第5話 療養所の奉仕活動(後編)
診察室に修道士たちが入って来ると、修道女やシスターたちと協力して患者を外に運び出し、流行り病の患者を中に入れた。
その患者たちはみんな高熱にうなされ、意識が朦朧として自分で起き上がることも話すこともできない。
そして教会から派遣されたという巫女たちが診察スペースに座ると、さっきまで治療をしていたシスターがそのサポートに回る。
エルとキャティーも巫女の一人に席を譲ると、彼女は早速、患者の治療を始めた。
巫女の使うキュアはエルが授業で習ったのと同じものだが、その魔法の強さは他のシスターたちと比べてもレベルが一段高かった。
彼女の青いオーラが胸のロザリオに吸収されると、それが白いオーラに変換されてキュアの癒しの光へと変わり、患者の全身を優しく包み込む。
するとさっきまで苦しそうにしていた患者の容体が落ち着きを取り戻し、少しホッとした巫女はサポート役のエルとキャティーに指示を出した。
「ほらそこの二人、ぼーっとしてないで早く患者の世話を始めなさい」
周りを見るとみんな忙しそうに働いており、エルたちも患者の汗や汚れを布で拭き取ると、嘔吐で汚れた服を別のものと取り替える。
「キャティー、患者が吐いたものに触れないようにしろよ。病気がうつるからな」
「え、そうなのですか?!」
「病気というのはバイ菌が悪さをしてかかるものなんだ。だから貧民街で病気が流行った時は、家族にうつらないよう井戸水を沸かして使うようにしてた」
だがそれを聞いた巫女は、
「何を言っているのあなた。人が病気になるのは魔素の暴走が原因なのよ。それを中和するためにキュアを使って治療をするの。寄宿学校で教わったでしょ」
「そうなのか?」
「もうっ! 知らないなら無駄口なんか叩かないで、そんなの気にせず患者の服を取り替えなさい!」
巫女に怒られたエルだったが、キャティーには嘔吐に気を付けさせながら手早く着替えを済ませた。
そんな野戦病院さながらの療養所だったが、治療に当たる巫女の姿はまさに壮観だった。
「さっきのシスターは一軍ではなく二軍のようだな。この巫女たちこそ真の一軍、レベルが一段上だ」
そんな中にあって、スザンナとエレノアの二人は巫女たちと同じように治療を続けている。
「この二人はやはり別格か。本職の巫女たちと比べると見劣りするが、一軍に帯同できるレベルではある」
そんな一軍の巫女たちをもってしても、やはり流行り病の治療は難しいらしく、その豊富な魔力も徐々に底を尽きてきた。
それはエレノアも同じで、
「流行り病でこんなにたくさんの患者が出るなんて、わたくし聞いてませんわっ! 巫女たちですら治療に手が回らないのに、これではわたくし寄宿舎に戻るに戻れないじゃありませんの、もうっ!」
そう言って愚痴をこぼすエレノアだったが、取り巻きたちに文句を言ったりエルに嫌みを言いながらも、彼女は彼女なりに必死に患者を治療している。
そんなエレノアに感心したエルは、
「おいエレノア様」
「何よ、エル様」
「お前貴族令嬢なのに、必死に貧民の病気を治そうとして、案外いいヤツだな」
するとエレノアは顔を真っ赤にして怒り出した。
「なっ、ななな何を言ってるのですかこんな時に! エル様なんかに褒められる筋合いなどございません。それにそんなくだらないことを言ってる暇があったらその豊富な光の魔力でこの場を何とかなさいっ!」
「お、おう、すまん・・・じゃあ俺もそろそろ本気を出すか。まあ見ててくれエレノア様」
エルが腕まくりをして、簡易魔法の封印を解こうとしたその時、新たな巫女たちが応援に駆けつけた。
診察室にドカドカと入ってきた巫女たちに指示を出しているのは、小柄で安産型の大きな尻を持つ修道女だった。
「さあ次はこの療養所だよ。私たちの魔力で流行り病を制圧してやろうじゃないか!」
ハリのある声で巫女たちに発破をかける彼女に、エルは思わず声をかけた。
「アニーじゃないか! お前も療養所の奉仕活動をしていたのかよ」
するとエルに気づいたアニーも驚いた様子で、
「おやまあ、エルちゃんも来てたのかい。だったらもうここは安心だね! みんな聞いとくれ、この療養所にはエルちゃんという心強い味方がいるから、大船に乗ったつもりで全ての魔力をぶつけてしまいなっ!」
「「「はいっ、アニー巫女長!」」」
「み、巫女長!? ・・・アニーはいつの間に」
アニーの勇姿に戸惑うエルに、この療養所のリーダーのシスター・ビエラがため息をついた。
「あなたはアニー巫女長の知り合いらしいけど、彼女の実力もご存知ないのかしら?」
「アニーの実力だと?」
「ほらご覧なさい、魔力を使い果たした巫女たちと入れ替わって治療を始めた彼女たちを。あれは最近結成された選抜チーム、アニー巫女隊よ」
「アニー巫女隊・・・そんなものまであるのかよ」
確かに彼女たちは、今までで見た中でも特に強力なキュアを発動し、すぐに患者の容態の落ち着かせると次の患者をどんどん受け入れていく。
