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第15話 首領ボスワーフ(後編)

 テーブルに海図を広げて帝国艦隊との戦いに没頭していたボスワーフは、ルーガの絶叫でその思考が中断された。


「うるせえな。小娘相手に何をもたついてやがんだ」


 だが手下が全て倒され、ルーガに使用された予想外の大魔法に驚いたボスワーフは、「これはしょうがねえか」と一言呟いて懐のナイフを投げつけた。



 パキーーーン!



 白銀のナイフが一直線にルーガに向かうと、エレノアが展開した魔法陣に突き刺さって、それを消滅させてしまった。


「何ですって?!」


 魔法陣は物体ではないため、それ自体を攻撃することはできない。


 だがエレノアの魔法が突如消滅すると、重力の拘束から身体を解放されたルーガが、きょとんとした表情でその場に座り込んだ。


 そしてボスワーフは、この魔法を発動させたエレノアの顔を興味深そうに眺める。


「土属性魔法・グラヴィティ・インフィニティーか。書物でしか見たことのない幻の大魔法をまさかこんな所でお目にかかれるとはな。どうやら貴様、あの女狐と同じランドンの血族らしい。ならば積年の恨みをここで晴らしてやろう」


 ボスワーフは、怒りに身体を震わせてエレノアを睨み付けるルーガに命じた。


「その女を殺せ」


「言われなくても、今すぐ殺してやるっ!!」


 こん棒を振り上げてエレノアに迫るルーガの元に、エルが慌てて走り出す。


「エレノア、逃げろーっ!」


 身体が硬直して動けないエレノアに、ルーガが一気に間合いを詰め寄ると、彼女の頭をめがけてこん棒を力一杯振り下した。



 グシャッ!!



 肉が潰れる音に、思わず目を背けたエルだったが、それがルーガの身体から発せられた音であることに気がつく。


 その巨体がくの字に折れ曲がると、そのまま宙を舞って岩壁に激突したのだ。



 ドゴオオオオンッ!



「カサンドラ!」


 エレノアの隣では、バットを振りぬいてホームランを放ったスラッガーのような体勢のカサンドラが、壁にめり込んだルーガに向けて言い放った。


「女が男にパワーでかなわないだと? ギガスの腰ぎんちゃくのくせに、この私に勝とうなど100年早い! どちらが強いか、その身体にハッキリと分からせてやる」


 ルーガとの間合いを瞬時に縮めたカサンドラは、今度は岩壁ごとルーガをフルスイングする。



 ドゴオオオオンッ!!



「グガーーーっ!」


 岩壁が崩れて部屋が隣の地下空洞とつながり、ルーガはさらにその奥の岩壁に激突した。


「カサンドラ・・・。お前とんでもねえ馬鹿力だな。あれでまだ生きてるルーガもルーガだが、オーガ族って全員化け物揃いかよ」


 カサンドラが壁に開いた大穴に飛び込んでルーガに襲いかかるのを見たエルは、オーガ族同士の戦いには手を出さない方がいいと理解した。




 カサンドラの復活で再び戦況が変わり、手下が全て居なくなって、自らがエルたち3人の前に対峙せざるを得なくなったボスワーフ。


 だがその目の色は、さっきまでの人を見下したようなものではなく、海図を真剣に眺めていた時の勝負師のそれだった。


「これで残るはお前一人だ。観念しろボスワーフ!」


 エルは光のオーラを剣に満たしてそれを魔剣に変化させると、エンパワーで数倍に増強したパワーでボスワーフのバリアーを叩き切った。



 パキーーーンッ!



