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第14話 聖属性魔法

 ブリュンヒルデがエルたちの勝利に全てを賭けたその頃、その張本人たちは女騎士の捜索をようやく再開したばかりだった。


 というのも、どうにか元貴族たちを撃破したエルたちだったが、最後まで残った数人が途轍もなく強く、彼らとの戦いはまさに死闘だったからだ。


 結果としてエルたちに犠牲者は出なかったものの、皇帝側近であるジャンの活躍で紙一重の勝利を拾ったというのが実情。


 そのジャンも魔力を使い果たして、この先の戦いの主力はエルとカサンドラの二人に委ねられた。


「すまんが後を頼む。まあ、俺は魔力が使えなくてもお前さんと差しの勝負なら十分勝てるけどな」


「それは否定しねえし、ジャンがいてくれて本当に助かった。まあここからは俺に任せろ」


「ジャン殿、元オーガ騎士団長の名誉にかけて、このカサンドラが見事代役を務めましょうぞ」




 そんなエルたちは、エレノアの魔力が尽きて永遠に土砂に埋もれた元貴族たちを後に残すと、崩落を免れたアジト中心部に身を潜めて、満身創痍の身体の回復に努めていた。


 その中でも命に関わるほどの危険な状態だったのは限界を越えて魔力を使ってしまったスザンナだった。


 アニー巫女隊の懸命の治療で歩けるまでには回復したものの、途中からの記憶は完全に失われていた。


 そんなスザンナにエルはその時の様子を教える。


「本当なんだってば。元貴族たちの半分以上はお前が一人で倒したんだ。メチャクチャ強かったぞ」


 エルはスザンナの勇姿を熱く語るものの、当の本人はそれを笑って受け流す。


「エル様、からかうのは止めてください。わたくし、貴族学校でも実技の成績があまり良くございませんでしたし、水魔法の戦術にも全く興味がございません」


「ええっ?! あのケタ違いの強さで実技の成績が悪かったって・・・なら帝都の貴族学校って相当レベルが高いだろう。化け物の集団かよ!」


「いいえ、貴族学校の生徒は社交をたしなむ令嬢や令息ばかりで、毎日舞踏会を楽しんでおりました」


「毎日が武闘会だとっ! ・・・このまま修道院にいても戦闘力は身につかないし、いっそ帝都の貴族学校に転校してみるか」


「それもおよろしいかと。エル様のお血筋なら貴族学校の派閥闘争でも十分戦って行けると存じますので」


「つまり番を張り合う訳だな。総番長にまでのし上がった中坊時代を思い出すぜ」


「それはそうと、なぜかわたくしもジャン様のように魔力がゼロになっているようです。この調子ではあと数日は魔法が使えないですわね」


「だからそれは仕方ないよ・・・だがこの戦力ダウンは正直痛いがな」


 エルはスザンナの離脱を本気で残念がっていたが、他の全員は制御不能のモンスターがこれ以上暴れ出さないことに、心の底からホッとしていた。




 そしてエミリーとキャティーも、元貴族たちとの戦いでかなりの重傷を負わされてしまった。


 だがこちらもアニー巫女隊の治療によって、傷が完璧に癒えて元の状態にまで回復した。


「随分心配かけちゃったねエル君。私もまだまだ修行が足りなかったわ」


「私も不覚でした。海賊たちと違って帝国貴族は本当に強かったです」


「いやいやアイツらが強すぎただけだよ。二人とも見違えるほど強くなっていたし、ジャンと一緒に俺達のサポートを期待してるぞ」


 そんな風に笑っているエルたちだったが、普通なら再起も危ぶまれるほどの重傷を、この二人がエルの大切な仲間ということもあり、アニー巫女隊はこれ以上ないほど完璧な治療を行ったのだ。


