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第6話 パンデミック(前編)

 だがこの話はここで終わらなかった。


 落ち着きを取り戻したかに見えた流行り病は、しばらくすると貧民街で再び拡大を始めたのだ。




 アニーとサラのいるあの療養所には顔が出しづらくなったエルは、別の療養所で冒険者を相手にキュアの研鑽を続けていたが、そんなある日、寄宿学校の生徒たちから流行り病の噂を耳にした。


 心配になったエルは、今もあの療養所で奉仕活動を続けているエレノアに話を聞こうと、教室の一番前の席に座る彼女に近づく。


 だが普段エルの方からエレノアに近づくことがほとんどなかったため、それを見た令嬢たちに緊張が走りみんながヒソヒソ話を始めた。


「エレノア様の意地悪に、ついにエル様の堪忍袋の緒が切れたようですわね」


「大体エレノア様はやり過ぎなのよ。エル様がお可哀想でしたし、たまには痛い目を見ればいいのよ」


「エル様は見た目の可憐さと反対にお強そうですし、どちらのご令嬢が勝つか、見ものですわね」




 そんな周りの空気を全く気にせず、エレノアに声をかけるエル。


「よう、エレノア様!」


 一人席に座って本を読んでいたエレノアは、突然後ろから声をかけられてビクッとする。


 そして声の方を振り返えると、


「ななな何の用ですのエル様! このわたくしに文句があるなら、早く言ってごらんなさいよっ!」


 ついにエルの怒りが爆発したと思い、席から立ち上がって彼女を威嚇するエレノア。だが、


「別に文句を言いに来たんじゃねえよ。流行り病の患者がまた増えたって聞いたから確かめたくてな」


 するとエレノアは急に元気がなくなり、


「ええ。実は療養所の巫女やシスターが次々と流行り病に倒れて治療が追いつかなくなって、また患者が増えてきたんですのよ・・・って、冒険者の怪我ばかり治療しているあなたには関係のないことでしょ!」


「関係なくはないさ。それよりいつもの取り巻き連中がいないけど、今日はどうしたんだ?」


「・・・あの方たちも流行り病にかかってしまって、ここの施設でシスターに看病してもらってます」


「そうだったのか。後で見舞いでもに行ってやるか」




 午後のクリストフの特別授業が終わると、礼拝堂に併設された療養所に向かったエルは、見舞いついでに彼女たちから街の療養所の様子を聞いた。


「病気の原因はやっぱり魔素がどうたらこうたらじゃなく、バイ菌の仕業なんじゃねえのか? 巫女の奴ら平気で患者の色んなものに触れてたし、たぶんそれで染ったんだよ」


 するとなぜか一緒について来ていたクリストフが、じっと何かを考えていた後、この療養所のシスターに指示を出した。


「ここはエルさんの言う通りにしてみましょう。患者の世話をする時は吐瀉物には絶対に触れず、水は必ず煮沸して使用すること。患者の衣類も同様に処置するようにしなさい」


「承知しました、クリストフ枢機卿」


 そしてこの指示が全ての療養所に通達されると、ジル校長から全生徒に、療養所への応援が依頼された。


「スザンナとエミリーは療養所の応援に行ってくれ。俺とキャティーは貧民街の様子を見てくる。たぶん修道女たちの手が足りてないだろうからな」


「承知しましたエル様。患者の治療はわたくしたちにお任せください」


「エル君も気を付けてね」



           ◇



 病気が蔓延した貧民街は、普段にもまして陰気な雰囲気が漂っていた。


 街に人影は少なく、井戸に水を汲みに来る女性の姿をたまに見るぐらいで、他は修道女たちが家々を回って家事や看病を手伝っているか、重症化した貧民を修道士たちが療養所に運び出すのを見るぐらいだ。


 エルたちもこれまで奉仕活動をしたことのある家々を回り、身の回りの世話を始める。


「また来てくれたんだね、エルちゃん・・・」


 この盲目の老婆は、たまにエルが来るととても喜んでくれる。


 最近は自分で起き上がれるほど回復していたが、今日はまた以前のように寝たきり状態になっていた。


「婆さんかなり熱が高いな。ちょっと待ってろ、すぐに治してやる」


 エルはそう言うと簡易魔法のキュアを発動させた。


 すると老婆の熱がスーッと下がり、なんとベッドから起き上がると自分の足で立ちあがった。


「・・・身体が急に楽になって、力も湧いてきたよ。まさかこれ、エルちゃんが治してくれたのかい」


「そうだけど・・・俺のキュアがききすぎたのか」


 エルはかなりセーブして魔法を使ったつもりだったが、正式魔法の練習を毎日しているうちに、魔力自体が強くなっていたようだ。


 それに今のキュアで、老婆の身体の悪かった部分が何となくわかってしまった。


「婆さんは骨が弱くなって身体のあちこちにガタが来てたんだな。それに内臓もかなり弱ってたぞ。腹の調子も崩していたが、これは例の流行り病のせいだな」


「まさかエルちゃんが巫女様だとは思わなかったよ。そんな偉い人が私なんかの世話を・・・ありがたや、ありがたや」


「そんな大したもんじゃねえよ。それより婆さんの身体がまた悪くならねえよう、骨とか内臓を強くする飯を食わさねえとな。炊き出しの献立を考えてみるか」


「そこまでしてくれるなんて、あたしゃエルちゃんにどう感謝すれば・・・」


「礼はいらねえから、その分は神様にでも祈っとけ」


 それからキャティーと二人で部屋の掃除や洗濯などをして、いくつか気がついたことがあった。


「やっぱり井戸水の中に悪いバイ菌が潜んでいるな。だがいちいちお湯を沸かすのも面倒臭えし・・・そうだ、いいことを思いついた。おいキャティー、今から冒険者ギルドに行くぞ」



