第6話 パンデミック(中編)
魔獣に舟を寄せるエル。
「何でこんな地底湖に魔獣の死骸が浮いてるんだよ。しかもこいつランドリザードンじゃないか。平地に住んでる凶暴なヤツ」
「確かに変よね。地底にいるような魔獣じゃないし、どこから迷い込んだのかしら」
エルは地下空洞の天井や壁をライトニングで照らして調べてみたものの、巨大な魔獣が入り込めるような隙間はどこにもなく、全員が首をかしげている。
「分からん。だがここで考えていても仕方がないし、この上がどうなっているのか調べてみよう。ラヴィ、俺たちを地上まで運べるか?」
「うん、エルお姉ちゃん。あのハーピーの魔法を使えば舟ごと行けると思う」
「ナーシスを追い詰めた時に使ったあの魔法だな。よしインテリ、俺の魔力をラヴィにやってくれ」
「ほいきたアニキ、ほな行きまっせ!」
◇
ラヴィのワープで転移した先は、ゲシェフトライヒから少し離れた丘陵地帯にあるのどかな田園だった。
眼下には巨大な港町と海が広がり、丘の上には夕日に赤く照らされた風車小屋が見える。
そして辺りを見渡すと酪農家があちこちに点在し、柵の中に家畜が飼われている。
「こんな所に村があったんだ」
ゲシェフトライヒに来てからほとんどクエストをしていないエルは、辺りの地理に全く詳しくない。
そんなエルにシェリアが得意気に話す。
「ここなら少し前に魔獣討伐クエストで来たわよ。さっきいたランドリザードンや他にも色んな魔獣がこの村の家畜を狙って押し寄せて来たから、ギルドの冒険者が総出で対応したのよ。スタンピードってやつ」
「そんなことがあったのか。なら、群れからはぐれたランドリザードンが地底湖に落っこちたということで間違いないな」
「おそらく。だとするとどこかに地底湖へ通じる洞穴か地面の裂け目があるはずね。探してみましょう」
そんなシェリアに、だがラヴィは首を横に振った。
「シェリア先生。ひょっとしたらギルドの闇魔法使いがワープで飛ばしちゃったのかもしれないです」
ラヴィはシェリアに弟子入りしたらしく、彼女のことを先生と呼ぶ。
「でもねラヴィ、ワープを使った魔獣討伐は、上空から落下させてダメージを与えるのが基本って教えたでしょ」
「はい先生。でもあの時は冒険者がたくさんいて、せっかく闇魔法使いがワープで魔獣を落下させても他の冒険者が群がって魔獣のコアを横取りしたから、空ではなく地中に転移させる人も何人かいました」
「え? だって地面の中に転移させるのって並大抵の魔力では無理だし、普通はそんなこと絶対にやらないはず・・・そうかその手があったか!」
「はい。地中には自然にできた空洞があって、手当たり次第に魔獣を転移させれば、偶然そこに転移させて魔獣を窒息させることができます。そしてあとでこっそり掘り返して魔獣のコアを抜き取れば終わり」
「ところが転移した先がさっきの地下空洞で、魔獣はそのまま地底湖へと落下してしまった・・・」
顔を見合わせた二人が急に走り出すと、少し離れた場所に誰かが掘った穴を発見する。
「これで決まりね。地底湖にランドリザードンの死骸を送り込んだ犯人は、魔獣討伐クエストに参加した闇魔法使いの誰かということになる。でも闇魔法使いは何人もいるし、どうやって犯人を特定するか」
するとインテリとカサンドラも加わり誰が怪しいか4人で議論を始めたが、エルがそれを止めさせる。
「今の話だと誰も地底湖の存在なんか知らなかったみたいだし、わざとじゃないなら犯人捜しはしなくていいよ。そんなことより村の様子が気にならないか」
「村の様子? ・・・そうね、この前来た時より家畜たちに元気がないし、そもそも人の気配もしないわ。一体どうしたのかしら・・・」
「やっぱりか」
村の雰囲気が貧民街と重なったエルは、クエストの時にシェリアがお世話になったという酪農家の家に連れて行ってもらった。
だが家の中に入ると、家主である老夫婦はベッドの上で既に亡くなっていた。
