第15話 首領ボスワーフ(中編)
「カサンドラーっ!」
オーガ流剣術の師匠であるカサンドラが反撃もできずにパワーで押し切られた。
その事実にショックを受けたエルだったが、ルーガは下卑た笑みを浮かべながらエルたち一人ひとりを品定めする。
「いい女が揃っているじゃないか。麗しの元騎士団長をいただく前に、人族のメスも味見しておくか」
女と見れば、種族を問わず襲いかかるオーガ。
カサンドラを力でねじ伏せた興奮からか、発情したルーガが最初に目を付けたのはエレノアだった。
「まずは黒髪のメスからだ。気の強そうなメスを屈服させるほど興奮するものはないからな。その次は茶髪のメスで、最後は幼さが残る金髪のメスに思いっきりぶちこんでやるか」
そう言ってヨダレを垂らすルーガに、すでに詠唱を終えていたエレノアがその魔法を発動させた。
【土属性魔法・グラヴィティ・インフィニティー】
ルーガの足元に魔法陣が花開くと、地面が大きく陥没してルーガが苦悶の表情で膝をつく。
「何が起きたっ?! ぐぬおーーーっ・・・」
超重力がルーガの周囲に発生し、カサンドラを一蹴した怪力を完全に封じたのだ。
「彼の動きを止めましたわ。さあエル様、今のうちに!」
そういってエルに呼び掛けるエレノア。
だがエルが動くより先に、ルーガの後ろいたドワーフたちが反撃をしかけてきた。
そのうちの一人が、すでに詠唱を終えていたアイスジャベリンを発動させると、一瞬で氷の槍がエレノアに殺到した。
「ひっ!」
エレノアの目に映ったのは、自分の身体を貫かんとする無数の槍が、死の瞬間の走馬灯のように駒送りで間近に迫ってくる様子だった。
だが突然、エレノアの前に黒い人影が立ちはだかると、自分の代わりにその身体を貫かれてしまった。
「ぐはあっ!」
それはまさに一瞬の出来事だった。
スターダストのように粉々に舞い散っているのは、バリアーに弾かれた氷の槍の成れの果て。
そのバリアーも消滅して、なおも迫り来る氷の槍を超高速の剣技で次々と粉砕するも、それも間に合わなかった3本の槍が、彼女の身体を貫いた。
腹部と右肩、左太ももの3か所を貫通した氷の槍からは、真っ赤な血がボタボタと滴り落ちていた。
「エル様ーーっ!」
自分の身代わりになって、致命傷を負ってしまったエルに、エレノアは涙を流して絶叫した。だが、
「・・・エレノア様、俺のことなら心配するな。先にドワーフどもを始末するからお前はルーガを頼む」
「ですが、その傷はっ!」
腹から背中に氷の槍が貫通している時点で、回復の見込みすらない致命傷。
だがエルは倒れることなく仁王立ちのまま、すでに詠唱を終えていたその魔法を発動させた。
【光属性初級魔法・キュア】
純白のオーラがエルの全身を包み込み、3本の槍が赤い煌めきを放つ。
エルは、母親譲りの火属性魔力で氷の槍を一瞬で蒸発させると、それと同時に身体に空いた大穴をキュアで完璧に修復させたのだ。
ほんの一瞬で致命傷を完治させたエルに、驚愕の表情を見せるドワーフたち。
だがアイスジャベリンを放ったドワーフが後ろに下がると、次のドワーフが特大の火焔魔法を放った。
ハーピーと同じ妖精族であるドワーフは、エルたち人族よりも高い魔力を誇り、魔法を使った攻撃力は帝国貴族よりも上。
そんな彼らの攻撃を真正面から全て受けとめ、たとえ致命傷を受けても次の瞬間には完全に修復させるエルに、やがてドワーフたちは恐怖のドン底に叩き落とされた。
「・・・この化け物めっ!」
魔法攻撃が全く効かないエルに、今度は剣を抜いたドワーフたち。
彼らの持つ剣は、エル愛用の量産品などではなく、魔金属オリハルコンをベースにドワーフ族の匠の技で丹念に鍛え上げられた工芸品。
エルの防具にも使われている魔金属オリハルコン製の剣は、敵のバリアーを効率的に粉砕することが可能なのだ。
そしてドワーフたちが得意の魔法攻撃を捨てて剣を握ったその狙いは、ピンポイントで急所を狙ってエルを即死させることだった。
魔法攻撃は火力がケタ違いに高いが、タイムラグや攻撃精度の低さからエルに回復の隙を与えてしまう。
その点、剣による攻撃は破壊力は落ちるものの、精度の高い即死攻撃が可能とドワーフたちは判断した。
エルのバリアーを粉砕して瞬時に間合いに飛び込むため、ドワーフたちは自らのバリアーを解き放ってエルに襲い掛かる。
そんなドワーフの賭けは、その一歩を踏み出す前に失敗が確定し、全員の首が宙を舞った。
「ナイスタイミングだ、エミリーさん!」
エミリーはドワーフの作戦を読み切ってバリアーの消える一瞬を待ち構えていた。
そして発動準備ができていたエアカッターを彼らの背後で発動させ、死神の鎌のようにその命を刈り取ったのだ。
エルをおとりにして、魔導士が勝負を決める。
これはノーコンのシェリアが始めた「獄炎の総番長」定番の連係プレイだが、同じ魔導士のエミリーも、この勝利の方程式を見事にやってのけた。
エルたちにとっては当たり前の連係プレイに、だがパーティーメンバーではないエレノアは、ホッとするのと同時に、事前に作戦を知らされなかったことに本気で腹を立てた。
「作戦なら先に言ってください! わたくしエル様のことをどれほど心配したか」
「最初はただ、エレノア様を助けようと身体が勝手に出ちまったんだ。槍が刺さって本気で死ぬかと思ったが、事前にキュアを用意しておいて助かったぜ。まあエレノア様さえ無事なら何でもいいがな」
後ろを振り返ってエレノアに笑顔を見せるエル。
だがすぐに正面を向くと今度はボスワーフの元へと真っ直ぐに進んでいく。
・・・トクン・・・トクン・・・トクン
自分を助けるために氷の槍に貫かれたエルの背中。
あちこちに穴が開いて、ビリビリに引き裂かれたエルの服を見れば、どれだけ激しい戦いが行われたのか一目瞭然。
そんな歴戦の勇者のように頼もしい後ろ姿に、エレノアの胸が高鳴ってしまった。
(もしエル様が殿方だったら、わたくしは全てを捨ててあなたの妻になっていたでしょう。なのにあなたは同じ女。わたくしの心を奪っておいて何の責任も取れなのだから、本当にひどい人)
エレノアは今、初めて恋というものを知った。
もちろん親に決められた婚約者はいるが、挨拶で何度か会っただけの男に恋をすることなどない。
だが今のエレノアは、エルの後ろ姿を見ているだけで、全身が熱く火照り、鼓動が速くなって息が苦しくなる。
エルの事を思うだけで、心が切なく張り裂けそうになり、同時に心が恥ずかしさでいっぱいになり、この気持ちをどうしていいのか分からなくなっていた。
だがエレノアには一つだけ分かってることがある。
(落ち着きなさいエレノア。せっかくエル様が任せてくれたのだから、全力でルーガを封じ込めるのよ)
さらに魔力を上げたエレノアの、その超重力で身体を地面に押し付けられたルーガが、息も絶え絶えに雄叫びを上げた。
「うがあーーーーーっ!」