第4話 貴公子の悩み
放課後毎日1時間程度、クリストフによる特別授業が開かれることになり、クラスの大半がエルと一緒に授業に参加した。
人数が多いため、小礼拝堂の一つを使って講義が行われたが、エルに合わせた簡単な内容にもかかわらず部屋はいつも満席だった。
「僕たちが信仰しているのは『シリウス教』で、シリウス神がその信仰の対象です」
「『魔力』は人の世界に顕現した神の奇跡であり、それを行使できる神の代理人を『貴族』と呼びます」
「貴族には魔力で世界を豊かにする義務があるとシリウス教では教えています」
「細かい話は色々ありますが簡単に言えば以上です」
「なるほど、クリストフの話は分かりやすいな。もう完璧に理解できたぜ」
「それは良かったです。この聖書には面白いエピソードがたくさん載っていますので、ゆっくり読み進めてみるといいですよ」
「かなり分厚そうだが、そのうち読んでおくよ」
クリストフの講義は10分程度と短く、童話のようなエピソードを中心に話してくれるので、エルは全く飽きなかった。
そして残り50分は質問時間にあてられたが、そこでは令嬢たちが思う存分、クリストフとの会話を楽しんでいた。
◇
そんな日々が1週間も過ぎると寄宿学校の雰囲気はすっかり変わってしまい、みんながエルに気軽に話しかけるようになっていた。
逆にエレノアのグループが孤立気味になり、それを不審に思ったエレノアが取り巻きに理由を探らせた。
理由はすぐに分かったものの、取り巻きたちが困った表情でエレノアに報告する。
「クリストフ様があの子のための特別授業を開いているそうで、それを誰でも受けられるようにしたから、みんなあの子に懐いているようです」
「なぜ枢機卿は、あの子を特別扱いするのですか」
「理由は分かりませんが・・・まさかクリストフ様があの子を正妻に・・・マズいですわ」
急に焦り始めた取り巻きたちにエレノアがため息をついた。
「バカバカしい。殿方一人に大騒ぎし過ぎです」
「エレノア様はランドン大公家へのお輿入れが決まってますので興味ないかも知れませんが、寄宿学校の生徒はみなクリストフ様をお慕い申し上げております。わたくしたちもその授業に参加してみませんか」
機嫌を損なわないよう、取り巻きたちがそっと自分達の希望を伝えると、だがエレノアは無言で彼女たちを睨みつけた。
「ひーっ! し、失礼いたしました」
「あの子のことは無視しようと思っておりましたが、この学校でわたくしより影響力を持つことなど、決してあってはならないことです。何とかあの子の評判を落とすことはできないかしら」
◇
その日の放課後も、小礼拝堂ではクリストフを囲んで令嬢たちの会話が花開いていた。
貴族の社交を身に付けようと令嬢たちの会話に耳を傾けるエルに、突然クリストフが話題を振る。
「エルさんは冒険者をしていたそうですね」
令嬢たちも興味深そうにエルに注目し、それならとエルも得意げに語り出した。
「実は今でも冒険者なんだよ。ここに来たばかりの時も、奉仕活動のついでにスラム街で野盗ども十数人ほど捕まえて報奨金をゲットしたぜ」
「それは凄い。スラム街はとても治安が悪く、修道女たちを奉仕活動に行かせられないのが悩みでした」
「野盗はいくら捕まえても湧いて出るから、スラム街は立入禁止のままでいいと思う。まあ俺がデルン領にいた頃はヘル・スケルトンという盗賊団を壊滅させて街から野盗が消えてなくなったこともあったけどな」
そしてその時の様子を面白おかしく話すと、全員が目を輝かせてエルの冒険譚に聞き入った。
もちろんクリストフも感心し、
「エルさんはそこでサラやアニーを救った訳ですね。その時のキュアを是非拝見させて頂きたい」
「シェリアの簡易魔法は男らしくないので、今は封印している。この寄宿学校では正式魔法一本で勝負するつもりだ」
「そうですか、それは残念です」
「まあ必要があれば、使ってやってもいいがな」
一方、令嬢たちはシェリアとカサンドラに興味があるらしく、
「シェリアは魔力が高いが、魔法がどこに飛んでいくか分からなくて危ないんだよ。あと大酒飲みで翌朝はいつも二日酔いだ。カサンドラは男装の麗人でとにかくかっこいい。アイツがもし男ならクリストフといい勝負をしてると思うぞ」
エルが二人のエピソードを紹介すると全員爆笑で、あっという間に1時間が過ぎてしまった。
講義が終わると、各自奉仕活動に出かけたり礼拝堂で祈りを捧げたり、自由行動になる。
エルもエミリーたち3人を連れて、いつものように奉仕活動に向かおうとすると、クリストフにこっそり呼び止められた。