 結果としてリーダーのアニー以外はほとんどの魔力を使い果たしてしまい、地下空洞の維持に魔力を湯水のように使ったエレノア同様魔力切れとなった。


 このように万全の状態からは程遠いエルたちだったが、全員が動けるようになったことから女騎士の捜索を再開するため、アジトの奥へと歩き始めた。



           ◇



 先の崩落で当初パニックになっていた海賊たちも、今は落ち着きを取り戻して忙しそうにアジトの中を行き来している。


 そのほとんどは、病院船に攻めてきたような粗野で痩せ細った男たちではなく、背は低いが筋骨隆々の体形で、職人のような出で立ちをしている。


 物陰に隠れて彼らが通りすぎるのをやり過ごすエルに、ジャンが耳元で呟く。


「あいつらがドワーフ族だ」


「あれが、鋼鉄の船を造れるという種族か」


「アイツらは頭がいい上に魔力も腕力も強く、三拍子揃ったオールラウンダーだ。そしてドワーフ族がこの辺りを走り回っているということは」


「近くに海賊団の首領がいる!」


「しーっ、声が大きい・・・」


 ついに首領の居場所へと近づいたエルたちは、はやる気持ちを抑えつつドワーフたちに見つからないようこっそりと後をつける。




 そんなアジトは天然の洞窟を利用しているため、廃坑とはまた趣の違った地下迷宮であったが、ドワーフたちについていくことで真っ直ぐ首領の居場所へと向かっていた。


 だがエルはとある分岐の前で立ち止まる。


 その薄暗い洞穴はドワーフたちに完全に無視されている脇道なのだが、ほんのかすかに漂う特有の匂いがエルの鼻腔をくすぐった。


「・・・この匂いは」


 エル以外に脇道を気にする者はいなかったが、アニーだけは真っ青な顔で洞穴の先を見つめている。


「アニーも気がついたか。もしかしたらこの先に」


「私もそう思うよ。・・・エルちゃん行こう」


「・・・よし、俺とアニーの二人でこの洞穴に入ってくる。みんなはどこかに隠れて待っていてくれ」


 ジャンが頷き、みんなを岩影に連れて行こうとするが、エレノアだけはそれを拒んだ。


「エル様。わたくしも連れて行きなさい」


「エレノア様は絶対にダメだ! ここから先はこの世の地獄。知ってしまうと後悔するぞ」


「いいえ、わたくしは皇家に嫁ぐ身。それがこの世の地獄と言うのなら、知らなくていいことなどあろうはずもありません」


「だが・・・」


「それに彼女たちは、わたくしの身代わりになって海賊団に拉致されたのです。ここで見て見ぬふりなどできるはずがないでしょ!」


 断固としたエレノアの態度に、とうとうエルも根負けした。


「なら俺についてこい」



           ◇



 狭い洞穴の中をアニーの【ライトニング】を頼りに進んでいく3人。


 曲がりくねった道を奥に進むほど、むせ返るような生臭い匂いが増していく。


 やがて洞穴は突き当たりになり、そこから伸びる細長い穴の中に3人が腰を屈めて入って行くと、その先には別の地下空洞が広がっていた。


 粗雑な鉄格子で仕切られた小部屋が並ぶそこは地下牢として使われているようだが、入っているのは囚人ではなく、いずれも若い女性だった。


 その半数は人間だが、残り半数はキャティーのような獣人族で、犬や猫、ウサギのような耳を持つ者や、大きな翼を持つ者など多種多様だった。


 そして例外なく全員が全裸で鎖に繋がれ、素肌には赤黒く腫れ上がった傷跡が無惨に刻まれていた。


 彼女たちの眼はすでに生気を失っており、エルたち3人を見ても誰も助けを乞おうとはしない。


「嫌ああっ!」


 突然エレノアが叫び声を上げる。


 エルが後ろを振り返ると、慌ててアニーに口を押さえられたエレノアが、真っ青な顔をして膝をガタガタ震わせ、一歩も前に進むことができないでいた。


 一方、地下牢の奥の方からは男女の声が複雑に重なりあって反響し、まるで地獄の亡者の不気味な嘆きのように聞こえる。


「俺は先に行って海賊どもを倒してくる。アニーとエレノア様は女たちを解放してやってくれ」


「ああ分かった。エルちゃんも気をつけて」


「エル様・・・わたくし」


 エルが警告したとおり、自分の想像を遥かに超えた生き地獄に、ショックで身体が硬直して役に立てそうにないエレノア。


 彼女は自分の不甲斐なさを恥じる一方、こんな地獄でも顔色一つ変えず、堂々と前に進んで行くエルの力強い後ろ姿に、心がギュッと締めつけられた。





 エルが進む両側には、鉄格子で囲まれた小部屋に数人ずつ女性が鎖で繋がれている。


 海賊たちは気に入った女の小部屋に入っては、暗い欲望の捌け口にしているのだろう。


「ゲスが・・・」


 同じ男として言いようのない怒りを感じていると、すぐ近くで女のすすり泣く声と男たちの笑い声が聞こえた。


 そっと近づいたエルがその小部屋を覗くと、まさに男たちに乱暴されている3人の女たちの無惨な姿があった。


 まだ誰もエルが近くにいることに気づいておらず、彼女たちを助けるため、一度彼らの視界から隠れたエルは、その呪文の詠唱を始めた。


 【光属性魔法エンパワー】


 力を何倍にも強化したエルは、オットーの教えてくれた魔剣殺法で鉄格子をバターのように切断し、素早く小部屋に身体を滑り込ませると、男たちを背後から一刀両断に叩き斬った。


