第6話 パンデミック(後編)
エルがそっと診察室に入ると、そこはどんよりとした重い空気に包まれていた。
アニーの指揮の元、巫女たちが懸命の治療を続け、療養所リーダーのシスター・ビエラもアニーの下で、自ら患者の治療に当たっていた。
だがエルが想像した以上に多くの巫女たちが病に倒れていたようで、スザンナやエレノアを始めキュアの得意なシスターや生徒たちが投入されてもなお空きスペースが目立つ有り様だった。
そんなスザンナにエルが近づくと、
「お待ちしておりましたエル様。アニー巫女隊もすでに半数以上が倒れ、残った全員でマジックポーション片手に何とか頑張っております」
「ご苦労様スザンナ。サラがいないが、ひょっとしてアイツも・・・」
スザンナがコクりと頷くと、すぐ隣で治療をしていたエレノアがエルに不快な表情を見せる。
「ここに何をしに来たのですか。キュアも満足に使えない人間はハッキリ言って邪魔です。テントで治療を待っている患者の世話でもしていなさい」
疲労困憊のエレノアはエルへの苛立ちを隠そうとしなかったが、そんな彼女にエルは笑顔でねぎらった。
「今までよく頑張ったなエレノア様。俺も手伝ってやるからもう大丈夫だぞ」
「はあっ? あなた、何を寝ぼけたことをっ!」
呆れを通り越して顔を真っ赤にして怒るエレノアの肩を軽く叩くと、エルはアニーに指示を出した。
「おいアニー! 病気で倒れた巫女を全員まとめて治してやる。今すぐここに連れてきてくれ」
こちらも疲労困憊で治療に当たっていたアニーだったが、エルに気づくとホッとした表情に変わった。
「エルちゃんも手伝いに来てくれたんだね! サラが倒れからは本当に酷いもんだったよ」
「任せきりにしてすまなかったなアニー。それに随分と顔色も悪いし他の巫女たちももう限界みたいだな。よしついでにここにいる全員まとめて回復してやる。インテリ、大盤振る舞い行くぞ!」
「ハーピー魔法の出番でんな! ほんだら派手に行きまっせ!」
◇
別室に隔離していた巫女やシスター全員を修道士たちが診察室に運び込んでくると、エルの前に次々と並べられた。
その中の一人、サラが朦朧とした意識の中でエルに気づくと、目に涙を浮かべて謝罪を始めた。
「エル様・・・このサラめの力が及ばず・・・このような事態に・・・申しわけございませんでした」
そんなサラの頭を優しく撫でたエルは、
「こちらこそスマン。俺は流行り病を甘く見すぎていたようだ。だがこんなになるまでよく頑張ったサラ。今すぐ治してやるぞ」
エルはサラの流した涙や鼻水をハンカチで綺麗に拭き取ってやると、その魔法の詠唱を始めた。
【キュア キュア キュアリン メディ メディ メディシン プリティーパワーデ ナイチンゲールニナアレ】
謎の振り付けを伴ってあっという間に詠唱を終えたエルの頭上に、キュアの魔法陣が浮かび上がる。
それをインテリがハーピー魔法で増幅すると、魔法陣が豊潤な魔力で満たされ、診察室全体に広がった。
・・・・・オオオオオオオオオンンンンンッ!
礼拝堂のオルガンのような荘厳な音色が診察室全体にこだますると、魔法陣から溢れ出た純白のオーラが虹色に変化していく。
そして、
【光属性初級魔法・キュア】
ゴッ!!
