第15話 首領ボスワーフ(前編)
女騎士の救出に成功したエルだったが、同時に50人もの女性を抱えてしまった。
「せっかく彼女たちを助けたのに、全員脱出させなければ全部無駄になっちまう。残念だが首領を倒すのは諦めて脱出方法を探すか。とりあえず全員分の服を用意した後、海賊船を強奪して・・・」
様々な種族の全裸の美女を前に、目のやり場に困って背を向けたエルがブツブツ独り言を言っていると、アニーがエルの背中を力いっぱい叩いた。
「何言ってるんだいエルちゃん。この子たちのことが心配なのはわかるけど、だったら首領をキッチリ倒して脱出用の船を奪っちまえばいいのさ。服なんか船に乗り込んでから、ベッドのシーツで私とキャティーちゃんが繕ってやるよ」
「首領の船を奪うか・・・来た道が崩落して港への戻り方が分からなかったし、最後はドワーフを捕まえて道案内させようとは思っていたが、首領に吐かせれば一石二鳥か」
「またエルちゃんを危険な目に会せることになるけど、領主様は海賊団を壊滅させるためにこの戦いを始めたんだから、その目的を果たすチャンスが私らの目の前に転がっているなら、それを諦めるのは本末転倒ってもんだよ」
「全く持ってアニーの言う通りだ。だがみんなを一緒に連れて行くわけにもいかないし、ここは二手に分かれるしかないな。ジャンと相談してみるが、アニーとエレノア様は彼女たちを守るためにここに残っていてくれ」
そういってこの場を去ろうとしたエルの腕をエレノアが掴んだ。
「お待ちなさい。このわたくしも一緒に行きます」
「エレノア様が? いやお前は魔力が底を尽きているし、今度こそ絶対にやめろ」
「魔力ならまだ残っています。それにエル様一人に全てを・・・」
エレノアには女騎士の救出に役に立てなかった悔しさとそれを挽回したい気持ちもあったが、それ以上にエル一人に全てを背負わせるのが申し訳なく、どうしてもエルの役に立ちたかったのだ。
だがエルの顔を見ると、今さら恥ずかしくて素直になれなかった。
「ど、ドワーフ族が相手ならおそらく魔力勝負になるでしょうが、エル様はいつも魔法を失敗してばかりで信用できません。だからわたくしがフォローして差し上げるのです」
「それはありがたいが、本当に魔力は大丈夫なのか」
「も、もちろんですわ・・・」
大見えを切ったエレノアだったが、実際のところ魔力は風前の灯火。そんなエレノアに苦笑いをしたアニーが、最後の魔力を振り絞ってその魔法を発動した。
【光属性魔法マナチャージ】
地下空洞内が突然魔力で満ち溢れると、エルとエレノア、二人の身体に全て吸い込まれていった。
「アニー、お前・・・」
「これで私も魔力が底を尽きちまった。でもエルちゃんもさっきのキュアで魔力が随分減っていたし、エレノア様のと二人分、魔力を補給しておいたよ」
「すまないな、アニー」
「礼なんかいらないよ。この魔力は私自身と、エルちゃんが助けてくれたこの子たち全員の怒りだ。この魔力を使って絶対に海賊団を壊滅させておくれ」
「みんなの怒り・・・」
身体の奥底から力が湧いてきたエルは、それがこの50人の女性たちの無念の結晶であることに目頭が熱くなり、思わず後ろを振り返ると彼女たちの目を見て力強く宣言した。
「海賊団レッドオーシャンは必ずぶっ潰す! なあそうだろエレノア様」
エルは隣に立つエレノアに笑顔を向けると、魔力が復活したエレノアが修道服のベールを地面に投げ捨てて、その獰猛な笑みを彼女たちに向けた。
「当然です。ランドンの血族のわたくしとアスターの血族のエル様。その二人が肩を並べて戦うのですから帝国の勝利は必定。必ずや皆様の無念を晴らして見せます」
◇
エレノアを連れてみんなの所に戻ったエルは、首領討伐のための作戦を相談した。
するとジャンは、
「首領を倒しに行くのはいいが、勝率は五分五分といったところだろう。ダメだった時のことも考えて作戦は練っておいた方がいい」
「そうだな。だがどうすればいい」
「力と魔力の総力戦になるのは確実だから、エルとカサンドラの主力二人と魔力が復活したエレノア、それからエミリーの4人は必要だな。ここは俺とキャティーで何とかするさ」
「たった二人で大丈夫か。せめてエミリーさんはここに残した方が・・・」
「それは絶対ダメだ。いいかエル、地下ダンジョンを攻略するのに風魔法使いは絶対に必要。理由は元貴族たちとの戦いで分かっただろ」
「・・・空気の確保か」
「そうだ。風魔法使いがいれば地下空洞内で空気は確保できるし、敵から空気を奪い去ることも可能。俺はその手の魔術具を予備で持ってるから敵の風魔法攻撃にも耐えられるが、これからボスワーフを倒しに行くお前さんにはエミリーは絶対に必要だ」