「ぎゃー!」


「ぐぎゃっ!」


「ひぎゃー!」


 だが男たちの断末魔を聞いた海賊たちが他の小部屋からゾロゾロ出てくると、ナイフをちらつかせてエルを取り囲む。


「このやろう! お前がこいつらを殺ったのか」


「ていうかお前、すげえ上物じゃねえか。おい姉ちゃん、そんな危ない剣はとっとと捨てて、俺たちといいことしないか」


「気持ちいいぞぉ、いーっひっひ!」


 全裸の海賊たちが発情したまま、ナイフを握りしめてジリジリとエルに迫る。


 そんな男たちに、エルはたった一言吐き捨てた。


「その汚ねえ口を永遠に閉じろ」


 そしてエルが男たちの間を疾風の如く駆け抜けると、胴体から切り離された首がゴトゴトと地面に転がった。



           ◇



 女たちを順に小部屋から救い出していたアニーとエレノアが、エルの元に追い付く。


 辺り一面血の海と化した地下空洞には、首と胴体が切り離された海賊たちの死体があっちこっちに転がっており、そんな地獄にエル一人だけが両の足で立っていた。


 全ての海賊をたった一人で始末したエルが、剣にこびり付いた血糊を振り払って鞘に納めると、二人に気づいて声をかける。


「アニー、エレ・・・」


 だがそれが二人に届く前に、エレノアの悲痛な叫びがエルの声を打ち消してしまった。


「うあああっ! ・・・ごめんなさい、わたくしのためにこんなことになってしまって・・・ああああっ」


 エルが最初に助けた3人の女性たちに、エレノアがすがり付いて泣き出したのだ。


「そうか・・・この3人が俺達の探していた女騎士だったのか」


 騎士団で鍛え抜かれた強靭な肉体を持つ3人は、命の灯を繋いではいたものの、心は既に死んでいた。


 殴られて腫れ上がったまぶたから僅かに覗かせた瞳はどこか遠くを見つめ、エレノアの必死の呼び掛けにも反応すらしない。


 こうなってしまったのはおそらく、貴族としての名誉を背負った彼女たちが必死に抵抗を繰り返し、結果としてこれ以上ない悲惨な状況を作り出してしまったのだ。


 魔力封じの腕輪が取り付けられた両手の指は全て切り落とされ、両足のアキレス腱が切断されて歩けなくされた3人。


 その美しかったであろう白い素肌はズタズタに引き裂かれて、醜い傷跡やミミズ腫れが全身に赤黒く浮かび上がっていた。


 まだ幼さが残る愛らしいその顔は、執拗に殴打されて真っ赤に腫れ上がり、鼻が陥没して歯も折られた。


「どうやったら女の子にこんな酷い仕打ちができるんだ! あいつら本当に人間かよ、くそっ!」


 ひと思いに殺さず、自らの一時の快楽と引き換えに彼女たちの未来を奪い、あらゆる苦痛と恥辱、絶望を与えて嘲笑っていた海賊たち。


 その蛮行に血が煮えたぎるほど怒りに震えたエルだったが、負の感情をグッと抑えて今の自分にできることだけを考えた。


 彼女たちを救いたい。


 その使命感だけが、エルの心を破壊の衝動からギリギリの所で防いでいた。


「エレノア様、泣いてる暇があったら手伝え。アニーと二人で女の子を全員俺の前に集めてこい!」


「は、はいっ!」




 鉄格子を叩き壊し、鎖を断ち切って女性たちを一か所に集めるアニーとエレノア。


 肌が触れ合うほど密集して並べられた女性たちは、全部でちょうど50人いた。


 だが海賊団によって使い捨てにされていた女性たちはおそらくこの何十倍、何百倍もいて、そんな彼女たちはもうこの世のどこにもいない。


