第10話 ゲシェフトライヒ沖海戦(後編)
海賊団レッドオーシャンとの緒戦は帝国艦隊の優勢に終わった。
真正面からぶつかった両艦隊は、互いの火力を惜しみなくぶつけた総力戦に発展したが、火力に勝る帝国艦隊が押し切った形となり、海賊団は日暮れとともにアジトのあるスプラルタル諸島へと撤退した。
その後も夜襲を警戒した帝国艦隊だったが、海賊団に動きのないまま夜明けを迎えることになる。
その間、病院船では懸命の治療が行われ、負傷者の半数以上が翌朝には回復して原隊復帰し、残りも命の危険が去って順調な経過を見せている。
これは艦隊司令部も想定外の回復力だったらしく、各隊指揮官は両手を上げて称賛し、治癒師たちはその中核を担ったアニー巫女隊に衝撃を受けていた。
◇
治療が一段落して治癒師や巫女たちが仮眠を取り始めた頃、帝国艦隊はスプラルタル諸島海域へと進軍を開始する。
この諸島は無数の無人島からなり、その入り組んだ地形から古くから海賊の根城になっていたが、海賊団レッドオーシャンがこの海域に進出してくると、他の海賊団を次々と吸収して今では唯一の海賊として猛威を振るっていた。
そんな彼らの根城に帝国艦隊が侵入すると、空一杯に無数の魔法陣が花開き、巨大な岩石が艦隊の頭上に降り注いだ。
甲板で空を見上げるエルにジャンが話しかける。
「あれはメテオという土属性魔法で、岩石を空中に転移させて落下させるものだ」
「なるほど転移魔法の一種なんだな。だが地面のない海の上でどこから岩石を持ってきてるんだ」
「いい質問だ。お前さんの言うとおり普通は海の上でメテオは使えない。だがここは諸島海域で岩石は近隣の島から持ってこれるし、ある程度の浅瀬なら海底の岩盤を転移させることも可能。つまり地形を熟知している彼らだからこそ可能なメテオ攻撃なんだ」
「さすがジャンだ、勉強になるな」
エルたちの病院船にも巨大な岩石が雨のように降り注ぎ、艦をすっぽりと覆うマジックバリアーが悲鳴を上げている。それでも平然と魔法談義を続ける二人。
そんな呑気な二人とは対照的に、船員たちは慌ただしく甲板を走り回り、艦隊はメテオの射程外に逃れるため一斉に舵が切られていく。
だが島影に隠れていた海賊団の大艦隊が後方に出現すると、方向転換を始めたタイミングを狙って全砲塔を開いた。
メテオには耐えることのできたバリアーも、超高速で飛来する鋼鉄砲弾が貫通するとそこから砕け散り、バリアーの再展開と破壊が目まぐるしく繰り返されて魔石がどんどん消えていく。
「海賊どもに一杯食わされたな。魔石を使い果たせばバリアーが使えなくなるし、そうなるとメテオ攻撃に耐えられなくなり、鋼鉄船と言えども轟沈の危険性が高まる。ここは前に進むしかないだろうな」
ジャンの言葉通りブリュンヒルデは全速前進を指示すると、艦隊をスプラルタル諸島海域の奥深くへと進軍させた。
◇
複雑に入り組んだ諸島海域の奥に誘い込まれた帝国艦隊は、前日と打って変わって海賊団のゲリラ戦法に苦しめられる。
戦艦の轟沈こそまだないものの、大小無数の船舶に接舷された帝国艦隊は、船に乗り込んできた海賊たちとの白兵戦を強いられる展開になった。
それでも魔力に勝る騎士団が一騎当千の強さを発揮し、海賊たちを海の藻屑に変えていく。
一方の海賊団はその人数にものを言わせる作戦で、魔力の枯渇した騎士を見つけては殺到し、一人ずつなぶり殺していった。
そんな激しい戦いだから病院船もすぐ一杯になり、船倉にまで負傷兵が収容される有り様だった。
「くそっ、いっそこの俺がキュアで・・・」
血まみれの騎士たちを船倉に運び込みながら、エルは苦渋の決断に迫られる。
「いやダメだ! この男たちを俺のような乙女にするわけにはいかない」
死ぬぐらいなら乙女になった方がマシだろうが、瀕死の重傷者はアニー巫女隊が優先的に治療しており、ここの負傷者はまだ軽傷の部類。
辛そうに呻き声をあげる騎士たちを前に、エルはぐっとこらえて血まみれの包帯を取り替えてやった。
◇
そんな戦いが半日ほど続き、二度目の夜が訪れた。
アニーは治療体制を維持するため、ある程度回復した段階で騎士たちを原隊に復帰させ、空いた病室に次の負傷者を運び入れて治療を開始する。
巫女たちを適宜休ませてローテーションを組み、驚異の回転率で負傷者を治療していくアニーの手腕は、結果的に戦死者の数を減らした上に、海賊団に対する帝国軍の数的不利を十分に補った。
この事実が司令部に知れ渡ると、ブリュンヒルデは各騎士団に対し治癒師全員をアニーの指揮下に置くよう命令を下した。
そして病院船がアニーのリーダーシップで一つになると、待機患者の数がどんどん減少し、エルは余計な心配をせずに護衛の仕事に専念できるようになった。
そんな夜明け前の病院船に、最大の危機が訪れる。
海賊団がついに病院船の存在に気付き、ここを先に落とすべく白兵戦を挑んできたのだ。
次々と甲板によじ登って来る海賊どもに、エルたち戦闘員が迎え撃つ。