 一撃でバリアーを粉砕したエルだったが、ボスワーフは表情一つ変えず呪文を詠唱する。


 防御を捨てたボスワーフを、エルはその魔剣で一刀両断に斬り捨てたが、剣はその身体に触れることなくそのまま空を切った。


「何っ!」


 蜃気楼のようにボスワーフの身体が忽然と消えると、エルは背後に気配を感じる。


 後ろを振り返ると、そこにいたのはボスワーフだった。慌てて剣を構えるエルにボスワーフは、


「その翠眼に光の魔力。貴様、アスターの血族か。だが今回は相手が悪かったな。貴様に俺は倒せん」


「何だとっ!」


 再び詠唱を続けるボスワーフに、エルが何度斬りつけてもそのたびに剣は空を切ってボスワーフが別の場所に現れる。


 焦るエルにエレノアが叫ぶ。


「エル様! ボスワーフは闇属性魔法の使い手です。光属性では分が悪い上に、その男は無詠唱で転移魔法を発動しています」


「無詠唱で? なら今唱えている呪文は何だ」


 エレノアがボスワーフの戦法を看破してみせたが、それでもボスワーフの狙いまでは分からない。


 そんな彼はとうとう詠唱を終え、「くっくっく」と笑いながらその魔法を発動させた。


【闇属性魔法・ダークネス】


 その瞬間、エルは完全な暗闇に包まれた。



           ◇



 一切の光が失われ、エルの耳にはカサンドラとルーガによる激しい戦いの音だけが聞こえる。


 エミリーとエレノアの声が遠くに聞こえるが、いくら手を伸ばしても彼女たちには届かない。


 オーガ同士の肉弾戦は、互いのこん棒が激しくぶつかり合い、肉が弾けて骨がきしむヘビー級モンスターの本気の殴り合いだ。


 一撃を食らうたびにその巨体が後ろの岩壁に激突し、壊滅的な破壊音が地下空洞を共鳴させ、アジト全体を地震のように揺らせた。


 そんな激しい戦いの間も、エルの肉体にはボスワーフによる攻撃が間断なく、そして静かに続けられた。


 ドワーフ職人が作ったであろう切れ味鋭い剣先が、エルの全身を貫きその肉をえぐる。


 完全な暗闇に包まれたエルは、僅かな空気の揺らぎを読み取って巧みに急所を外し、その次の瞬間には自身の治癒魔法で傷を完治させる。


 それでもボスワーフは攻撃の手を一切緩めず、エルの急所を的確に攻めて来られたのは、この暗闇でも彼だけはしっかりと目が見えていたからだ。


「くっくっく。その反射神経と強大な治癒力が邪魔をして楽に死ねないようだな。そろそろアスターの血を呪いたくなって来ただろう」


「うぐうっ・・・痛つっ・・・くそーっ!」


 傷が完治するといっても、肉をえぐり取られた瞬間は激痛が全身を貫く。


 もちろんエルはバリアーを展開していたが、ボスワーフがそれを突破して痛撃を加えることができるのは、彼の方が魔力が上ということ。


 それを理解しているからこそ、ボスワーフはわざとトドメをささずにエルをいたぶり続けていた。




 だがそこに転機が訪れる。


 カサンドラとルーガの死闘がいくらか沈静化し、戦いの趨勢がどちらかに傾きつつあった。


 戦いの音が静かになり、エルの耳にエミリーたちの声が届く。


「・・・エル君聞こえる? 闇の監獄を打ち破ってみるから、どうかそれまで耐えて」


「・・・エミリーさん、二人とも無事なのか」


「ええ、私たちは無事よ。でも外からじゃ一切の攻撃を受け付けないのよ」


「ならボスワーフが俺を攻撃しているうちに、カサンドラと合流してここから逃げろ!」


「エル様を置いて逃げられるわけないでしょ! 今、別の方法を考えてるからもう少し待ちなさい」


「エレノア様・・・」


「女の友情か・・・実に女々しいな。だが遊びもここまでにして、3人仲良く地獄に送ってやろう。まずは邪魔な治癒師の貴様からだ。死ね!」


 そしてボスワーフが放った一撃は、エルの心臓を見事に貫いた。


「がはあっ!」







 激痛とともに、命の灯が消えていく。


 完全な死を前に、意識を消失させたエル。


 だがボスワーフの剣が見えない力で押し返されると、剣で貫かれた心臓が再び鼓動を始めた。


「そんなバカなっ!」


 ボスワーフの魔法が消えて闇が打ち払われ、意識を取り戻したエルの目には光が戻っていた。


 一方ボスワーフは、エルの心臓から7色のオーラが噴き出しているのを目の当たりにする。


「全属性のオーラ・・・こいつ聖属性適合者だったのか。しかも途方もない魔力まで隠し持ってやがった」



 オオオオオオオオオオオッッッッッ!



 エルのエメラルドの瞳が怪しく光り、心臓から無限に涌き出る聖オーラが神々しい光を放つと、エルの全身を何重にも包み込んだ。


 そんな神の聖衣をまとったエルが聖剣を一振りすると、オーラの刃がボスワーフのバリアーを貫いて、彼の右腕をバッサリ切り落とした。


「うぐぅーーーっ!」


 剣を握ったままの右腕が地面にゴトリと落ち、切断面となった二の腕からは血が大量に噴き出した。


 激痛に地面をのたうち回るボスワーフは、エルから逃げようと無詠唱転移魔法を発動させる。


 だがほんの5メートル跳躍しただけで、見えない壁にはじかれたボスワーフは地面に叩きつけられた。


「バカな! いつの間にこんなバリアーを」


 ボスワーフの魔力を超える強力なバリアーを展開したのはエレノアだった。


「あなたを逃がすものですかっ! エル様、今のうちにこの男を斬り捨てなさい!」


 いつもの命令口調の彼女に、エルは笑顔で応える。


「おうよ! エレノア様の強大な魔力にはいつも惚れ惚れするぜ」


「惚れ・・・な、何をっ!」


 頬を真っ赤に染めたエレノアに振り返ることなく、エルはボスワーフとの間合いを瞬時につめる。


 そして聖剣を振り抜くが、ボスワーフはそれを紙一重でかわすと、左腕をバリアーで強化してエルに反撃を加えた。


 ドワーフとは思えない巨体にも関わらず、そこから生み出される瞬発力はまさに天性のもの。


 残された左腕を自身のバリアーで強化して攻防一体の武器に変化させたボスワーフは、三拍子揃ったオールラウンダーであるドワーフ族の中でも異端児扱いされる戦闘の天才だった。


 そんな天才との激しい打ち合いが始まったエルは、だがここでさらに勝負に出る。


「エミリーさん、バリアーの空気を抜いてくれ」


「ええっ?! そんなことしたら中にいるエル君も」


「俺は大丈夫だから、早くやってくれ!」


「分かったわ!」


 エミリーが小さく頷くと、短い詠唱呪文を唱えてその魔法を発動した。



【風属性魔法・ウインド】



「ぐが・・・」


 あっという間に真空になったバリアーの中で、ボスワーフが苦しそうに顔を歪める。


 エルも少し苦しそうな表情をみせるが、酸欠で死にかかった細胞組織はキュアで瞬時に修復され、必要な酸素とエネルギーはヒールで供給される。


 一切の音が消え、断末魔の表情を見せたボスワーフが再度転移を試みたが、それでもエレノアのバリアーにはじかれる。


 再び地面に叩きつけられたボスワーフが、左手のバリアーを解除して懐から風の魔術具を取り出す。


 だがその瞬間を待っていたエルは、聖剣一閃、ボスワーフの首を跳ね飛ばした。

 次回もお楽しみに。


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