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第13話 スプラルタル諸島海域の攻防

 大小構わず、およそ全ての海賊船を投入して攻勢に出てきた海賊団レッドオーシャン。


 昨日と同様、帝国艦隊が展開するバリアーを砲撃で破壊しては、素早く船体を潜り込ませて接近戦に挑む白兵戦法に打って出た来た。


 この泥臭い戦法はなりふり構わない海賊ならではのものであり、正々堂々をモットーとする帝国艦隊の騎士たちとはどうにも相性が悪い。


 そんな海賊団に手を焼く帝国艦隊は、地の利でも後塵を拝していた。


 スプラルタル諸島周辺は長く海賊が支配する海域であったため、帝国を始めどの国も正確な海図を持っておらず、無数に点在する島はもとより、浅瀬や岩礁の位置も判然とせず、油断するとすぐに船が座礁してしまう危険な海域だった。


 結果、慎重にならざるを得なかった帝国艦隊は艦隊運動でも大きく後れを取ったが、それでもなお海賊団の攻勢に耐えて五分以上の戦いを続けられたのは、一騎当千の帝国騎士たちの奮戦と、彼らが安心して戦うことができる病院船の存在に尽きた。


「多少の怪我なら瞬く間に完治し、瀕死の重傷を負っても半日もあれば戦場に復帰できる」


 病院船で治療を受けた騎士たちが原隊復帰後そう周囲に語り、噂が広まることで騎士たちに安心感が広がり、より高い士気が維持されていた。


 そこを看破した海賊団首領のボスワーフは、最初に病院船を撃沈するか治癒師を全員殺害するよう指示を出したが、前日とは打って変わって病院船に接近すらできない状況に違和感を感じた。


 そこで彼は世界で唯一自分しか持っていないスプラルタル諸島海域の正確無比な海図をテーブルに広げ、赤と青の駒を並べて手下からの報告どおりに互いの艦隊の場所と動きを再現していった。すると、


「あの女狐・・・まさか病院船に旗艦を移すとはな。上手く擬態したつもりだろうが俺の目は誤魔化せん。まあいい、それならそれで俺たちはその誘いに乗ってやるまで。全軍そのままの攻勢を維持して、病院船を艦隊から分断してやれ」


「へい、お頭!」



           ◇



「ブリュンヒルデ様、このままだと我が艦が艦隊主力から引き離されてしまいます」


 病院船をはじめブリュンヒルデが私有する鋼鉄の艦隊には周囲360度の様子が分かるよう船体側面に映像宝珠が取り付けられており、その映像が艦橋の4枚の大型スクリーンに投影される仕組みになっている。


 その映像を見る限り、この病院船は3方向を海賊船団に包囲されていた。


 この状況にさすがの側近たちも焦りの色が隠せなかったが、ブリュンヒルデは唯一海賊船が映っていないスクリーンに注目すると、ある事実に気づいた。


「私にいい考えがあります。海賊団の攻勢を受けてこのまま艦を後退させましょう」


「いやしかし、それこそ敵の思う壺では・・・」


「ええ。おそらく後方海域には岩礁が待ち受けているはず。そこを逆手に取って、この海域から一気に離脱します」


「自ら岩礁に飛び込むのですか・・・いやなるほど、その手がありましたか」


 側近たちがブリュンヒルデの考えを理解すると、病院船内の各機関に指示を伝えつつ計器に目を配りながら蒸気機関の操作レバーを逆方向に倒した。


 するとスクリューが逆方向に回転を始めて、ゆっくりと後退を始めた。



 そんな病院船を帝国艦隊から引き離そうと海賊船団が包囲を固めて来たが、ブリュンヒルデはスクリーンの一角に岩礁の影が見えてきたところで船を停止させると、空いている砲撃手席に移動してパネルのレバーを握りしめ、とある魔導兵器の呪文の詠唱を始めた。


 左手薬指の不思議な紋様の指輪が輝きを放ち、極限にまで増大された彼女の魔力が病院船の機関部に設置されたマナシリンダーへと送り込まれていく。


 そんな彼女の隣に座る砲撃手は、魔導兵器の照準を海賊船団の中心に合わせ、計器に表示される数値を読み上げる。


「マナシリンダー充填率80%。土属性魔力エネルギーが臨界を超えました」


 ブリュンヒルデが静かに頷くと、砲撃手に攻撃を命じた。


「撃て!」


【土属性固有魔法・流星群、発射っ!】


 砲撃手がその発射スイッチを押すと、瞬間、病院船全体を覆うほどの巨大な魔法陣が展開され、その遥か上空、通常のメテオよりもさらに高々度に巨大な岩塊群が出現すると、海賊船団めがけて猛烈な勢いで落下を始めた。


