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第7話 エピローグ

 療養所の流行り病が鎮圧された2日後の朝。


 ようやく寄宿舎の自室に戻ってベッドに倒れこんだエルは、ずっと彼女の帰宅を待ち構えていたエミリーに起こされた。


「ねえ起きて、エル君。帰って来たばかりで申し訳ないけど、クリストフ枢機卿が大礼拝堂に集合するようにって」


「・・・え、クリストフが? 朝のお祈りかな」


「今回の件で功績のあった聖職者を表彰するそうよ」


「聖職者の表彰・・・なら俺は関係ないからパスだ。お休みエミリー・・・」




 療養所でサラたちを治療した後、魔力を使い果たしたエルは徹夜で貧民街の消毒作業に従事した。


 それが終わってもエルだけは修道院に戻らず、再びシェリアたちと合流すると近隣の農村を見て回り、患者がいれば治療を行ったり消毒を徹底的に行った。


 その後、風車小屋の前に地底湖の存在を示す立札を立てたり、冒険者ギルドに行って『近隣で魔獣討伐する際は地中へのワープ攻撃を禁止する』旨の通達を出させた。


 こうして全ての事後処理を終えて、エルがギルドに供託した報償金300Gを獄炎の総番長が手に入れると、シェリアの提案でギルドの冒険者も集めた盛大な飲み会が開催された。


 それが昨夜のことで、一晩中飲み明かして完全に酔いつぶれたシェリアとキャティーをカサンドラに任せると、エルは一人で寄宿舎に朝帰りしたのだった。


 そんな二日酔いのエルに悪いと思いながらも、エミリーは寝ている彼女を無理やり起こすと風呂場へ連れて行った。


「エル君が一番の功労者だから、クリストフ枢機卿もわざわざ帰りを待ってくれているのよ。だからせめて顔だけでも出してあげて」


「うーん・・・むにゃむにゃ・・・ぐーぐー」


「あーあ、本格的に寝ちゃった。でもエル君を礼拝堂まで連れて行かなくちゃならないし、とりあえずこの冒険者みたいな薄汚い格好を何とかしないとね」


 エミリーはスザンナの侍女たちを集めると、泥まみれ酒まみれになった修道服を脱がせてエルを風呂に入れ、身体の隅々まで丁寧に洗った。


「お酒臭いし、髪の毛はボサボサで身体中垢だらけ。まるで奴隷時代のエル君に戻ったような感じね」


 いつの間にかスザンナも加わって5人がかりでエルの全身を洗い尽くす。


「でもエル君って、本当に綺麗な女の子ね。こうして見るとちゃんと皇家のお姫様だし、キャティーちゃんがエル君のドレスアップに夢中になるのもわかるわ」


 みんなでエルを徹底的に磨き上げて可愛くすると、新しい修道服に着替えさせて礼拝堂に担いで行った。




           ◇




「ん? ・・・ここはどこだ」


 エルが目を覚ますと、いつの間にか大礼拝堂の最前列に座らされていた。


 両隣にはエミリーとスザンナが座ってエルの身体を支えており、周りは寄宿学校の生徒たちが、会場全体にも修道士や修道女たちが席を埋め尽くしていた。


 正面の壇上に目を向けると、クリストフ枢機卿が微笑みをたたえて立っており、そのすぐ傍らではエレノアが礼拝堂の聖職者たちを真っ直ぐ見据えている。


 そしてクリストフがその聖職者たちに向けてゆっくりとした口調で語りだした。


「さて皆さん、今回は寄宿学校の生徒たちも大きな貢献を果たしました。中でもこのエレノア・レキシントン公爵令嬢は、流行り病の初期段階から一日も休まず療養所に通い詰め、その豊富な魔力を惜しみなく使って貧しい者たちの治療に尽力しました。これぞ神の教える真の貴族の姿そのものでしょう」


 そんなクリストフの言葉に、聖職者たちもエレノアを褒めたたえ、そして祈りの言葉をささげた。


「ランドン大公家に連なる高貴な血筋にありながら、名もなき領民のためにその命を削って治療にあたったエレノア・レキシントン。その高潔なる魂とランドン=アスター帝国に神の祝福のあらんことを!」


 盛大な拍手が鳴りやまぬ大礼拝堂。


 そんなクリストフは、エルが目を覚ましたのに気がつくと、エミリーに目で合図を送って壇上に上がってくるよう促した。



           ◇



 エミリーとスザンナに手を引かれて壇上に上げられたエル。その広い壇上には今回功績のあった聖職者たちがズラリと整列していた。


 その大半が修道女で、アニー巫女隊やビエラと療養所のシスターたちは既に表彰を受けたようだ。


 そんな彼女たちの前を通って中央に立つクリストフの元へ向かうエルだったが、サラがその場に跪く。


「このサラめとアニー巫女隊は、救世主エル様に生涯忠誠を誓うものです」


「うわっ! ・・・人のいる場所でやめろよサラ」


 だがアニーと巫女隊全員が続けて跪くと、礼拝堂の聖職者たちにどよめきが起こった。


「アニーまでサラの真似するなよ。恥ずかしいだろ」


「いいんだよエルちゃん。私たちアニー巫女隊はエルちゃんについて行くことに決めたんだよ。せっかくの機会だしここでアピールしとかないと」


「ええっ! 本気なのかよアニー・・・」


 突然のアニーの宣言に礼拝堂はざわめきが収まらなくなり、とっとと表彰を受けてこの場を立ち去ろうと思ったエルは、苦笑いしながらアニーを見るクリストフの元に足早に進んだ。