「そういうことなら、ありがたくエミリーさんを連れて行かせてもらう。ところでもし俺たちが負けた場合はどうするんだ」
「その時は女たちが囚われていた地下空洞に籠って魔力の回復を待ち、シェリアのトンネル作戦で無理やり地上に出てやるさ」
「そうか・・・なら安心だ。ジャン、後のことは頼んだぞ」
◇
ジャンの言うとおり、風魔法使いは攻守に渡って不可欠の存在だった。
空気の総量が少ない地下空洞では、ウインドやエアカッターといった攻撃魔法を発動しても大した威力にはならない。
だが空気を自在に移動させるメカニズムを利用して、バリアーで密閉した地下空洞内に敵を閉じ込め、そこの空気を外側に移動させることで中の空気を失わせて窒息させることができる。
もちろん風魔法使いがいれば簡単に防がれた上に敵の存在が分かってしまうが、ドワーフ族以外の海賊には有効な攻撃方法となり、ボスワーフ戦を前に伏兵の数を静かに、だが大量に減らしていくことができた。
「エミリー様、この洞穴には魔力反応がございませんので、念のためにお願いします」
「了解よ、エレノア様」
敵の魔力を探るのが得意なエレノアがわき道を見つけるたびにドワーフ族の有無を確認し、いなければ洞穴の入り口にバリアーを展開して、それ以外の種族の海賊をことごとく根絶やしにした。
【風属性魔法・ウインド】
エミリーの魔法が発動すると、バリアーの外側、つまりエルたちに心地よい風が流れ始める。
このそよ風がすぐに収まれば、バリアー内は密閉空間のために空気が枯渇した証拠となり、勢いよく風が流れ続ければ反対側に空間が広がっているため、すぐに作戦を中断して先に進む。
「地味な作業だけど、話を聞くととんでもなく恐ろしい作戦だよな」
「エル君は気づいてなかったけど、ジャンさんの指示でここに来るまでに何度もやってたのよ」
「本当かよ。容赦ねえな・・・まあ騎士団ってのは戦争が仕事だし、勝利のためにはあらゆる手段を尽くすということか」
エルが感心していると、先頭を行くカサンドラが突然後ろを振り返った。
「エル殿、この岩陰を曲がった先が首領ボスワーフの部屋です。あらかじめ魔法の準備をお願いします」
◇
そこは広い地下空洞だった。
部屋の奥には大きなテーブルいっぱいに地図が広げられ、そこに並べられた赤と青の駒をじっと見つめる巨漢の男が立っていた。
そんな彼がエルたちの侵入に気が付くと、「ほう」と意外そうな声を発した。そして、
「あの帝国貴族どもはやはり負けたか。しかもこんな女傭兵と修道女なんかに。いつもなら俺が相手してやる所だが今は生憎忙しい。邪魔だから向こうで遊んで来てくれ」
完全にエルたちを見下した男は、すぐに興味を失うと再び地図に目を落として駒を動かし始めた。
「貴様が海賊団レッドオーシャンの首領のボスワーフだな」
だがエルが尋ねると、
「だから今は帝国の女狐との戦いに忙しいんだ。野郎ども、この女傭兵を始末しろ」
男がそう言うと、奥の大きな扉から出てきたのは2メートル近くある巨漢の男で、数人のドワーフ族を引き連れてエルの前に立ちはだかった。
精悍な顔立ちの男だったが、緑がかった肌色と頭部の角が特徴的で、エルの隣に立つカサンドラに突然話しかけた。
「誰かと思えば、麗しの元騎士団長様じゃないか」
「貴様はルーガっ! ギガスの腰ぎんちゃくの貴様がどうしてここに」
「くっくっく・・・元騎士団長様は何も知らなかったようだが、ギガス騎士団長は海賊団レッドオーシャンと裏でつながっていて、俺たち一派は小遣い稼ぎで人身売買や海賊団の用心棒をしてたってわけさ」
「何だと・・・国王陛下はこのことを」
「知るわけないさ。なぜならカサンドラ元騎士団長が海賊団の一味で、ギガス様にバレたためオーガ王国から逃亡したという話になっているからな。お陰でお前は裏切り者でギガス様は救国の英雄。晴れて騎士団長に就任し、俺たちはお前を売った金で贅沢三昧だ」
自分が売られた裏事情を知らされたカサンドラは、激しい怒りを顕わにするとルーガの顔面めがけてこん棒を叩きつけた。
ガイーーーーーン!
だがルーガが巨大なこん棒で軽々と防ぐと、衝撃でカサンドラがフラフラとよろめく。
「腕力で男に勝てると本気で思っているのかよ。この麗しの元騎士団長様は」
「何だと?」
「非力なあんたは姑息な剣技で誤魔化してるだけで、本気になった男には逆立ちしても勝てやしねえ。今からその証拠を見せてやる」
ルーガはそう言うと、全身の筋肉を一気に増大させ、身体が一回り大きく膨れ上がった。
上半身が裸にも関わらず鋼鉄の鎧を着こんだようなルーガがこん棒を軽く一振りすると、それを真正面から防いだカサンドラの身体が宙を舞い、背後の岩壁を突き破ってその向こう側まで吹き飛んでいった。