「そんな・・・」
シェリアが力なく近づくと、冷たくなっていた老夫人の手を握りしめた。
「この二人は流行り病で亡くなったんだ」
「貧民街と同じ病気?」
「ああ。ベッドの脇に薬と水差しが置いてあるけど、二人同時に病気になったから、互いに看病することも助けを呼ぶこともできず、あっという間に」
「そっか・・・ごめんなさい、私たち冒険者のせいでこんなことに」
シェリアたちが老夫婦の冥福を祈っている間、エルは家の中を調べて桶に溜まっていた水が汚染されていることを確認する。
そして丘の上の水車小屋にも行き、そこで汲み上げた水も汚染されていたことから、地底湖の水を村の住人全員が飲んでしまった可能性も出てきた。
「よし、村人の治療をしよう。まずキャティーとカサンドラは、村を回って住民を一ヶ所に集めてくれ」
「はい、エルお嬢様」
「承知した、エル殿」
二人が走り去っていくのを確認すると、エルは次の指示を出す。
「ラヴィとインテリは、俺と一緒にあの死骸をここに運び出すぞ」
「うん、エルお姉ちゃん」
「任せてえなアニキ」
一度地底湖に戻ってランドリザードンの死骸ごと再び村に戻ると、それをシェリアのファイアーで焼却処分にした。
「これで流行り病の元凶は絶った。シェリアとラヴィはキャティーたちが集めた村人の治療をしてくれ」
「キャティーの胸の魔石を使って、私がキュアを発動させればいいのよね」
「ああ。シェリアとラヴィの魔力があれば村は安心して任せられる。それからインテリは俺と一緒に来い。ゲシェフトライヒに戻るぞ!」
「へい、アニキ!」
◇
再び修道服に着替えたエルは、インテリを連れてクリストフの元を訪れる。
すっかり夜になり、聖職者のほとんどは既に自室に戻っていたが、クリストフはまだ教会の執務室で仕事をしていた。
そこに飛び込んだエルが事の顛末を話すと、クリストフはすぐに聖職者たちを会議室に集め、彼らに次々と指示を出していく。
「まずあなたは、城門の管理者に言って地底湖の水を全て海に放出させてください」
「そしてあなたは、地底湖の水が完全に入れ替わるまで貧民街の井戸水の使用を禁止させ、代わりに水魔法で生成した綺麗な水を供給できるように、教会の態勢を整えてください」
「それからあなたは修道士と修道女を総動員して、貧民街を徹底的に消毒してください」
てきぱきと指示を出していくクリストフに感心したエルは、
「よし、俺は貧民街の住民の治療をしてやる。インテリ、今日は徹夜で頑張るぞ」
「へい!」
だがクリストフがエルを止めると、
「貧民街にいる患者は軽症者も含めて全て一ヶ所に集めますので、エルさんはそちらに向かって下さい」
「あの療養所だな、わかった!」
◇
エルが療養所に到着すると、以前とは比べ物にならないほどたくさんの患者でごった返していた。
待合室に入りきれない患者が外の仮設テントに並べられ、シスターや寄宿学校の生徒たちが病状が悪くならないように応急措置を施している。
それは待合室も同様で、より病状が重い患者をたちがここで治療を待っているため、強力な魔法が行使できるシスターや生徒たちが対応する。
「エミリーさんはここにいたんだ」
「エル君! 急に患者が増えてきて、診察室の中は大変なことになっているのよ」
「実はクリストフの指示で、貧民街にいる流行り病の患者を全員ここに集約させているんだ。これからもっと押し寄せてくるぞ」
「ええっ! そ、そんなことして大丈夫なの?」
「実はさっき、シェリアたちと一緒に病気の原因を見つけて取り除いて来た。あとは今いる患者を治すだけだから、今夜で一気に制圧するぞ!」
「シェリアちゃんと? でもエル君がそう言うなら、病気はもう安心ね。ここは私たちで何とかするから、エル君はアニーさんたちを助けてあげて」
次回もお楽しみに。
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