 この【土属性固有魔法・流星群】は【土属性上級魔法・メテオ】の上位の魔法で、ランドン大公家の血族にしか使用できない固有魔法と呼ばれるものだ。


 ブリュンヒルデは海賊団の作戦を逆手に取り、後方岩礁の地盤を使ってこの魔法を発動させた。


 その際、魔力の不足を補うために病院船に搭乗する騎士や巫女たちから土属性魔力をかき集め、病院船の機関部にあるマナシリンダーに集めていた。



「総員、床に伏せてバリアー全開!」



 側近たちが伝声管を使って、総員に自分の身体を固定するよう指示し、騎士たちはもちろん、巫女たちも治療を中断して患者ともどもバリアーで身を守った。


 まさにその時、岩塊の一部が目標高度に到達して、海賊船団が展開する軍用バリアーと接触する。


 メテオ攻撃に耐えられるように設計されている軍艦用のマジックバリアーは、だが流星群による岩塊攻撃には耐えることができず、その耐久力を超えて岩塊とともにくだけ散った。


 そのバリアーが自動的に再展開されるまでのタイムラグよりはるかに短い時間に、後に続く残りすべての岩塊が海賊船団に降り注ぐ。


 この高密度飽和攻撃により、無防備な甲板や艦橋に巨大な岩塊が衝突し、鋼鉄が軋み破砕される耳障りな不協和音が鳴り響いた次の瞬間には、それが爆発音へと変化した。


 小型船は一瞬にして海の藻屑となり、大型船は誘爆を起こしながらゆっくりと海中に沈没していく。


 船に命中しなかった岩塊は次々と巨大な水柱を立たせて、海面の大きなうねりが生き残った小型船を海中へと引きずり込んでいく。


 もちろん病院船自身も、まるで嵐の海に投げ出された小舟のように大波に身を任せるしかなく、運よく轟沈を免れた大型の海賊船も同様に海面が静まるのをただ待つしかなかった。


 やがて落ち着きを取り戻した海上には、残り数隻にまで討ち減らされた大型海賊船がその機関を停止させてその場に揺蕩っており、それを見て取ったブリュンヒルデは側近たちに指示を出した。


「このまま全速前進し、全砲門で海賊船団に一斉射撃後、中央突破を図る。その後前方の島を反時計回りに迂回して我が艦隊主力の後方につく。各艦にはその旨を通達し、海賊団の動きをけん制させよ」


「はっ!」



           ◇



 病院船からの手痛い反撃により作戦が失敗したことを知らされたボスワーフは、しばらく黙考した末にようやく口を開いた。


「ランドン大公家は土属性魔法の頂点に立つ一族で、あの女狐はおそらくメテオを遥かに超える強力な魔法を使用したのだろう。だがそんな代物はそう何発も撃てるものでもないし、俺が気になったのはむしろ帝国艦隊の動きの方だ」


「帝国艦隊の動き・・・でやすか」


「そうだ。ランドン・アスター帝国では、マストに掲げた旗の種類と順番で互いに連絡を取り合って艦隊行動をとっている。お前たちに配った暗号表には帝国艦隊の旗信号を全て記載しておいたが、あの女狐・・・ブリュンヒルデ艦隊は旗信号と異なる動きが目立っている。つまり旗信号は擬態と考えるのが自然だろう」


「擬態でやすか・・・ではどうやって艦隊に指示を」


「方法まではわからんがあの女狐は古代魔法の権威。おそらくどこかで発掘した古代魔術具を使って各艦に指示を送っているはず。だから俺たちにできることは旗信号の内容を逆手に取ること」


「つまり」


「奴はまっすぐ艦隊に合流すると見せかけて、ルハン島を反時計回りに進むはず。そうすれば我が主力部隊の背後を衝くことができ、帝国艦隊主力との間で挟撃陣形が完成する」


「・・・さすがお頭、あっしらには想像すらできやせんでしたぜ」


「世辞などいらん。ルハン島南方海域に罠をしかけ、あの女狐を病院船ごと海の藻屑に変えてやれ」


「へい!」



           ◇



 ルハン島を大きく迂回して、帝国艦隊との合流を急ぐブリュンヒルデ。


 だが艦橋スクリーンを見つめていた彼女は、ここまで海賊船はおろか一隻の船も見当たらないことに違和感を感じていた。


「いかがいたしましたか、ブリュンヒルデ様」


 心配そうに声をかける側近にブリュンヒルデは、


「・・・機関停止。ルハン島上空にフレイヤーを飛ばしなさい」


「フレイヤーを・・・承知しました」


 側近が伝声管で指示を出すと、巨大な古代魔術具・フレイヤーが病院船の甲板に運び出された。


 その魔術具に二人の魔導師が乗り込むと、強力な風属性魔法が発動して、甲板から上空へと垂直に浮かび上がった。


 エイのような形をしたその純白の機体は、あっという間に高々度まで打ち上がると、水平に向きを変えてそのままルハン島への偵察飛行を開始した。


 機体の底部にはやはり映像宝珠が取り付けられており、上空から撮影したその映像は艦橋のスクリーンに直接投影される。


 そして島の入り江に潜む海賊団の大艦隊を発見すると、


「やはり罠をしかけていたのね。つまりボスワーフには信号旗が擬態だとバレているということ・・・・。全艦に通達、これより先は擬態行動不要。急ぎルハン島南方沖に集結し、海賊船団を殲滅させる」


