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第7話 妖精の祝福(前編)

 エミリーがクエストの説明を始める。


「ここデルンには古い言い伝えがあって、北の街はずれにある遺跡の地下深く、「妖精の泉」と呼ばれる場所に「ハーピー」が住むと言われ、彼女たちの祝福を受けると何でも一つだけ望みがかなえられるのよ」


「その話は俺も聞いたことがある。たしか子供の頃に母ちゃんから聞いたおとぎ話だ」


「そうね。ある人は一生使いきれない大金を得たり、またある人は新しい国を作って王様になったり、美女を集めてハーレムを作った人もいたと聞くわ」


「まさか今からやるクエストって、ハーピーを探しに行くのか?」


「そうよ。でも、おとぎ話にちなんだ初心者用のクエストだから本当に妖精を探す訳じゃないけどね。実際に妖精を見つけた冒険者は一人もいないし」


「さすがにそんなうまい話があるわけないか」


「うふふっ。でもその遺跡の地下にはちゃんと泉もあるし、その祭壇には強い魔力が満ちているの。ひょっとしたらすごい秘宝が眠っているかも知れないわよ」


「面白い! そのクエストに挑戦してみてもいいか」


「もちろんよ。まだ時間もあるし今から挑戦する?」


「今からできるのか。ようし一丁やってみるか!」


「じゃあクリアー報酬の説明をするわね。このクエストは参加するだけでなんと10Gがもらえるの」


「10Gも! じゃあこれを200回こなせば一気に」


「残念でした。これって新人冒険者が1回だけ挑戦することができるクエストで、この冒険に必要なアイテムをウチのギルドから購入してもらう決まりだから、差し引きしてゼロになる計算よ」


「つまりこのクエストは、初心者向けの練習を兼ねているということだな」


「どこのギルドでも行われている「チュートリアル」っていうのよ。報酬はゼロでもクエスト中に手に入れたものは全て冒険者の物になるし、それを持ち帰ってギルドで換金すればそれなりの収入になる」


「知ってる。裏口のカウンターに野獣を持ち込むと、肉と臓器に解体してくれて、部位ごとに買い取ってくれるんだろ。奴隷の子供の大事な収入源だ」


「ええ。それ以外にも壊れた武器や防具を回収してくれば、ギルドが買い取るわよ」


「そしてナギ爺さんの工房で修理した後、中古品として売るんだろ。俺がやってた仕事だ」


「ベテランのエル君には必要のない説明だったわね。じゃあクエスト報酬を先に現物で渡すわね」


 そう言ってエミリーが手渡してくれたのは、ポーションと傷薬、ロープ、ナイフ、ランプと油ビン、火打石。それらが1つずつ入った大きな荷物袋だ。


 ずっしりと重い荷物を抱えたエルは、自分が本当に冒険者になったことを実感した。


「じゃあ行ってくるよ、エミリーさん」


「ええ。頑張ってねエル君!」






 その遺跡はデルンの街の北の端にあり、エルも初めて来る場所だった。


 広大な荒れ地の真ん中にひっそりとたたずむ遺跡に人影はなく、その入り口だけが不気味に口を開けていた。中には魔物や害獣が巣を作っていて、冒険者以外にここを訪れる者は誰もいない。


 だがエルは意気揚々と遺跡の中に足を踏み入れると、人っ子一人いない石の回廊をどんどん奥へと進んで行く。やがて地下へ降りる階段に差し掛かると、下から冷たい風が吹いてきた。


 エルは階段の先がどうなっているか覗き込んだが、中は暗闇になっていて何も見えない。そこで荷物袋からランプを取り出して、貴重な油がこぼれないように注ぐと、火打石で手早くランプを灯した。


「このランプはかなりの高級品だな。なかなか火のつかないウチの古いランプとは大違いだ」


 ランプで照らされた階段を慎重に下りていくエル。金属製の具足が「カツンカツン」と音を鳴らす。靴底の革が少しすり減っていたらしく、金属と石畳が当たって音が大きく反響する。


「クエストから戻ったらナギ爺さんの所に行って靴底の手入れでもするか。ちょっとした足音でも獲物ならすぐ逃げていくし、魔物は襲ってくるに違いない」


 階段を降りきるとそこは地下回廊になっていて、所々で崩れた壁が瓦礫となってエルの行く手を遮る。


 エルはランプの光を頼りに、瓦礫の上を乗り越えたり下をくぐって進んでいくが、小柄で身軽だった桜井正義の頃の感覚が邪魔をしているのか、途中何度も頭をぶつけたり、楽勝と思っていた隙間に身体がつっかえて身動きが取れなくなったりと散々だった。


「言葉に出すのも屈辱だが、俺の胸と尻は無駄に大きすぎる。女の身体って本当に冒険に向いてないな」


 もともと女であることに違和感を持っていたエルは桜井正義としての記憶が戻った昨夜以来、女の身体である自分に相当な屈辱を感じていたのだ。


 だが、真の男は愚痴など言わない。


 だからずっと何も言わずに我慢していたのだが、一人になって少し気持ちが緩んだのか、思わず愚痴がこぼれてしまった。


 エルは、瓦礫に挟まった大きな尻を半分ヤケクソになって強引に引き抜くと、大きなため息をついた。


 女の身体に苦労しながらもどうにか瓦礫のエリアを抜けると、いつしか石畳が途切れて洞窟の岩肌が目立つようになり、何か生き物が生息しているような生臭い匂いが漂ってきた。