 エルは助けられなかった全ての人に来世での幸福を祈ると、生きていてくれていた目の前の彼女たちに、完全なる回復と幸福な未来を心の底から願った。


 血に染まった黒のセーラー服をたなびかせ、エルは真心を込めてその魔法を詠唱する。


 今のエルには、魔法少女のような恥ずかしい躍りも、人をバカにしたような詠唱呪文も気にならない。


 全身全霊をかけて詠唱する彼女の全身からは純白の光のオーラに混じって赤や黄色、青や水色、紫にオレンジ、全ての属性オーラがきらめきを放っていた。


 そして、 




 【光属性初級魔法・キュア】




 カッッッッ!




 エレノアはその魔法が発動した瞬間、ゲシェフトライヒ修道院の最高峰に君臨するサラよりも遥か高みにエルが存在することをこの時ハッキリと理解した。


「これはハーピーの力ではなく正真正銘エル様の実力。しかも今回のキュアはあの時よりもさらに強力。いいえそんな生易しいものではないわ。そもそもこれはキュアですらない、全く別の魔法。だってこの七色のオーラは光属性ではなく聖属性なのだから」


 魔法陣はキュアのそれだが、エルの身体から無限に溢れる七色のオーラは、全ての属性を同時に従える高位存在。


 そんなキュアが発動すると、まさに神が降臨したかと見間違うような神聖な光が辺り一帯を包み込み、礼拝堂のオルガンを1ダース並べたような重厚な調べが地下空洞に共鳴する。


「ああ・・・神様」


 エレノアはその光の中に、50人全ての女性に祝福を与え、自らの御許へと誘っている神の姿を見た気がした。


 それを確かめようと隣のアニーを見ると、彼女は目から涙を溢れさせてエルに祈りを捧げており、その表情は礼拝堂に集まる敬虔な信者たちと全く同じものだった。


 だがエレノア自身も気づく。


 両手を胸の前でしっかりと組んだ自分が、ライバル令嬢に対して祈りを捧げていたことを。


 聖なるオーラを前にしたエレノアは、自分の心を覆っていた虚栄心や嫉妬といった負の感情が全て剥ぎ取られ、心の奥底にあった本当の気持ちだけが顕になったことを理解した。


「初めてエル様と会った時から、彼女が特別な存在であることに気づいていたのです。なのにプライドが邪魔をしてエル様に酷いことばかり・・・本当にごめんなさいエル様。どうかこんなわたくしを許して」



           ◇



 エルのキュアがその役目を終え、聖属性の魔力とともに魔法陣が消え去った。


 無惨な姿をさらしていた50人の女性たちは、その素肌に刻まれた傷もきれいに消え去り、中でも特に酷い状態だった3人の女騎士たちは、失われた指も歯も全て甦って、蝶よ花よと両親から大切に育てられた貴族令嬢の姿を取り戻した。


 地下空洞内の空気も浄化されて、まるで高原のような爽やかなそよ風が流れ、女性たちの瞳にも少しずつ生気が戻りつつあった。


 だがエルは悲しそうにアニーに願う。


「俺は身体の傷は治せるが、心の傷までは治せない。アニー、彼女たちのことを頼む」


 エルの頬を一筋の涙がこぼれ落ちると、


「もちろん私が責任を持ってこの子たちの面倒を見るよ。でもここまで完璧に治癒できるのはエルちゃん以外にいないの。本当にありがとね、エルちゃん」

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