 そして表情を作り直したクリストフは、会場の聖職者たちにエルを紹介した。


「そしてもう一人、寄宿学校の生徒でありながら多大な貢献をした貴族令嬢がいます。まだ入学したばかりのエル・ヒューバート伯爵令嬢です」


 エルの存在は一部幹部にしか知られておらず、しかも現皇帝陛下の姪という事実は、クリストフ枢機卿とジル校長の二人しか知らない秘密だった。


 つまり今日初めて、ゲシェフトライヒ大聖堂の全員にエルがお披露目されたこととなる。


 クリストフが話を続ける。


「このエルは、流行り病の原因が魔素の暴走ではなく水の穢れであることを看破して、地下貯水湖に紛れ込んだ大型魔獣の死骸を除去し貧民街にのみに病が流行した理由を証明して見せました」



 ザワザワザワザワ・・・・



 病は魔素の暴走で起きるからこそ、光魔法キュアで治療することが可能。


 そんな常識が覆って聖職者たちが今だ混乱する中、それを考えたのが壇上に立つこの少女ということで、その混乱に拍車がかかる。


 だがクリストフ枢機卿の誠実な人柄は万人の知るところであり、会場は次第に落ち着きを取り戻すと口々にエルを称賛し始めた。


「「「・・・それは素晴らしい」」」


 ひとまず会場を落ち着かせたクリストフは、エルの功績を続けて発表する。


「療養所の衛生管理の必要性を指摘すると、病に倒れた巫女たち全員を持ち前のキュアで完治させました。これがアニー巫女隊たちの活躍につながったのです」


「「「おおおおっ!!」」」


 これはエルがエレノアと同じ上級貴族家の娘であることを考えればとても納得できるものだったが、次の話で礼拝堂は再び混乱に陥る。


「そして彼女の治療を受けた巫女はその全員が光属性を付与され、シスターは身体が浄化されて純潔の乙女に戻ってしまった。あのアニーやサラのように」


「「「ええええっ!!!」」」




 アニーとサラの話は、ゲシェフトライヒの聖職者の間では知らぬ者がいないほどの有名で、神の奇跡として語り草にすらなっていた。


 それが神の奇跡ではなく目の前の少女の魔法によって引き起こされたことがクリストフ枢機卿の口から明かされると、今日一番の衝撃が全員の身体を貫いた。


 だがそれはエル本人も同様で、


「ええええっ! 俺が治療した全員が、純潔の乙女になってしまった・・・だと?!」


 慌てて後ろを振り返ると、エルはシスター・ビエラと目が合ってしまった。


 だがいい年した中年のビエラは、少女のように頬を染めると恥ずかしそうにエルから目をそらした。


「・・・・・」


 気まずい空気がエルにどっと押し寄せる。


 他のシスターたちも恥ずかしそうにモジモジしているが、その全員が熱い瞳をチラチラとエルに向け始めたのだ。


 騒ぎが収まらなくなった大礼拝堂の様子にクリストフは場を静めるのを諦め、表彰式を終わらせた。


「エル・ヒューバート伯爵令嬢は、貧民街の家を一件ずつ回って貧民たちの生活を支えました。これはエレノア同様貴族の鑑と言えるでしょう。そんなエルの魂に神の祝福のあらんことを!」


 クリストフの合図で礼拝堂のオルガンが荘厳な音色を奏で始め、聖職者全員が起立して讃美歌を歌う。


 そしてエルやエレノア、壇上の功績者全員に対して祝福の気持ちが捧げられた。



            ◇



 式典が終わり、部屋でゆっくり休もうとしたエル。そんな彼女にエレノアが近づいてきた。


「エル様、お話があるのでこちらへ」

 

 エレノアが小部屋に入り、エルたち3人がその後をついて行く。そして部屋の鍵を締めて振り返ったエレノアは、エルにこう問いただした。


「もしかしてあなた、アスター大公家の血筋ではないのかしら。でないとあのような奇跡を起こせるわけがございませんし、その翠眼が何よりの証拠です」


 確信を持ってそう話すエレノアに、エルはコクりと頷いた。


「隠すつもりはなかったが、この寄宿学校を卒業して初めて正式に認められるとヒューバート伯爵が言っていたし、ペラペラ話すことでもないと思ったんだ」


「そういうことでしたの・・・」


 エレノアはため息をつくと、目をつぶって暫く何かを考えていた。


 そしてエルに向き直ると突然頭を下げた。


「これまでのことは全て謝罪致します。本当に申し訳ございませんでした」


 エルは頭をかいて謝罪を受け入れると、


「あの程度のこと、番を張ってた中坊時代に比べればガキのお遊戯みたいな話だし、エレノア様が悪い奴じゃないことぐらいちゃんと分かっていた。まあこれからは仲良くしてくれよ」


 そしてエルが右手を差し出し握手を求めると、だがエレノアはそれを拒否した。


「いいえ。これからは同じ皇家の血を引くライバルとして、正々堂々と競い合いましょう」


「ライバルか・・・それも悪くねえな」


「ええ。そして必ずわたくしが勝って見せます」


 それだけ言って部屋から去ろうとするエレノアの背中に、エルたちは暖かい笑みを向けて見送った。

 次回、新章スタート。お楽しみに。


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