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第8話 プロローグ

 商都ゲシェフトライヒに春がやってきた。


 寄宿学校も新学期に入り、16歳になったエルの学園生活も順調に進んでいる。


 あれ以来エレノアはエルとの間に線を引いて仲良くすることはなかったが、頭から水をかけたりエルをわざと貶めるような言動は一切なくなった。


 取り巻きやクラスメイトも最初は不思議がっていたが、露骨な嫌がらせがなくなったことでクラスはエルが編入してくる前の落ち着きを取り戻した。




 だがちょっとした異変も起きていた。


 療養所でエルが発動した簡易魔法キュアの影響から、クラス全員のキュアの強度が底上げされたのだ。


 下位の生徒ほどその伸びが顕著に表れ、魔力が僅かしかなかったキャティーに至っては明確な光属性が発現した上に、シスター並みの魔法が発動できるようになっていた。


「とうとう落第生は俺一人になってしまったか」


 先生に誉められるキャティーを見て、エルは頭を掻きながら寂しそうにつぶやいたが、そんなエルにいら立ちを見せたのが他でもないエレノアだった。


 つかつかとエルの目の前にやってくると、


「ちゃんとまじめになさいエル様! そんなことではわたくしのライバルは務まりませんわよ!」


 眉を吊り上げてエルを叱るエレノアに、エルは申し訳なさそうに謝った。


「せっかくライバルだと思ってくれてるのに面目無い。でも俺は元々勉強が苦手だし、どちらかと言えば本番で実力を発揮するタイプなんだ」


「言い訳など結構! 本番だけでなく授業でもちゃんとすればいいだけのこと。分かりましたねエル様!」


「はい・・・気を引き締めて頑張ります」


 捨てセリフを残して去ってしまったエレノアと入れ替わるように、今度はスザンナがエルに話しかける。


「エル様、わたくしが見る限りエル様が魔法を使えないのは何か根本的な問題が潜んでいるからだと存じます。一度検査をしてもらったほうがよろしいのでは」


「検査はちょっと・・・今度こそ本当にパンツの中を調べられそうで嫌なんだけど」


「ジル校長もそんなことしないと存じますが、あの時のエル様のお覚悟があればどんな検査も大丈夫では」


「正直言ってこの屈辱的な女の身体を他人に見られたくないんだよ。だがそうも言ってられないか・・・」


「確かにエル様みたいな素敵な女の子は、このわたくしが独占したいところ。あ、そうだ、お母さまから頂いた秘薬が残っていたはず。あれをエル様に飲ませればもしや・・・」


「・・・秘薬って、や、やめろっ!」


 エルは、スザンナが元夫のウィルを誘惑するために飲ませた怪しい媚薬を思い出し顔を青ざめるが、スザンナはクスクス笑うとあっさり話題を変えた。


「ウフフ、冗談ですわ。それはそうとエミリーさんの魔法の上達ぶりには目を見張るものがありますね」


 スザンナが目を向けたのは、校庭で魔法の練習をしているエミリーの姿だった。


 エミリーは光魔法を一通り身につけると、本来属性である風魔法のウインドやエアカッターの習得に取り組んでいた。


 そもそもこの寄宿学校は修道女の養成を目的としておらず、卒業後はみんな貴族社会に戻っていく。


 そのため魔法の授業では生徒の希望に合わせて光属性以外の属性魔法の勉強ができるようにカリキュラムが組まれている。


 特に卒業後に騎士団に入団を希望する一部生徒は、校庭での攻撃魔法訓練に余念がなく、冒険者となったエミリーもそんな彼女たちに混ざって戦闘訓練に明け暮れていた。


「いいなエミリーたちは。俺も攻撃魔法の練習がしたくなってきたぜ」


 だがスザンナは少し困った顔をして、


「エル様はキュアですら発動が不安定ですので、実際の戦闘では全く役に立たないかと」


