボスワーフ専用の海賊船に乗り込むと、中で待機していた海賊たちを片っ端から半殺しにし、船を出航させた。
◇
小型だが頑丈な作りのボスワーフ専用海賊船が海上を軽快に進んでいく。
空が白み、海賊団との戦闘開始から4日目の朝が訪れたスプラルタル諸島海域では、首領からの指示が届かなくなった海賊団が帝国海軍に劣勢を強いられ後退を始めていた。
ボロボロに切り刻まれたセーラー服を脱ぎ捨てて、スザンナが着ていた修道服に着替えたエルは、そんな戦いの様子を船首に仁王立ちで眺めていた。
そのエルに隣には、鎧を脱ぎ捨て軽装になったジャンが帝国旗を掲げて立っている。
「これから病院船に戻るわけだが、友軍からの砲撃を受けないよう俺たち二人は目立つところに突っ立ってなければならん」
「最後の一仕事というやつだな。だが早く家に帰って布団でゆっくり休みたいよ」
「同感だ」
そんな海賊船の艦橋では、ボスワーフの部屋から奪ってきたスプラルタル海域の海図とにらめっこをしていたエミリーが、戦場を大きく迂回して帝国艦隊の後背へ回るよう、海賊たちに指示を出していた。
太陽が高く昇り、島を半周して再び帝国艦隊をその視界に捉えたエルたちは、病院船に向けて接近を開始した。
すると病院船の甲板に信号旗が掲げられ、エルたちへの接舷指示が出された。
「ふう・・・どうやら俺たちに気づいてくれたようだ。これで艦砲射撃の的にならずに済んだぜ。さあ我が家に帰還するぞ」
ジャンがエルの背中を力強く叩くと、エルもジャンの腹に本気のグーパンチを入れてそれに答えた。
「おうよ! だが安心したら急に眠くなってきたぜ。ひと眠りしてくるから、後のことは頼んだぞジャン」
エルは眠い目をこすりながら船室のベッドに転がり込むと、5秒も経たずに深い眠りについた。
◇
エルがベッドで大いびきをかいているうちに、船員の海賊たちが全員拘束され、代わりに帝国艦隊の船員が乗り込んできた。
このボスワーフ専用海賊船は帝国艦隊がそのまま利用することになり、エルたちは病院船に戻らずこの船でゲシェフトライヒまで帰還することになった。
そんなことも知らずにエルは丸一日眠り続け、次に目が覚めたのは5日目の朝だった。
その頃には海賊船団の掃討も終え、帝国艦隊主力が海賊団アジトへの進駐を始めていた。
「ふわあぁぁぁ、よく寝た」
すっかり疲れの取れたエルが甲板で朝日を浴びていると、隣にやってきたジャンが状況をかいつまんで教えてくれた。
「艦隊はしばらく本海域に留まってスプラルタル諸島の占領を進めるが、病院船はもう必要ないので治癒師たちは原隊に復帰した。海図はブリュンヒルデ殿下にくれてやったが別に問題ないよな」
「ああ。俺にはそんなもの必要ないし、帝国艦隊が好きに使うといいさ」
「それから、海賊団レッドオーシャン壊滅に大きく貢献したお前さんたちを表彰したいと、ブリュンヒルデ殿下が張り切っておられる。ゲシェフトライヒに帰還したら城に来るようにだとさ」
「・・・なに、表彰だと? デルン城の時みたいな面倒ごとはもうたくさんなので、断る」
「いや、あの時は俺が悪かったよ。今回もお前さんは俺の姪ということにしておくが、殿下はお前さんの身分も事情も知っているし、アスター大公家に迷惑をかけるようなことは絶対にしないさ」
「だといいが、本当に大丈夫かよ・・・」
貴族が面倒ごとばかり起こすことをデルン城の件で痛感したエルは、断固として貴族と距離を置くシェリアのやり方が正解なんだと、改めて思った。
◇
その4日後。艦隊に先行してゲシェフトライヒ港に入港した小型海賊船。
港にはゲシェフトライヒ騎士団がすでに待機しており、海賊団アジトから救出された女たちが大きな幌がかけられた荷馬車に乗せられていく。
その一つにエルも乗り込むと、彼女たちと一緒にゲシェフトライヒ修道院へと出発した。
彼女たちはこのまま修道院に入ることになる。
みんなはアニーやサラと同様、エルから与えられた光属性魔力を使って貧しい人たちに奉仕する巫女となるはずだが、彼女たちの傷ついた心が安らぎを取り戻すまでには、まだ多くの時間が必要となるだろう。
未だ焦点の定まらない目で怯える一人一人の顔を見ながら、エルは彼女たちに幸あらんことを願わずにはいられなかった。