エルの魔法が発動すると、神の降臨を想わせるような神々しい光が部屋全体に降り注いだ。
そのあまりの光景に、スザンナは目に涙を浮かべて主であるエルの足下に跪き、誇らしげに彼女に祈りを捧げた。
そしてエレノアも思わずエルに跪きたくなる衝動をグッと抑えて、彼女の放った魔法を呆然と見つめる。
そんな二人を含む全員の身体から眩い光が一斉に放たれると、苦しそうに横たわっていたサラや巫女たちがむっくりと身体を起こした。
そしてスザンナと並んでエルに跪いたサラは、
「救世主エル様! 再びこのサラめの命を助けていただき、感謝の言葉もございません! これより命がけで忠誠を尽しますので今すぐご命令をっ!」
サラが自分に向ける狂信的な眼差しに恐怖すら感じてしまったエルだったが、それでもニッコリ微笑みながら彼女の肩を力強く叩いた。
「頼りにしてるぞサラ。今ので俺は魔力を使い果たしちまったから、あとのことはよろしく頼む」
「ははあっ! 患者の治療はサラめにお任せをっ!」
そして見事な土下座でエルに感謝するサラの後ろには、十数名の巫女たちが土下座でズラリと並んだ。
「「「エル様、わたくしたちにもご命令をっ!」」」
「うわっ! サラ一人でもキツいのに、何でお前たちまで土下座するんだ! やめろよ!」
ドン引きを通り越してこの場から逃げたしたくなったエルに、アニーが巫女たちの事情を話した。
「ウチの巫女達はエルちゃんの偉業を毎日サラから聞かされてるから、みんなエルちゃんの信者なんだよ。だからこの子たちとも仲良くしてやっておくれ」
「俺の偉業って・・・サラのことだし、どうせ余計なことばかり言ってるんだろうが、コイツらと仲良くするのは大歓迎だ。じゃみんなも、俺の代わりに全力で治療に励んでくれ」
「「「はいっ、エル様っ!」」」
◇
魔力を使い果たしてここでの治療ができなくなったエルは、貧民街で消毒作業を行う修道女たちを手伝いに行くと言って、さっさと立ち去ってしまった。
だがエルがいなくなった後の診察室は、サラを筆頭とするアニー巫女隊や他の巫女、シスターたちがフル稼働を始める。
エルの魔法によって病が完治したサラたちは、魔力も完全回復した上にその全員が以前より強力なキュアを行使できるようになっていた。
その伸び代は下位のシスターほど顕著に現れ、まるで純潔の乙女の戻ったかのように胸のロザリオの加護を存分に得られ、一線級の巫女たちと共に待合室や外のテントに溢れる患者の元へと散って行った。
その影響はスザンナたちにも及んでおり、明らかにキュアが強化されたエレノアは、だがその事実がどうしても受け入れられなかった。
「こんなの絶対にあり得ません! エル様はキュアが使えなかったはず! なのにどうして・・・」
ライバル令嬢の起こした奇跡に、悔しそうに唇を噛み締めるエレノア。そんな彼女にスザンナは、
「エレノア様、これが本当のエル様のお姿なのです。なぜ普通の魔法が使えないのか分かりませんが、エル様はこれまで数々の奇跡を起こして来られたのです」
「でしたらなぜ最初からこの魔法を使わなかったのですかっ! そしたらわたくしもエル様を・・・」
「エル様は自分に厳しいお方です。正式魔法が苦手なことをご自覚なされているからこそ、あえて得意な魔法を封印して困難に挑まれておられるのです。ですが今回はそうも言ってられず自らに課した封印をお解きになられた。本当にお優しいお方ですエル様は」
「・・・スザンナ様、わたくし以前からずっとあなたの態度が理解できないのです」
「とおっしゃりますと・・・」
「あなたも伯爵令嬢でありながら、どうしてエル様にそこまでへり下るのです。上級貴族としてのプライドがございませんの?」
「実はわたくし、前の夫と離縁した後、父のメルヴィル伯爵からエル様にお仕えするよう命じられました。わたくしはそれを誇りに感じており、一生涯エル様のために尽くすと誓ったのです」
「夫と離縁ですって? なぜ純潔の乙女しか入学できないにこの寄宿学校にスザンナ様が・・・と、とにかくわたくしはエル様を絶対に認めません!」
「そうですか・・・。エレノア様のお立場ならそれも致し方ないことと理解致しますが、本来お二人は手を取り合うべき立場であることは申し上げておきます」
◇
夜を徹して行われた流行り病の治療は、明け方にはほぼすべての患者が完治し、貧民街の消毒もエルたちの尽力ですべて完了した。
そして病の制圧を宣言したクリストフは、今回の功労者をねぎらうために関係者を大礼拝堂に集めた。
次回もお楽しみに。
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