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第10話 ゲシェフトライヒ沖海戦(前編)

長くなったので前後編に分けました。



 帝国艦隊が商都ゲシェフトライヒを出港して三日が経った。


 病院船はその名の通り船室を病床として使うため、他の軍艦に比べて乗員の数が圧倒的に少ない。


 最小限の船員以外は、その半数以上が各騎士団から選抜された光魔導士とアニー巫女隊等の治癒部隊で、全員が女性だった。


 その彼女たちを守る戦闘員も女騎士がほとんどで、傭兵もカサンドラのような女冒険者が優先的に配置されていた。


 そんな女だらけの病院船を十二分に満喫していたのが、ジャン率いるヒューバート騎士団だった。


 手下たちと一緒になって甲板で美女たちに鼻の下を伸ばしているジャンに、一張羅のセーラー服を着こんで気合い十分のエルが声をかける。




「そういえばジャン、お前ってゲシェフトライヒにいる間は何して過ごしてるんだ。また用心棒か」


「いや、俺はお前さんをここに送り届けた後、すぐに帝都の自分の家に帰ったんだ。お前さんの警護はウチの手下どもで十分だからな」


「ふーん、ジャンって帝都に家があるんだ」


「そうだ。こう見えて俺は伯爵だし、領地経営は妻に任せるとしても、帝都での仕事は俺がいないと始まらないからな」


「えっ? ジャンって嫁がいるのに手下と一緒になって若い女に鼻の下を伸ばしていたのか。全く仕方のない奴だな」


「せっかくの船旅なんだし、少しは息抜きさせろよ」


「海賊討伐が息抜きなのかよ!」


「まあな。帝都では書類仕事に追われ、領地に戻れば妻や親族たちの相手。そんなことより身体を動かしてた方が俺の性に合ってるんだよ」


「何か分かるなそれ。それはそうと、ジャンの奥さんてどんな人なんだ。やっぱり恐いのか」


「アリスか・・・アイツは俺の同級生で、学級委員長をしていた女だ」


「え? ・・・お前、同級生と結婚したのか」


「ああ。アイツは貴族のお嬢様らしく超がつくほどの堅物で、平民出身の粗暴な俺とは水と油だった。だが互いに成績はトップクラスでいつしかライバル関係になり、気が付くと俺たちは恋人同士になっていた」


「ちょっと待て・・・今の話は聞き捨てならん!」


「どうした、品格漂うこの俺様が実は平民出身だったことに驚いたか」


「そこじゃねえ! 何で青春ドラマみたいな充実した人生を送ってやがるんだよ。俺なんかこんなみっともない女の身体で恋人の一人もいたことないのに」


「そうかお前さんももう16歳だし、色恋に目覚めるお年頃になったか。まあ寄宿学校を無事卒業できれば陛下がいい相手を見つけてくれるさ」


「なるほど・・・ここは恋愛結婚より見合い結婚の方が主流みたいだしそれも悪くないな。だが貴族令嬢は性格のキツイ女が多いし、俺はエミリーさんみたいな優しいお姉さんタイプが好みだ。陛下にはそう伝えておいてくれ」


「はあ? 何言ってんだお前。令嬢のお前さんの結婚相手が令嬢なわけないだろ。相手はどこぞの令息だ」


「令息、つまり俺は男と結婚するのか。おええっ」


「まあお前さんみたいな年頃の少女は男を汚らわしく感じてしまうことも珍しくない。だがもう少し成長すれば男が恋しくなる時が来るさ」


「一生来ねえよ!」


「それにお前さんは貴重なアスター家の血族だから、帝国の未来のために山ほど子供を産んでもらわなければならん。本当はこんな危険な海賊討伐なんか止めさせたいぐらいだが、寄宿学校の成績を稼ぐためにここで一気に成果を上げるぞ」


「ちょっと待て、今の話を聞いてやっぱり貴族をやめたくなった。やはり俺は生涯冒険者の方向で・・・」


「そうなるとお前さんの両親は一生奴隷のままだぞ。それでもいいのか」


「うぐっ・・・そいつは嫌だ。父ちゃんと母ちゃんにはお天道様の下で堂々と暮らしてほしい」


「だったら立派な貴族になるんだエル」


「男と結婚・・・まあ奴隷だったころに比べれば貴族の方がまだマシか・・・おええっ!」




 そんな呑気な船旅も終わりに近づき、水平線の先に島影が見えてきた。


「いよいよ海賊どものアジトに突撃だ。ここは艦隊の中心だからすぐに戦闘に巻き込まれることはないが、けが人が続々と送り込まれてくるから忙しくなるぞ」


「そうだな。だがそこにあるデッカイ大砲をぶっ放せば、海賊船なんか木っ端みじんじゃないのか」


「いや今回の海賊だけはそうもいかないんだ。なにせ向こうも同じような戦艦を持っているからな」


「たかが海賊がこれと同じものを・・・ウソだろ」




 エルは周りに展開する帝国艦隊を改めて眺めた。


 この船を含めた15隻全ての艦が鋼鉄製で、信じられないことに帆船ではなく蒸気機関で推進している。


 ゲシェフトライヒ港を行き交う大型商船の全てが帆船の帝国にあって、あまりに不釣り合いなこの近代的軍艦は、ここが世界最大の帝国だからこそあり得るのかとエルは思っていた。