◇
エルが修道院に戻った後も、ジャン・ヒューバート伯爵は事後処理に追われた。
大聖堂を訪れてクリストフ枢機卿と今後についての相談を行うと、その後転移陣を使って貴族屋敷を回り、ようやく最後の貴族との面会を果たした。
その貴族家当主レナード男爵は、突然屋敷を訪れたヒューバート伯爵からその事実を告げられると、ソファーに力なく沈み込んで天井を茫然と見つめた。
隣では妻である男爵夫人が目にハンカチを当て嗚咽を漏らした。
「うちのマリーがそんな・・・うううっ」
ランドン大公家家臣の彼らの元に、アスター大公家家臣のヒューバート伯爵本人が訪問してきたことが異例のことだった。
そんな伯爵から、ゲシェフトライヒ騎士団に所属する自分の娘が海賊団に拉致されたことを聞かされると、彼の訪問理由を理解するとともに、娘の身に降りかかった突然の不幸に谷底に蹴落とされたようなショックを受けた。
そんな彼らは、しばらくすると決まってこう言い出すのだった。
「娘マリーは騎士としての責務を全うし、帝国のために殉職した。娘のためにもどうか殉職者としての栄誉を与え、誰にも知られぬように修道院で静かな余生を送らせてやってください」
「・・・そうだな、慣例通りマリーは殉職扱いとし、レナード男爵家には遺族年金を支給する」
このように、戦闘中に辱めを受けた女騎士は戦死扱いとなり、家門から籍を抜けるとその名前も変えて、残りの人生を修道女として過ごす。
だがジャンは、これとは違うもう一つの選択肢を、男爵夫妻に提示した。
「他の2家にも伝えたが、シリウス中央教会は君たち二人の娘マリー・レナード男爵令嬢に「聖騎士」の称号を与えることを決定した。これはランドン大公家の血筋であるエレノア・レキシントン公爵令嬢を海賊団から命がけで救った功績によるものである」
「せ、聖騎士? ・・・それは何かの間違いでは」
レナード男爵が戸惑うのも無理はない。
聖騎士とは、シリウス中央教会が騎士に与える最高の栄誉であり、その高潔なる騎士道精神と強靭なる肉体、そして女騎士の場合は「純潔の乙女」であることがその条件となる。
ゆえにマリー・レナード男爵令嬢の場合、聖騎士の称号を与えられることは絶対にあり得なかった。
だから男爵の反応はごく当たり前のことであり、ジャンは順を追ってその理由を説明する。
「事実、教会から与えられることになる聖騎士の鎧にマリーは見事に適合した。これは神の祝福を余すことなく享受できる純潔の乙女であることが神の名において証明されたことを意味する」
「海賊に拉致されたのに、なぜそんなことが・・・」
奴隷商人に高く売るため、女に手をつけないことはよくあることだが、女騎士は海賊団にとって殺しても飽き足らない敵兵士であり、あらゆる苦痛と恥辱が与えられた後、必ず殺される。
だがジャンは唇に人差し指を立てると、
「これは国家機密のため他言無用だが、現在ゲシェフトライヒ修道院の寄宿学校にアスター大公家の皇女殿下がお忍びで入学している。そして殿下は全属性に適合する聖属性魔力の持ち主なのだ」
「なっ! アスター大公家で聖属性魔力の持ち主となると皇帝陛下の・・・」
「陛下の姪だ。マリーは殿下の魔法でその身体が完全に修復・浄化され、神も認める純潔の乙女に戻った」
「おお・・・神よ・・・」
「もちろん心の傷は残るし、男に対する忌避感はぬぐい去れないだろう。妻として母としての幸せを求めることは難しいが、教会聖騎士となれば騎士としての最高の栄誉を得られるし、レナード男爵家は聖騎士を輩出した家門としてその名声が高まる」
「聖騎士を輩出した家門!」
「マリーは教会聖騎士として皇女殿下の身辺警護の任につくことになるが、殿下の卒業後は教会を離れてアスター大公家の親衛隊に迎え入れられることになる。これはランドン大公家ブリュンヒルデ殿下も了承済みである。殉職扱いではなくこちらの道を選ぶのなら、マリーの婚約者との婚約解消をすぐに進めてくれ」
「もちろん喜んでその話をお受けいたします。どうか娘を皇女殿下の元で使ってやってください!」
次回もお楽しみに。
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