           ◇



 冒険者ギルドでクエストの受付を済ませたエルとキャティーは、療養所で顔見知りになった冒険者のオッサンたちに囲まれながら、シェリアたちが戻って来るのを待っていた。


 やがてシェリアたちがギルドに戻って来ると、


「あれ? エルとキャティーじゃない、珍しいわね。まだ日も高いし今からもう一回クエストに行こっか」


「いいけど、今日はクエストの依頼に来たんだ」


「ええっ! エルがクエストの依頼って、ねえどんなの、どんなの?」


 早速シェリアが食いつき、インテリとカサンドラ、ラヴィの3人も興味深そうにエルを取り囲んだ。


「貧民街で流行り病が蔓延しているんだが、これを俺たちの力で何とかしたい」


「ふーん、でも流行り病の治療なんか、冒険者のやる仕事じゃないでしょ」


「普通はそうなんだが、修道院の療養所が機能してなくて患者が溢れかえっているんだよ。放っておくと街全体に病気が広がって大変なことになっちまうぞ」


「それはそうだけど、私たちに何ができるのよ」


「俺の調べたところだと、何らかの理由で貧民街の井戸水が汚れていて、それを飲んだり、掃除洗濯しているのが病気の原因なんだ」


「それで?」


「まずは井戸水を汚している原因を探り当てる。それを取り除いたら、次は水をきれいにする。井戸水をまとめて沸騰させるために、シェリアのエクスプロージョンが必要になるかもな」


「そういうことね。じゃあ井戸の調査に行くわよ!」



           ◇



 冒険者装備に着替えたエルとキャティーはシェリアたちを連れて再び貧民街へと戻って来た。


 ちなみにエルはいつものオリハルコン合金の赤い防具で、キャティーは動きやすくて軽い皮の防具だ。


 カサンドラは剣士がすっかり定着して、騎士装備はやめて動きやすい防具を身に付けており、ラヴィはシェリアとお揃いの魔法使い装束を着ている。


 そんな獄炎の総番長が貧民街に到着すると、エルが井戸の一つを指さしてみんなに尋ねる


「この井戸なんだけど、ここの水ってどこから流れてくるんだろう」


 するとインテリが、


「井戸水は普通、地下に流れる水脈からとってるんですわ。だからその水源を辿るとええ思いますけど」


「なるほどな。それでその水源はどこにあるんだよ」


「ここは港町で、近くに大きな川も流れてますから、多分そことちゃいますか」


「川か。早速行ってみるぞ」



           ◇



「随分と大きな川だな。この水が貧民街の井戸につながってるのか」


「うーん・・・よう考えたら、流行り病はまだ貧民街だけやっちゅう話ですし、アニキの言う通り井戸水が原因なら、街全体は川の水を使ってるけど、貧民街だけは違う水源ということも考えられますわ」


「つまりこの川は関係ないということか。だとすればどこを探せばいい」


「さあワイにもさっぱり」


「エル、こうなったら街の周囲を徹底的に調べて、この川以外の水源がないか探しましょう」


「だなシェリア。行ってみるか」




           ◇




 ゲシェフトライヒの城壁沿いをぐるっと歩いて回ったエルたちは、周囲を取り囲む堀に水を流し込むための水路があるのを見つけた。


「この辺りの城壁の内側はちょうど貧民街よね。もしかするとそこの井戸ってあまり深く掘られてなくて、このお堀の水を引っ張っちゃってるのかも」


「どういうことだシェリア」


「つまり、街全体は井戸がちゃんとしてて、豊富な川の水を利用できているけど、貧民街はそこがいい加減で、お堀の水が流れ込んでいるのよ」


「なるほど。でもざっと見た感じ堀には異常がなかったし、何か原因があるとすればこの水路の先か」


「そういうこと。この地下水路に入ってみましょう」


 エルたちはギルドに戻って小舟を借りると、それを堀に浮かべて乗り込み、水路を上流へと辿った。


 エルが舟の先頭に乗って【簡易魔法ライトニング】を使って水路を照らし、カサンドラとシェリアの二人が舟を漕いで奥へと進む。


 狭くて暗い水路を進むと、シェリアが呟いた。


「・・・くんくん、何か匂うわね」


「俺じゃないぞシェリア。インテリじゃねえのか」


「こんな所でオナラの話なんかしないわよ! 空気が淀んで来たわねって言いたかったの!」


「くんくん・・・確かに匂うな。水が腐ってるのか」


「やっぱりこの奥が怪しいわね。急ぎましょう」


 さらに舟を進めると、水路はやがて広い地下空洞へとたどり着いた。


 そこはちょっとした地底湖になっていて、周りの地下水がここで一度溜まるようになっている。


「アニキ、この地底湖は堀の水位をコントロールするために作られたもんですわ。水路への出口が弁みたいになってまっせ」


「つまりダムみたいなものか・・・それにしても酷い匂いだな。原因を探そう」


 地下空洞の空気は腐敗臭で淀んでおり、全員が臭そうに鼻をつまむんでいる。


 インテリはシェリアに声をかける。


「ガスが溜まってるから、シェリアはんは絶対に魔法禁止やで。大爆発で全員あの世行きでっさかい」


「そ、そうね。気を付けるわ」


 そして地底湖の中を舟で周回すると、ついに匂いの発生原因が見つかった。


 それは腐敗した魔獣の死体だった。

 次回もお楽しみに。


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