そんな巫女の選抜チームの中でも最年長の肝っ玉母さんアニーが、衝撃のパフォーマンスを見せた。
彼女はその強力な魔力もさることながら、キュアの質が他の巫女と一線を画していて、どちらかと言うとエルの簡易魔法に近かった。
目に見える癒しの効果だけでなく、病気の根源そのものを退治しているように、エルは感じとった。
そんな彼女は診察室全体にも目を配り、魔力が枯渇して治療の手の止まった巫女を休ませて別の巫女と入れ替えるなど、縦横無尽に巫女を動かしどんどん患者をさばいて行った。
「すげえなアニー・・・ここまで来るともう常勝球団の選手兼任監督だよ」
開いた口がふさがらなくなったエルにビエラは、
「これでアニー巫女長の実力がわかったでしょ。彼女は元農婦でありながらも、ある日神の祝福を受けて、純潔の身体と強力なキュアを授かったそうです」
「えっ! 神の祝福ってそんな話になってるのかよ」
エルの知らないところで、アニーの話に変な尾ひれがついてしまっていたが、エルの衝撃はそれだけでは終わらなかった。
さらに大量に運び込まれた患者と共に現れたのは、あのサラだった。
アニーの指示で修道士たちが広い診察スペースを用意すると、そこに並べられた10人の患者を、サラは全員まとめて治療を始めた。
【光属性魔法・キュア】
エル同様に光のオーラが荘厳な響きを奏でると、清らかな癒しの光が天から降り注ぎ、息も絶え絶えだった重症患者が安らかな寝息をかき始めた。
ビエラは少し興奮気味にサラを称え、
「さすが聖女候補の巫女サラね。あなたもあのサラと同等の魔力を持っているのに、どうしてあのような治療ができないのかしら。本当に勿体ないわね・・・」
「いやもう何かスマン・・・とてつもなく申し訳ない気分になってきた」
エルは、正式魔法にこだわっていた自分が急に後ろめたくなり、だがアニーとサラの登場で今さら簡易魔法を使う感じでもなくなってしまった。
そんな二人の大活躍で患者が次々と治療されていくと、戦場のような緊張感が走っていた診察室の空気がウソのように落ち着きを取り戻し、元いたシスターたちの表情にも笑顔が戻っていた。
「わたくしたちの出番はなくなったみたいですわね」
ホッとした表情のエレノアが、エルに話しかける。
「そうだな。あの二人の活躍で流行り病は何とかなりそうだぜ」
「ですが結局、エル様は何の役にも立ちませんでしたけどね。オーッホホホホ!」
落ち着きを取り戻しすぎて、再びエルへと対抗心を燃し始めるエレノアだったが、彼女がそれほど悪い人間ではないことが分かったエルはニッコリ微笑んで、
「そうだなエレノア様。じゃあ俺は邪魔になるから、そろそろ帰らせてもらうよ。流行り病が落ち着いたらまた手伝いに来るよ、ビエラ」
するとビエラも腰に手を当ててエルを見送る。
「ええ、お待ちしてますわエルさん。ただしあなたの場合は、ちゃんと授業を受けてその魔力に応じたキュアが使えるようになるのが先決ですけどね」
「違げえねえ」
頭をかきながらエルはビエラに別れを告げると、キャティーたち3人を連れて一足先に療養所を後にすることにした。
だがその時、治療に集中していたサラの視線が診察室を出ようとするエルの姿を捉えた。
「エル様っ!」
サラが治療の手を止めて全力でエルの元に駆け寄ると、その足下で見事な土下座を披露した。
「救世主エル様がいらしていたのに、今まで気づかずご挨拶もできずに申し訳ございませんでしたっ!」
「い、いらないよ挨拶なんか・・・。それより大活躍だったじゃないかサラ!」
「めめめめ滅相もありませんっ! サラはエル様から頂いたこの奇跡の力を、エル様の代わりに使っているに過ぎません。つまり患者を治療したのは全てエル様なのでございます!」
「何を言ってるんだよサラ。俺は何もしてないし」
「それはエル様が偉大な存在だからで、全てはしもべであるこのサラめにお任せください!」
「うわあ・・・この悪の組織みたいな感じが全然治ってなかった。おいアニー、サラを何とかしてくれ!」
すると忙しそうに巫女たちを指揮していたアニーが大声を張り上げてサラを叱った。
「もういい加減にしな、サラ! それ以上エルちゃんを困らせたら、しもべをクビにされちまうよ」
「ええっ! サラがしもべをクビに・・・そんなことになったらサラはもう生きていけない・・・」
「だったら早く持ち場に戻って、患者の治療に精を出しなよ」
「そ、そうします・・・では救世主エル様、サラめはこれにて」
「お、おう・・・しっかり頑張れよ」
サラが全速力で持ち場に戻り、再び光のオーラを響かせると、呆然とエルを見つめるエレノアたちをその場に残して、エルは逃げるように療養所を後にした。
次回もお楽しみに。
このエピソードを気に入ってくださった方はブックマーク登録や評価、感想、いいねなど何かいただけると筆者の参考と励みになります!
よろしくお願いします。