「エル、艦内への侵入をここで阻止するんだ! 俺は艦橋左舷を守るからお前は右舷を守れ!」
「分かった。カサンドラ、エミリー、キャティー、俺たちはここを死守するぞ!」
広い甲板は既に海賊と騎士が入り乱れた乱戦状態になっているが、そのほとんどはここで治療を受けていた1線級の騎士であり、命を救ってくれた病院船に恩返しをするため、原隊に復帰せずに自ら戦いを買って出てくれたのだ。
そんな混成部隊の指揮をジャンが預り、女騎士たちは艦内に下がらせて巫女や治癒師たちを守らせた。
だがジャンにその実力を認められ、艦内ではなく右舷の扉を任されたエルは、カサンドラ直伝のオーガ流剣術で海賊を一刀両断に叩き斬っていく。
「エル殿、また腕を上げましたな」
「まあな。お前のオーガ流剣術と父ちゃんの魔剣戦法があれば、どんな敵にも負ける気がしねえぜ」
エルの剣術の師匠であるカサンドラは、だが武器を剣から巨大なこん棒に持ちかえると、海賊どもの骨を砕いてまとめて海に叩き込んでいく。
そんな鉄壁剛腕の二人の背後で詠唱を終えたエミリーがエアカッターを発動させると、周りの海賊たちが全身を切り刻まれて一斉にその場に倒れた。
「やっぱ魔法はすげえぜ。ナイスだエミリーさん!」
「ありがとうエル君。もう一発いくわよ!」
純潔の乙女の加護が得られる修道服。それを戦闘用に繕い直したエミリーが、再び魔法の詠唱を始める。
そして海賊団に復讐心を燃やすキャティーも驚くべき戦闘力を発揮する。
猫人族は元来魔力を持っていないが、その俊敏かつ柔軟な動きで生存競争に打ち勝ってきた種族である。
だがキャティーは魔力を得たことで独自の攻撃方法を編み出していた。
すなわち自身にキュアとヒールを同時にかけて全身の細胞を活性化させると、限界を越えたスピードで海賊たちの中を駆け回り、その首筋を爪で切り裂いた。
その速さに全くついていけない海賊たちは、彼女によって赤い鮮血の花を咲き誇らせるだけだった。
「キャティーは海賊団への憎しみから、ここ一番で自分の才能を開花させたようだ」
カサンドラがしきりに感心するが、エルにはキャティーが少し冷静さを欠いているように見えた。
「・・・アイツ入れ込み過ぎじゃないのか。ちょっと連れ戻してくるからカサンドラはここを頼む」
カサンドラに扉の守りを任せると、エルはキャティの後を追って海賊の群れに飛び込んだ。
◇
海賊の群れに飛び込んだキャティーにはある目的があった。
それは乱戦の中で彼女の目がハッキリと捉えた忘れたくても忘れられないその顔。
猫人族の里を襲撃して自分たちを拐った海賊の頭に追い付くと、その男の前に立ちはだかった。
金色の目をギラギラと燃え上がらせたキャティーに、男も彼女に気づいてニヤリと笑った。
「誰かと思えばあの時の猫人族の女か。今頃ご主人様に可愛がられてあえぎ声でも上げているかと思えば、まさか帝国軍に買われていたとはな」
「うるさい! それよりみんなはどうしたのよ!」
「みんな? ああ、お前と一緒に捕まえたあの女どもか。さあてどうなっただろうな・・・くっくっく」
「みんなを返してっ!」
「ああ返してやるさ。アジトの外に捨てたからきっと魔獣のエサになっただろうが、糞でよければいくらでも持っていけ」
「殺したのね・・・なら、あんたを殺してやる!」
キャティーは男に飛びかかったが、男はその動きを見切ってヒラリとかわすと、周りの盗賊たちに大声で命令した。
「野郎ども、この猫人族を八つ裂きにしてやれ!」
「「「へい兄貴!」」」
男の指示で襲いかかってきた盗賊たちをキャティーは次々と血祭りに上げて行ったが、男は手下を盾にその場から逃げ出す算段だった。
「こんなところで死んでたまるか。あばよ!」
「待ちなさいっ!」
キャティーが追いすがろうとした時には男はすでに自分の船に飛び乗っており、キャティーは悔しそうに唇を噛み締める。だが、
「キャティー、俺に任せろ!」
キャティーにようやく追い付いたエルが光のオーラで魔剣と化した剣を一閃すると、白銀の刃が宙を切り裂いて男の首を跳ね飛ばした。
「ぐわぁーーーっ!」
「エルお嬢様っ!」
キャティーがエルに飛びつくと、エルは彼女を抱き抱えてカサンドラたちの所へ連れ戻した。
◇
海賊団が病院船からの撤退を開始し、逃げ遅れた海賊どもを掃討するエルたち。
その時ジャンがエルの元に駆けつける。
「艦内に海賊の侵入を許したらしく、アニー巫女隊の数名が護衛の女騎士とともに拉致された」
「本当かよ・・・くそっ!」
エルはショックで一瞬目の前が真っ暗になったが、ジャンの目を見てハッキリと言った。
「アニー巫女隊は俺の家族も同然。家族のピンチは俺が助ける」
「お前さんならそう言うと思った。これは俺の不手際でもあるし今から彼女たちを取り返しにいく。エル、行くぞ!」
次回もお楽しみに。
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