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第5話 療養所の奉仕活動(前編)

 週末。


 寄宿学校が休みの日はみんなとクエストをする予定のエルだったが、アメリア姫の捜索のためにこの日は適当な理由をつけて休むと、ギルドの転移陣を使って一人領都デルンまで飛んだ。


 かなりの長距離移動となったため、エルの魔力をもってしても数回に分けての転移となり、週末を全てデルンとの往復で使いきることとなった。


 そんなエルは転移酔いの身体に鞭打ちながら、奴隷商会アバターのオーナーに会いに行くと、アメリア姫の外見や性格を伝えた。


「かしこまりましたエル様。そのような奴隷を見つければ言い値で買い取ればいいのですね」


「ああ、金に糸目はつけない。それにどんな瀕死の状態でもこの俺が治すから、必ず手に入れてくれ」


 そしてデニーロ商会の大奥様にも会いに行き、商人ネットワークで情報を集めてもらえるよう依頼した。


「アメリア姫の情報は奴隷商会アバターに連絡すればよろしいのですね、承知いたしました。我がデニーロ商会はエル皇女殿下の御用商人として、どんなご要望にでもお応え致します」


 こうして無事に用事を済ませたエルは、あとは果報は寝て待てとばかりに、寄宿舎に帰ったとたん泥のように眠った。



           ◇



 その翌日、午前の授業を終えてラウンジで昼食を食べていたエルたちのテーブルに、取り巻きを連れたエレノアが珍しくやってきた。


「お久しぶりですわね、エル様」


「エレノア様か。俺に何の用だ」


「本日の魔法の授業を拝見させていただきましたが、随分と魔法が上達されていて驚きましたわ」


「俺のキュアのことか? 何とかキャティーには追いついたが、全く褒められる代物ではないと思うが」


「ご謙遜を。前は全く発動していませんでしたので、それを考えれば格段の進歩がございましてよ」


「そうか。いや、ここまで来るのに相当苦労したぜ。呪文は長くて覚えるのが大変だし、魔力を振り絞っても威力は大したことないし、心が折れそうだったよ」


「ですがついにキュアを獲得されたエル様にぴったりの奉仕活動を、わたくしが紹介したいと存じます」


「奉仕活動か・・・何をやるんだ?」


「療養所のお手伝いです。ここゲシェフトライヒには教会が経営する療養所がいくつもございます。ですがどこも人手不足でわたくしたち寄宿学校の生徒が応援に行くと、とても喜ばれるのです」


