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第9話 出陣

 寄宿学校の生徒も海賊討伐の騎士団に同行する。


 そんなジル校長の話に教室はざわめき立った。


 ほとんどの生徒は困惑の表情を浮かべており、誰が選ばれるのか隣の生徒とヒソヒソ話をしたり、自分が指名されないよう神に祈りを捧げている。


 だがたった一名、自ら立候補する猛者も現れた。


 エルだ。


「その話乗った! この俺が海賊どもを根こそぎふん捕まえて来てやるぜ」


 仁王立ちになって指をポキポキ鳴らすエルに、だがジル校長は困った顔で答えた。


「随分勇ましいところ申し訳ないのだけど、我々が送り出すのは怪我をした騎士たちを癒す治癒部隊です。エルさんは普通のキュアが使えないのに、まさかあのキュアを騎士たちに使うつもりですか?」


「なんだ突撃部隊じゃないのかよ。・・・ていうか、あのキュアを騎士に撃ったらダメなのか?」


「ダメとは言いませんが副作用はどうするのです」


「副作用?」


 ジル校長の意外な指摘に、エルはもう一度よく考えてみた。


 エルはまだ本気のキュアを数えるほどしか使ったことがなく、その回復力は折り紙つきではあるものの、思わぬ副作用があることも分かってきた。


 それはアニーやサラの例から分かるように、身体が癒され過ぎて純潔の乙女になってしまうことだ。


 今まで助けたのは全員女だったから、みんな頬を赤く染めて喜んでくれたし、療養所の既婚者シスターたちも全員巫女になって活躍している。


 特にシスタービエラに至っては、心まで少女時代に戻ったかのようにはしゃぎ回り、エルの姿を見かけては駆け寄って抱きつく有り様だ。


 だがしかし、だ。


 男を純潔の乙女にしたら、絶対に嫌がられる。


 それがどれほど屈辱的なことなのか、身に染みて理解しているのが他でもないエル本人なのだ。


「男にあの魔法を撃つなど非人道的すぎる。残念だが今回の遠征は諦めるしかないな」


 ガッカリしたエルが力なく席に座ると、エミリーたちが慰め始めた。


 そんな様子に苦笑いをするジル校長は、気を取り直すと今回派遣するメンバーを発表した。


「このクラスからは、エレノア・レキシントンさんとスザンナ・メルヴィルさんに参加して頂きます」


 その言葉に教室からは一斉に拍手が沸き起こった。


 キュアの実力からも全員が納得の人選だし、何より自分たちが行かなくて済む。


 一方指名を受けたエレノアが席から立ち上がると、


「わたくしを選んで頂けたのは光栄ですが、これから向かうのは海賊との戦いの場。治癒部隊と言っても敵に攻め込まれることもあるでしょうし、守りはどのようになっているのでしょうか」


「エレノアさんの心配も当然です。もちろん騎士団の方に守って頂きますのでご安心頂いて結構です」


 それでもどこか不安そうなエレノアに、スザンナも立ち上がってジル校長に指摘する。


「エレノア様はランドン大公家へのお輿入れが決まっており、実家の公爵家からの期待も並大抵のものではないものとお察しします。そんなエレノア様がご自分の安全に慎重になられるのは当然のこと」


「確かに・・・。そういうことでしたらエレノア様の派遣は諦めて別の方にお願いいたしましょう」


 そう言ってジル校長が教室を見渡すが、みんな下を俯いたり窓の外を眺めたりして、校長と目が合わないように必死だ。


 そんな重苦しい教室で、じっと何かを考えていたエレノアがジル校長にある提案をした。


「海賊討伐は貴族の責務であり、それに参加すること自体に異存はございません。ですがスザンナ様のおっしゃられたこともまた事実。ですので一つだけ条件をつけさせてください」