「はっ!」


 主君に敬礼した側近は、自身の雷属性魔法を励起させると通信手席に備え付けられた電鍵に手を置いて、各艦に指示を伝達した。



           ◇



 帝国艦隊が突如ルハン島を時計回りに南下し始めたとの報告を受けたボスワーフは、高笑いしながら手下に新たな指示を下した。


「面白い! どうやって伏兵の存在を知ったかは分からないが、ブリュンヒルデ艦隊はどうやら未知の古代魔術具の塊らしい。一隻でもいいから奴らの軍艦を拿捕して古代魔術具を奪い取るのだ。それから女狐の望み通り帝国艦隊をルハン島南方沖にお通しして、そこを奴らの墓場にしてやれ」



          ◇



 3度目の夜がやってきた。


 敵味方が入り乱れる戦場ではブリュンヒルデ艦隊自慢の長距離砲も封じられ、海賊団の思惑通りの白兵戦に引きずり込まれていた。


 次々と旗艦に送り込まれてくる負傷兵を見ながら、ブリュンヒルデは自身の詰めの甘さを後悔し、敵将ボスワーフの手腕に脱帽した。


「あの時はまだ小さかったボスワーフ王子がまさかここまでやるなんて。たかが海賊と侮っていたのが大きな間違いで、かつてのドワーフ王国と我が帝国との戦争と認識すべきだった」


 帝国の威信にかけても絶対に負けられないブリュンヒルデだったが、病院船のキャパを大きく超える負傷兵が運び込まれる現状に、勝利の女神はどうやら自分に味方していないことを痛感した。


 そんな彼女は最後の切り札を切るべく、側近に一言告げると艦橋を後にする。


 そして自室に入って鍵を閉めると、懐から古代魔術具を取り出してそのスイッチを入れた。



           ◇



「あなた。私です、ブリュンヒルデです」


『・・・・・ヒルデか。こんな時間に電話をしてくるなんて、もう俺のことが恋しくなったのか』


「うふふ。もちろんそれもあるけど、少し相談したいことがあるの。今、大丈夫かしら」


『・・・・・実は厄介ごとに巻き込まれていて、今は魔導コアの中にいるんだ』


「魔導コア! それでしたらちょうどいいので、ぜひ相談に乗ってください。実は・・・」


 ブリュンヒルデが海賊団レッドオーシャンとの戦闘の様子を手短に説明すると、話を聞き終えたその男はしばらく無言になり、その10数分後にようやく彼女の質問に答えた。


『・・・・・ヒルデ、君は随分と奮戦したようだが、今回はボスワーフ王子の方が1枚上手だったな』


「ええ。悔しいけど彼の実力は認めざるを得ないわ。それでも私はどうしてもこの戦いに勝たなければならないの。だからお願い、ここからの打開策を教えてちょうだい」


『・・・・・了解した。だが君がこの戦いに勝つのは実に簡単なことだ。今の戦況をしばらく維持していれば、自動的に勝利が転がり込んでくるからな』


「えっ? そんなまさか・・・」


『・・・・・今から数時間以内に、海賊団レッドオーシャンは壊滅する。君は烏合の衆と化した海賊どもを捕縛するため、今のうちに騎士たちに休息をとらせておくとよいだろう』


「・・・承知しましたが、どうして海賊団が」


『・・・・・君の話には出てこなかったが、ヒューバート伯爵がウチに嫁いでくる予定のエレノアとローレシアの姪のエル、そしてその仲間たちを連れて海賊団のアジトに潜入している。彼らは今、ボスワーフ王子のすぐ近くまで迫っており、魔力値を計測した限り普通に戦えばまず負けることはないだろう』


「ヒューバート伯爵からは、連れ去られた巫女を取り戻しに海賊船に乗り込むとは聞いていましたが、まさかアジトに潜入していたなんて」


『・・・・・とりあえずここは彼らに任せてみてはどうだろう。俺たち二人と直接の面識はないが、エルはローレシアの実弟とライバル令嬢との間にできた娘のようだし、Type-アスターとしての能力を観察するのに実にいい機会じゃないか』


『うふふ、相変わらず研究熱心なこと。ではそのエルという勝利の女神に、我が艦隊の命運をかけることにいたします。・・・愛してるわ、あなた』

 次回もお楽しみに。


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