「いよいよ魔物の巣に入ったようだ。ここからがクエストの本番か」


 そう思った矢先、何かがこちらに近づいて来る気配がした。エルは前方をランプで照らすが、この時点ではそれが何なのかまだ見えない。


 エルはランプを足元に置くと、剣を鞘から抜いて真っすぐに構える。


 重騎士のような外見ながら素早く動けるこの防具の特性を活かすなら、盾を持たずに両手剣で戦うのがベストであり、その何かが襲い掛かってきた瞬間エルはタイミングを合わせて剣を振り抜いた。


「よしっ!」


 ケンカならお手の物のエルの剣は、その何かに見事命中した。だが一刀両断にしたはずが思ったほど手ごたえを感じられず、その何かは勢いそのままにエルの腹部めがけてぶつかって来た。


「ぐふっ・・・」


 剣が当たった時は「水を斬る」ような感触だったが、それが鎧にぶつかった時は中型の獣に体当たりされたようなズシリとした衝撃だった。


 だが足元のランプの光がその何かを一瞬照らし出すと、エルはその正体を理解した。


「スライムか。しかもかなり大きい」


 スライムは鎧にまとわりつくと「捕食」をしようと消化液を大量に分泌し始めたが、魔金属製の鎧には全く歯が立たないことが分かると、ズルズルと足元に降りて来てここから逃げ出そうとした。


 だがエルはそんなスライムの「核」を素早く見定めると、剣を鋭く突きさした。


 核を破壊されたスライムは形状を保てなくなり、水たまりのように地面に広がっていった。そして剣先にはスライムの核だけが残り、エルはそれを丁寧に引き抜くと大切に袋にしまった。


 スライムの核は薬の材料にも使われており、ギルドで換金することができるのだ。


 ランプを拾い上げると、エルは地下洞窟をさらに奥へと進んでいく。


 途中何度もスライムが襲ってきたり、吸血こうもりの群れや大ネズミなどの害獣も襲ってきたが、エルにとって敵ではなく、それらを全て倒すとその場で解体して換金できる部分だけを荷物袋に放り込んでいく。


「子供の頃のギルドの下働きがまさかこんな形で役に立つとはな」


 魔物や害獣を倒す度に少しずつ重くなっていく荷物袋に喜びを感じながら、エルはついに「妖精の泉」にたどり着いた。





 そこは広い空洞になっていて、奥に向かって泉が広がっている。その中央には不思議な雰囲気のする石の祭壇があってその周りがぼんやりと光っている。


「あの光が魔力なのか」


 エルは魔力を感じたことがないし、それが何なのかも知らない。だがエミリーがそう説明したのだから、きっとあれが魔力なのだろう。そう思ったエルは祭壇へと近づくため泉の中にゆっくりと足を踏み入れた。


 最初は何てことなかった泉の水深も奥へ進むほどに深くなっていき、水が腰の辺りまで来ると鎧の隙間から水が入って来た。


 このまま深くなると鎧を脱がないと一歩も進めなくなる気もしたが、エルは迷うことなくどんどん祭壇へ近づいていき、祭壇がハッキリと見える場所までたどり着いた。


 するとぼんやりと光って見えていたものが突然動きだし、小さな光が祭壇の周りを飛び交い始めたのだ。


「何だろう、あれ」


 水深が徐々に浅くなり、祭壇のすぐ近くまでたどり着いたエルは、そこでようやく光の正体に気づく。


「・・・背中に羽の生えた小人? あれって妖精ハーピーじゃないのか。おとぎ話は本当だったんだ!」


 驚いたエルが思わずそう呟くと、それに気づいたハーピーたちが彼女のそばにやって来て、ダンスを踊るように周りを飛び交った。


 ピンクや水色、黄色など七色の光をまとったハーピーたちが、クスクス笑いながら口々にこう言った。



「異性の愛を手に入れたいなら、私を選びなさい」


 ピンクのハーピーがそう言って宙を舞うと、



「王様になって威張りたいなら、私を選びなさい」


 水色のハーピーが笑いながらエルの頬に口づけた。



「大金持ちになりたいのなら、この私を選ぶことね」


 黄色のハーピーがエルの鼻先をツンツンとつついて人懐っこそうな笑みを浮かべると、その後も緑や橙、青や紫など虹色のハーピーたちが自分を連れて行くようエルを誘惑した。



「永遠の若さに、健康な身体、子孫の繁栄にこの世の真理。どうやら全ての欲望がここに揃っているみたいだが、どれも男の生き様からは遠い気がする」


 エルはため息を一つつくと、家族を奴隷から解放するために必要な2000Gだけ得ようと黄色いハーピーに目を向けた。


 すると彼女はニッコリほほ笑むと、


「ウフフッ、あなたが望むならいくらでも黄金を出してあげる。さあ欲しい金額を言ってごらんなさい」


「そうか、じゃあ・・・」


 エルが金額を言おうとしたその時、祭壇の陰で膝を抱えてうずくまる一羽のハーピーを見つけた。


「あれ? アイツだけ元気がないな」


 他のハーピーと違って光ったり宙を舞ったりするわけでもなく、三角座りで寂しそうに俯いている。エルはそれが気になって他のハーピーたちに尋ねる。


 すると、


「あの子は魔力がなくて、人間の望みをかなえることができないのよ」


「それにあの子は男なのよ。妖精なのに変な子ね」


「あんな出来損ないなんかどうでもいいでしょ。それより早く金額を言いなさい」


 ハーピーたちは口々に一人ぼっちのハーピーの悪口を言い始めた。エルにはそれが気に入らず、彼女たちを無視すると祭壇に近付いた。


「おいお前。もしよければ俺と一緒に来るか?」


 エルがそう尋ねると、その妖精は驚いたように顔を上げてエルの方を見た。だがその妖精の姿に、今度はエルが言葉を失ってしまった。





「まさか・・・そんなバカな」

 次回「妖精の祝福(後編)」。お楽しみに。


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