「条件ですか。もちろんお聞きしましょう」


「では、わたくしの護衛にエル様をつけて下さい」


「えっ? エルさんを護衛に・・・」


「はい。エル様がどれほどの強さなのかは存じませんが少なくともデルン領での盗賊団壊滅の実績もあり、流行り病の際に見せた真摯さは評価できます」


「エレノアさんがそうおっしゃるのなら私は構いませんが、エルさんはいかがですか」


 もちろんエルは二つ返事で了解した。


「そんなの聞くまでもない! よしエミリーとキャティー、俺たちも海賊討伐に行くぞ!」


「了解よエル君」


「承知しました、エルお嬢様」



           ◇



 そして出発の日。


 礼拝堂を訪れた敬虔な信者たちや教会関係者に見送られながら、エルたちは大聖堂を出発した。


 その先頭を歩くのは、エルとエレノアだ。


 そしてすぐ後ろをスザンナ、エミリー、キャティーが続き、アニーとサラを先頭に総勢20名のアニー巫女隊とスザンナやエレノアの侍女たちと続く。


 そんな修道女や侍女の集団を守るように、ジャンを筆頭とするヒューバート騎士団がランドン=アスター帝国旗を掲げてゆっくりと隊列を進める。


 この一風変わった集団がプロムナードに集まった領民に見守られて、街の中心にそびえる城の中へと入っていった。


 デルン城よりも広いゲシェフトライヒ城前庭には、今回出撃する騎士団が既に整列しており、一番最後に入城したエルたちの隊列がその一番左端に加わった。


 そしてエルたちの到着を待っていたのか、城のバルコニーに女領主が姿を見せると、眼下の騎士たちに向けて檄を飛ばした。


「諸君、私は勅命によりここゲシェフトライヒの領主に任命された、ブリュンヒルデ・メア・ランドンである。更迭された前領主に代わって領地改革に着手するが、その手始めが今まで野放しにされていた海賊団『レッドオーシャン』の壊滅である」


 自らも甲冑を身にまとった精悍な表情の女領主が、錫杖を天に掲げて騎士たちに命令を下す。


「海賊どもは一人たりとも逃がしてはならん。必ず息の根を止めて魚のエサにしてやるか、鉱山奴隷にして命でその罪を贖わせてやれ。では我に続けっ!」


 女領主はバルコニーから飛び降りて愛馬に騎乗すると、マントを翻して颯爽と城外へ進み出す。


 彼女の後ろをゲシェフトライヒ騎士団が続き、近隣諸侯から派遣された騎士団もその後に続いていくが、そのほとんどが徒歩で進むのは今回の戦いが海戦であることを物語っている。


 エルたちはしばらくその威風堂々たる騎士の行進を眺めていたが、隣のエレノアが少し興奮気味にエルに話しかけてきた。


「あのお方がランドン大公家のブリュンヒルデ様よ」


「あの領主、本当にカッコよかったな」


「ええ! あのお方は皇帝陛下の妹で古代魔法の研究のためにずっと国外にいらっしゃったのだけど、つい先日ここの領主になられたばかりですの」


「皇帝ってローレシア・・・だっけ?」


「そちらではなく夫のクロム陛下の方です。この帝国は度重なる政変で人材が枯渇しており、ご夫婦が手分けして統治なされているのですが・・・って、なぜわたくしがあなたにこんな説明をしなければならないのですか。ご自分の身内の話でしょ」


「お、おう・・・なんかスマン」


 さっきジャンから説明されたばかりだったが、会ったこともない親戚の話をされても右耳から左耳に抜けていくエルだった。


 そんなエルを微笑ましそうに見つめていたスザンナが二人に声をかけた。


「エル様、エレノア様、そろそろわたくしたちも出発致しますわよ」



           ◇



 港には鋼鉄製の軍艦がずらりと並んでいた。


 艦隊はこれから、この大陸と南方新大陸の間の海峡に浮かぶ諸島群を目指すらしいが、エルが乗艦するのは病院船で重傷を負った騎士を専門に受け入れる。


 そのため各騎士団から集められた治癒師たちと共にアニー巫女隊もここに配置されるのだが、その甲板に上がったエルは軍艦の威容に衝撃を受けた。


 鋼鉄製の巨大な大砲が船首と左右に備え付けられ、甲板後方の艦橋の近くにはアイスジャベリンの発射口が空に向けられていた。


「病院船と聞いて最初はガッカリしたけど、他の船と同じすげえ戦艦じゃないか! 男の血が騒ぐぜ」


 俄然やる気が出てきたエルは、部屋に戻って海の男の戦闘服「セーラー服」に着替えようと駆け出した。だがその背後から突然声をかけられる。


「エル殿!」


「カサンドラじゃないか! 何でお前がここに」


「冒険者ギルドの掲示板に海賊討伐クエストが出ていたので傭兵として参加しました。まさかエル殿と同じ船とは思いませんでしたが」


「なるほど傭兵か。じゃあ他のみんなもここに?」


「いいえ今回は私一人です。シェリア殿は貴族のクエストは絶対にNGらしく、弟子のラヴィとインテリ殿もシェリア殿と共に留守番です」


「アイツの貴族嫌いは筋金入りだな。気持ちは分かるけど・・・。でも何でカサンドラはたった一人でこのクエストを受けようと思ったんだ」


「それはこの海賊団が、私やキャティーのような南方大陸の亜人を誘拐して帝国で売りさばく闇の奴隷商人だからです。この機会に奴らを徹底的に叩き潰す!」


「本当かそれは・・・」


 驚いたエルは、だがカサンドラの目に憎しみの炎が燃え上がるのを見て、それが真実だと確信した。

 次回もお楽しみに。


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