「へえ、そんな奉仕活動があったとは知らなかった。じゃあ俺たちも手伝いに行ってやるか」


「では、わたくしがご案内させていただきますわね」


 エルが快く了承すると、エレノアは取り巻きたちと顔を見合わせて、ニヤリとほくそ笑んだ。




           ◇




 エルたちがやって来たのは、街の郊外にある大きな療養所だった。


 ここは貧民のため施設なのだが、流行病で街が病人で溢れかえったり、瀕死の重傷などの緊急の場合にはどんな患者でも受け入れている。


 しかも修道女の奉仕活動なので患者は治療費を払わなくてもよく、神への祈りと心ばかりのお布施だけで済むので、常に患者で満員だった。


 そんな療養所で治療を行うのは医師ではなく魔力を持つシスターや巫女たち。そして魔力を持たない修道女たちも看護師として忙しそうに駆けまわっている。


「さあエル様、わたくしたちも魔法で治療のお手伝いをいたしましょう」


「了解した。待合室で待っている患者たちをこの診察室で治せばいいんだな」




 診察室は、体育館のように広い大部屋だ。


 そこに数10か所の診療スペースがずらっと並んでいて、ここのリーダーの中年女性がエルたちのために1人1ヶ所ずつスペースを用意してくれた。


 この女性はビエラという40代の元貴族で、エレノアから聞いた話では、権力闘争に負けて家門が潰され夫が処刑された際に平民に落とされ、この修道院に引き取られたらしい。


 そもそもシスターになれる女性は、ほぼ全員が貴族出身なので、彼女たちを統率できるビエラはそれだけ高い身分と魔力の持ち主だということだ。


「あなたにはこの患者を診ていただきます」


 そんな彼女がエルの所に連れてきたのは、腕に重傷を負った30代ぐらいの大柄の冒険者だ。


 獰猛な魔獣に引き裂かれたのか、血まみれの状態で辛そうに診療室に入ってきた。


「あ痛てててて・・・下手打っちまったぜ。すまんが治してくれや姉ちゃん」


「随分派手にやられちまったな。まあ俺に任せとけ」


 この療養所では全員が【キュア】で治療を行うが、魔法が効きにくい病気の治療と違い、怪我の方が目に見えた効果がある。


 エルは早速長い呪文を唱え始め、魔力を高めて意識を集中する。すると身体の底から光のオーラが湧き出してエルの身体が純白の光を放つ。



 オオオオオオオオオオオ・・・・・・



 オーラが重低音の荘厳な響きを奏で始め、ビエラが目を見開いてその異常な光景に息を飲んだ。


「この魔力は一体・・・」


 それは診察に当たっていた他のシスターも同様で、全員がエルに注目し、その患者までもがこれから起こる奇跡を固唾を飲んで見守った。


 診察室の喧騒がかき消され、その一瞬の静寂の中、エルのその言葉が鳴り響いた。


【光属性魔法・キュア】


 途端、まばゆい閃光が辺りを包み込むと、冒険者の右腕に癒しの光が降り注ぐ。


 柔らかなそのキュアの光が魔獣の爪で引き裂かれた痛々しい腕を慈しむと、・・・ほんのちょっぴりだけ傷が回復した。


「ふう・・・うまく行ったぜ! やっぱり俺は授業より本番で力を発揮するタイプだな」



「「「ズコーーーーッ!」」」



 どんな奇跡が起こるのか、最早期待しかなかったシスターや患者たちは、そのあまりにショボいキュアに拍子抜けしてしまった。


 もちろんビエラもとてもガッカリした様子で、生真面目な性格なのか、教師のようにエルを叱り始めた。


「何ですか今のキュアは! ここは寄宿学校ではなく療養所です。ふざけるのなら出ていってください」


「いや、別にふざけてる訳じゃないが・・・」


「ではあれだけの魔力を放ちながら、なぜこの程度しか傷が治らないのですか!」


「いや、これでも授業の時よりは上手く行ったんだ。やっぱりこの程度じゃ役に立たないか?」


「治療の程度ではなく、そのふざけた態度が問題なのです。これは信徒たちへの奉仕活動で、神に祈りを捧げながら真剣に行わなければなりません」


 怒り心頭のビエラに、後ろでその様子を見守っていたエレノアが、クスクス笑いながら話しかけた。


「ビエラさん、エル様がおっしゃっていることは本当で、この子は授業でも全く魔法が使えないのです」


「まさか・・・本当なのですかエレノア様」


「わたくしの見る限り、今回が一番よくできました」

 

「あれでですか? だってこの子は光属性の適性が強く、しかもあれだけの魔力の持ち主。それこそ、この療養所でトップクラスの治癒力を発揮してもおかしくないのに」


「ですがこれがエル様の実力。そんな彼女をここに連れて来てしまったのはわたくしの落ち度ですし、その患者はわたくしが治して差し上げますわ。オホホホ」


 エレノアはそう言うと、エルを退かせて代わりに席に座り、冒険者にキュアをかけた。


 するとあれだけ酷かった腕の傷が立ち所に消え、男は腕を振り回して完治したことを喜んだ。


「ありがとうな美人の修道女さんよ。こっちの姉ちゃんは魔法は向いてなさそうだが、まあ気にするな」


 冒険者が去っていくと、取り巻きたちがエレノアを取り囲んで誉め称えた。


「エレノア様の魔法はいつ見ても惚れ惚れしますわ」


「さすがランドン大公家にお腰入れが決まっている公爵令嬢は格が違いますわね」


「それに比べあの子のみすぼらしいこと。オホホホ」



           ◇



 失格の烙印を押されてビエラから診察スペースを取り上げられてしまったエルに、憤慨したエミリーとスザンナが耳打ちをする。


「ねえエル君、私ももう我慢の限界だしエル君の実力をみんなに見せつけて上げたらいいのよ!」


「エル様の方針に従い、これまであまり口出ししませんでしたが、あのような無礼者たちにはアスター大公家の名前を出してもいいような気がしてきました」


 だがエルは首を横に振ると、


「いや、俺は番長だから、男らしく正々堂々とやる。俺はキャティーと二人で治療を続けるから、お前たち二人も俺に気にせずやってくれ」


 そう言って不満そうな二人を追い返すと、キャティーの席の後ろに立って、彼女の手伝いに回った。 


「私はエルお嬢様の可愛いキュアが見たかったので、ちょっと残念です」


「そうか。でもなキャティー、最近気づいたんだが、あのキュアは授業で教わるものと何か違う気がする。だから本当に必要な時以外は封印して正式魔法をしっかり身に付けるつもりだ」


「そういうことでしたら了解です。では二人で治療を頑張りましょう!」


「おうよ!」





 エルとキャティーは交互で魔法を発動させ、二人でようやく一人分の役割を果たした。そんなエルは、キャティーが魔法を使っている間、周りのみんなの様子をじっくりと観察する。


 ここのシスターたちは手慣れた手付きで次から次へと患者を治療していき、その様子は最早職人芸だ。


 それに比べて寄宿学校の生徒はレベルが低く、エレノアの取り巻きたちやエミリーは、四苦八苦しながら患者を治療している。


「シスターが一軍だとすると、エミリーたちはまだまだ二軍だな。俺とキャティーは草野球レベルだが」


 一方、スザンナとエレノアの二人は頭一つ分抜きん出て優秀で、ここのシスターと比べても何の遜色もないレベルだった。


「さすがスザンナ、ウチの母ちゃんの傷を綺麗に治してくれただけのことはある。それにエレノア様も俺と同じ歳でしかも土属性なのに本当にすげえな。この二人は間違いなく一軍レギュラークラスだよ」




 さらにしばらく治療を続けていると、突然待合室の方で騒ぎ声が聞こえてきた。


「何かあったのかな?」


 ビエラが確認をしに待合室に向かうと、だがすぐに診察室に引き返して来て全員に伝えた。


「皆さん大変です! 別の療養所から流行り病の患者が大量に送られて来ました」


「「「ええっ! は、流行り病・・・」」」


 診察室に緊張が走ると、ビエラがシスターたちに指示を出した。


「貧民街で患者が大量に発生したようで、教会がこの療養所に巫女たちを派遣してくれました。みんなは今いる患者たちを別の建物に移動させた後、巫女たちのサポートに回って下さい」


「「「はいっ! シスタービエラ!」」」

 次回もお楽しみに。


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