「そりゃそうだ。もし本当に戦闘で必要になったら、シェリアに簡易魔法を教えてもらえばいいか」



           ◇



 そんな新学期の最初の週末、エルたち4人はそれぞれの休暇を楽しんでいた。


 エルはエミリーを連れて冒険者ギルドに向かい、スザンナとキャティーは寄宿舎で時間を過ごす。


 そのエルたちの部屋のリビングでは、スザンナが仲のいいクラスメイトを招いてお茶会を催していた。


 高価なティーカップに高級茶葉で淹れた紅茶が注がれ、令嬢たちはその薫りを楽しみながら異国の珍しいスイーツに舌鼓を打っている。


「さすが帝国有数の大富豪メルヴィル伯爵家のご息女であらせられますわね。わたくし、このような美味しいお茶とお菓子は初めてですわ」


「ウフフ。これはお母さまから教えていただいたもので、早速ゲシェフトライヒの商人に命じて取り寄せさせたものなのだけど、若い皆様にも気に入っていただけて、とてもうれしいわ」


「まあっ! メルヴィル伯爵夫人といえばかなりの食通でいらっしゃると聞き及んでおります。そんなお方のお勧めを頂けるなんて光栄ですわ」


 令嬢たちはみんな満足そうにお菓子を頬張り、優雅なひと時を過ごす。そんなリビングのすぐ隣では自室にこもったキャティーが熱心に裁縫をしていた。


「エルお嬢様がまた少し成長されたようです。下着のサイズを少し大きくして・・・ついでにお嬢様とお揃いの下着を自分用に作っちゃおっと。きゃっ」




           ◇




 冒険者ギルドに顔を出したエルとエミリー。


 だがシェリアたちがどこかに遠征に行って不在のため、二人でランドリザードンの討伐クエストに挑むことにした。


 エルはいつもの女騎士装備で赤い鎧にフルフェイスの兜を被っているが、エミリーは寄宿学校の修道服のまま背中に鉄の剣を担いでいる。


 このエミリーの服装は、風魔法による戦闘スタイルの確認のためだった。


「じゃあエル君、まずは中級魔法のエアカッターを使ってみるね」


「おおっ、いきなり高難易度の魔法か。楽しみだな」


 流行り病の元凶だったランドリザードンはこの地域に生息する毒を持った巨大魔獣で、大きな尻尾を鞭のようにしならせて攻撃してくるのが特徴だ。


 そのパワーも然ることながら、尻尾の毒腺から致死性の毒が出ているため、触れただけで即アウトという厄介な魔獣である。


 そんな相手に対しては遠隔魔法が有効であり、エルはエミリーの詠唱が終わるまでマジックバリアーを展開して、魔獣の接近を食い止める。そして、



 【風属性魔法・エアカッター】



 エミリーの魔法発動にタイミングを合わせてエルがバリアーを解除すると、空気の刃がランドリザードンに殺到してその身体を切り刻む。



 ギャオーーーーーッ!



 ランドリザードンの全身から青い鮮血が吹き出し、同時に毒も辺りに飛び散る。そして自分の毒が無数の傷口から中に染み込み、魔獣がけいれんを起こした。


 ランドリザードンは自分の毒に耐性があるわけではないため、エアカッターを使ったこういった攻撃はわりとポピュラーな戦術だった。


「ナイスだエミリーさん!」


「よーし、次は初級魔法ウインドよ」


「えっ? ウインドって風を起こすだけの魔法だろ。それでどうやって戦うんだ」


「まあ見てて」


 そして再びエルがバリアーで魔獣を食い止めている間に、エミリーが魔法詠唱を終える。



 【風属性魔法ウインド】



 エミリーがその魔法を自分に向けて発動させると、その強力な風の力によって身体が宙に浮かんだ。


「うわあっ! エミリーさんが飛んだ!」


 空を飛んだエミリーが背中の鉄の剣を抜くとそれを真下に向けて両手でしっかり握り、ランドリザードンめがけて急降下した。


 そしてその剣先が魔獣の脳天に突き刺さる。



 ギャオオオオオーーーン!