「・・・少し相談に乗って欲しいことがあります」
◇
令嬢たちに気取られないようその辺で適当に時間を潰したエルは、再び小礼拝堂に戻ると、クリストフと二人きりの部屋で彼の相談に乗った。
「エルさんを腕利き冒険者と見込んで、お願いがあるのです」
そう切り出したクリストフの顔からはいつもの微笑みが消え、少し影のある表情をしていた。
「どうやら深刻な悩みのようだな。それに俺を冒険者と見込んでということは、何か探し物ってとこか」
「さすがはエルさんだ。少し話が長くなりますが僕の悩みを聞いて下さい」
「ああ、俺たちの仲だ。遠慮せずに言ってくれ」
ホッと表情を緩めたクリストフは、自分の幼い頃の話を語り出した。
クリストフはネルソン侯爵家という帝国屈指の名門貴族の生まれだ。
彼の祖父は、世界最大の教団であるシリウス中央教会のトップ、総大司教の地位に長年君臨し、その威光は帝国を超えて全世界に届いているらしい。
そんな貴族家の跡取りとして育てられたクリストフは、ここに赴任するまでは聖地アルトグラーデスの実家から出たことがないという絵に描いたような御曹司で、10歳頃には婚約者もできたそうだ。
「彼女はさる王家の姫君で名をアメリアといいます。彼女が7歳で僕との婚約が決まってネルソン家に引き取られると、僕と一緒に成長していきました」
「王家の姫が婚約者でひとつ屋根の下。妹が昔読んでた少女漫画みたいな話だな。1ミリも興味ないけど」
「そのアメリアは絵に描いたようなお姫様で、繊細で虫も殺せないような臆病な少女でした。だからアメリアを守ることが僕の使命だと思い、彼女といつも行動を共にしていました」
「いわゆる深窓の令嬢という奴か。ますますもって、ケンカ番長の俺とは無縁の世界の人間だな」
「そうして僕たちはゆっくりと愛を育み、将来のこともたくさん語り合いました。そして彼女が結婚できる年齢まであと少しという時にその事件が起きました」
「ちょっと待て! 何か嫌な予感がするぞ・・・」
「ある日彼女は、何者かにさらわれてしまいました」
「うわあ、やっぱり・・・」
「彼女の部屋は目茶苦茶に荒らされ、何者かが外部から侵入したのは明らかでした。僕は必死に探しましたが彼女の行方は分からず、王女の失踪は外交問題に発展するため、帝国の秘密警察や教団の特殊部隊も動員して捜索を行いました」
「それで結局どうなったんだ・・・」
「・・・残念ながら彼女はまだ見つかっていません」
「見つかっていない・・・随分スケールの大きな話になってきたが、俺への頼みってまさか・・・」
「一刻も早くアメリアを救い出して欲しいのです。もうエルさんだけが頼りです」
「アホかーっ! 帝国の総力を上げても見つかってないのに、俺にできるわけないだろ!」
シンとする小礼拝堂で、肩を落としたクリストフが悲しそうに下を俯く。
そんなクリストフに居たたまれなくなったエルは、ため息を一つつくと、彼の肩にそっと手を置いた。
「駄目で元々、俺も探してやるよ」
「エルさん!」
「だがあまり期待しないで欲しい。野盗にさらわれた女がたどる運命は大体相場が決まっていて、娼館に売に飛ばされるか変態貴族の餌食になる。後者ならもう生きてはいないだろうな」
「そんな・・・僕の大切なアメリアがどこか世界の片隅で、知らない男たちの手篭めに・・・ううううっ」
悔しそうに涙を流すクリストフに、エルは慌てて謝罪した。
「すまん言いすぎた。俺自身が奴隷女だったし、自分がそうならないよう必死に生きてきたからつい。だがアメリアを見つけ出したら、必ず俺が助けてやる」
「ありがとう・・・サラやアニーを救ったエルさんだけが頼りです」
「分かったから、アメリア姫の特徴を教えてくれ」
「はい! 彼女は白銀の髪と赤い瞳が特徴の、とても線の細い儚なげな少女です」
「・・・それもう絶対殺されてるよ(ボソッ)」
「ううっ・・・」
「うわ! すまん、また口がすべっちまった。とりあえず俺は学校があってあまり動けねえから、獄炎の総番長を使って・・・」
「この話はメルクリウス王家との外交問題も関係しているため、エル皇女殿下限りでお願いしたいのです。特に寄宿学校の生徒たちには絶対話さないで下さい」
「皇女・・・なるほどだから俺に相談したのか。なら領都デルンにいる知り合いの奴隷商人にこっそり探らせてみるよ。餅は餅屋って言うしな」
次回もお楽しみに。
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