 しかし、たかが海賊が同じものを持っているというジャンの言葉がどうしても信じられなかった。


「俺の言うことを信じていない顔だな。・・・これは国家機密でお前さん限りにしてほしいんだが、実はこの船はドワーフ族が作ったものなんだ」


「ドワーフ族? 何だそれ」


「南方新大陸にすむ亜人種族だ。手先が器用で鍛冶師が一番の人気職業という筋金入りの工業国なんだが、そいつらは昔からこんな鋼鉄製の船を造っていて、この艦隊はブリュンヒルデ様が彼らに作らせた特注品なんだよ」


「この帝国艦隊がドワーフ族に作らせた特注品。つまりあの女領主の私物なのか・・・。さすが皇帝の妹はスケールが違う」


「そして今から戦う海賊団レッドオーシャンの首領はそのドワーフ族の異端児。つまり鋼鉄の船を量産できる奴らとの戦いになる」


「マジか・・・そいつは大変じゃないか」


「だからこの病院船が忙しくなるといってるんだよ。その主役は治癒師たちだが、俺たち戦闘員も気を引き締めて護衛に当たるぞ」



           ◇



 ジャンの言葉通り、その後すぐ戦いが始まった。


 先頭の軍艦から大砲の轟音が鳴り響くと、向こうも撃ち返して来たのか巨大な水柱が空へと立ち登る。


 それを合図に他の戦艦から次々と砲撃が開始されると、向こうも本格的に攻撃を仕掛けて来たのか水柱の数が増えていった。


「すげえ! 本物の艦隊決戦が始まったぜ!」


 興奮気味のエルが甲板から身を乗り出して味方艦隊の攻撃を見守る。すると今度は前方の軍艦から巨大なアイスジャベリンが何本も空に打ち上げられた。


 それが空中で一斉に向きを変えると、海賊船の方向に向かって加速していく。


「何だよあのアイスジャベリンは。まるでミサイルじゃねえか!」


 呆然と空を見つめるエルに、ジャンが旗艦を指差して言った。


「あれこそ我が艦隊の秘密兵器。ブリュンヒルデ様が学生時代に考案した新型魔導兵器らしいんだが、撃てば必ず当たる追尾機能がついているそうだ。さすがの海賊どももあれは持っていないから、その分我々が有利になる」


「あれがあの女領主の発明品なのか・・・エレノア様があこがれるのも分かる気がするぜ。すげえ・・・」




 海賊船との距離が近づくにつれて砲撃音の間隔が短くなっていき、立ち上る水柱の数も増えていった。


 そのうち何発かは被弾したらしく、前方の軍艦から煙が立ち上っている。


 そして海賊船の艦影がエルの目にもハッキリと見えてきた。ジャンのいう通り、向こうも同じような鋼鉄の船を持っていて、大砲の火花がチカチカ光った後、少し遅れて轟音が聞こえてくる。


「エル、負傷者の第1陣がカッターで運ばれてきた。引き上げるのは俺たち戦闘員の仕事だ。行くぞ!」



           ◇



 第1陣を病院船に収容してからも、第2陣、第3陣と負傷者が次々と運ばれてくる。どんどん病室が埋まり治癒師たちの戦いが始まった。


 瀕死の重傷患者はアニー巫女隊の元に送られ、サラを筆頭とした最強の布陣で命を繋ぎとめていく。


「さすが修道院が誇る精鋭、アニー巫女隊だ。相変わらずサラのキュアはレベルが違ってるが、他の巫女たちも負けず劣らずすげえ治癒力だ」


 そしてスザンナとエレノアも、クラスの代表に恥じない磨きのかかったキュアで治癒に励んでいる。特に光属性を得たエレノアは、アニー巫女隊の上位に食い込むような上達ぶりだ。


「すげえじゃねえかエレノア様。本職のアニー巫女隊も顔負けだな」


 エルに褒められたエレノアは、だが渋い顔をして言い放った。


「さっきからごちゃごちゃとうるさいですわねっ! 無駄口を叩く暇があるなら患者の世話でもなさい! 血や汚れを拭き取ったり服を取り替えさせたり、仕事なら山ほどございましてよ!」


「す、スマン。よーし俺も一丁やるか!」


 エルはセーラー服の腕を捲ると、病室を飛び回りながら患者たちの世話を始めた。

 次回もお楽しみに。


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