 絶叫を上げた魔獣はそのまま地面に倒れて絶命し、ふわりと舞い降りたエミリーにエルが駆け寄った。


「すごいよエミリーさん。もう完璧にウインドを使いこなしているじゃないか」


「いいえ、まだまだだわ。詠唱速度も遅いし、魔法の持続時間も威力も全然足りないわね」


「あれで全然足りないのか・・・ただ今の魔法で一つだけ気になることがあるんだが」


「え、気になることって?」


「修道服のスカートがめくれてその・・・黒だった」


「黒って・・・あっ、パンツが見えちゃってたんだ。近くに他の冒険者がいなくてよかったあ・・・」


「いや俺も男だし、エミリーさんも気をつけた方が」


「・・・エル君って私の下着が見たいの?」


「そりゃ、エミリーさんのなら・・・」


「もうっ・・・そんなこと言うとエル君に見られるのが恥ずかしくなるじゃない。でも服には気を付けた方がいいわね。魔力の加護が欲しいから修道服にしたんだけど、シェリアちゃんみたいに専用の魔導服にした方がいいのかなあ」




           ◇




 夕方になり、討伐を終えて魔獣コアをギルドに持ち込んだエルとエミリー。


 同じクエストに挑んだ他のパーティーよりも多くのコアをテーブルに並べる女性二人に、ギルドの受付嬢も驚きを隠せなかった。


「・・・では、ランドリザードンの魔獣コアが12個ですので12Gをお渡しします」


 だがその報償金にエミリーが疑問を挟む。


「なんでそんな計算になるの。この魔獣の報償単価は確かに1Gだけど、ランクBのパーティーなら5%の上乗せがあるし、討伐数が10体超えれば1体につき10%の上乗せもあるって規約に書いてあるじゃない。つまり1G足りないんだけど」


「で、ですが、あなたたちはゲスト扱いですのでその条項は適用除外で・・・」


「私たちはゲストじゃなく、このギルドに籍を持つ獄炎の総番長のメンバーよ」


「ですが獄炎の総番長は現在遠征中のはず」


「それはシェリアちゃんたちで、私たちも一応メンバーなんだけど、朝このクエストを受ける際に確認しなかったの」


「えっ・・・それはその」


「もうっ。こんなの基本中の基本でしょ。あなた何年受付嬢をやっているのよ」


「もうしわけございません・・・」


 気がつくとカウンターの周りには冒険者が人だかりを作っていて、騒ぎに気づいたギルド長が慌てて仲裁に入ってきた。


 そして二人の言い分を聞いたギルド長は、


「申し訳ありません。今回はこちらのミスですので、報償金はしっかり払わせていただきます」


 そしてギルド長はエミリーの言い分をすべて認め、迷惑料込みで14Gの褒賞金を支払った。


 それを見た周りの冒険者たちがエミリーに拍手喝采を送るが、エミリーはギルド長に釘を刺す。


「ここは大きなギルドだから受付嬢も多くて目が行き届かないとは思うけど、こんな初歩的なミスを見過ごしているとギルドが信用を失うわよ。ギルド長としてしっかり管理しなさい!」


 くどくど説教を始めたエミリーに、ギルド長はただただ謝るばかりで、それを見た冒険者たちは腹を抱えて笑い転げた。


 その後、エミリーとの懇親を深めるための飲み会が催され、それに参加したギルド長はエミリーに受付嬢になってもらおうと必死のラブコールを送った。


 それを見た冒険者のおっさんたちも先を越されまいとエミリーに本気のプロポーズをしたが、全員が玉砕したことは言うまでもない。



           ◇



 そんな新学期のある日、ホームルームでジル校長が生徒たちに告げた。


「ここゲシェフトライヒの領主様が海賊討伐のために騎士団を出動させることを正式に決めました」


 突然の話に静まり返った教室。そんな生徒たちにジル校長は、


「クリストフ枢機卿はこれに全面的に協力し、アニー巫女隊を騎士団に同行させることを決定し、このクラスからも優秀な生徒を派遣することになりました」

 次回もお楽しみに。


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