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第3話 大聖堂の貴公子

 エルの学園生活が始まって1週間が過ぎた。


 初日こそエレノア・レキシントン公爵令嬢に目をつけられ、貴族令嬢たちの洗礼を受けたエルだったが、奉仕活動で彼女たちを黙らせて以来、露骨な嫌がらせをされることは無くなった。


 エレノアは、エルが貴族としてあまりに異質過ぎるため、自分の支配下に置くことを諦め無視することに決めたのだ。


 だがエレノアが厳然たる存在感を示している寄宿学校にあって、他のクラスメイトたちはエルとの距離の取り方に戸惑い、会話のない状態が続いている。


 つまりエルたち4人はクラスで完全に浮いていた。




「俺ってここに貴族の常識を学びに来たわけだから、誰かと話さないとダメなんじゃないのか」


 昼食のテーブルを囲みながら、エルは素朴な質問をみんなにぶつけてみた。


 すると、エレノアたちが距離を置いてくれたことにホッとしていたエミリーとキャティーは「疲れるからしばらくこのままでいたい」と言う考え方だったが、スザンナはエルの気持ちを理解してくれた。


「貴族の社交は経験がものを言います。せっかく寄宿学校に入学したのですから、練習だと思って積極的に話しかけてみるのはいかがでしょうか」


「やっぱりそうだよな。ただ、用もないのにクラスの女子に話しかけるのは軟派男のすることだし、硬派な俺はそういうのが苦手なんだよ」


「ですがじっと待っているだけでは、誰からも話しかけて貰えませんよ」


「確かに消極的すぎるか・・・仕方がない、ここは腹を括ってやるしかない」




 エルは一念発起すると、ランチのトレーを持って隣のテーブルに移動し、令嬢の集団に思い切って話しかけてみた。


「よ、よう姉ちゃんたち。俺と一緒に飯を食おうぜ」


 ナンパ男を気取ってみたが、心臓がバクバクと鼓動を打ち緊張で顔が引きつり挙動不審になるエル。


 だがテーブルの令嬢たちは、エレノアが遠く離れたテーブルにいることをさっと目で確認すると、エルを快く迎え入れてくれた。


「よろしくてよ、エル様」


 ホッとしたエルは早速話を始めようとしたが、話題が何も思いつかない。


(あれ? どんな話をすればいいんだっけ・・・)


 エルの唯一の経験、それはデルン城での昼食会。


 その時の会話を必死に思い出そうとするが、覚えているのはベリーズたち令嬢との会話ではなく、タニアやアリアたち女騎士のことばかりだった。


(女騎士も貴族には違いない。まずはそこから会話を始めてみるか)


「俺はここに来る前はデルン子爵家の武術指南役をしていて、そこの騎士団長とも差しで勝負をしたこともある。負けたけどな」


「ぶ、武術指南役ですか・・・わたくしたちと同じような年齢なのに凄いですね」


「俺なんかまだまだだよ。ウチのパーティーメンバーにはシェリアっていう化け物みたいな女魔法使いや、カサンドラっていう一騎当千の元騎士団長がいて、俺はいつも二人に鍛えて貰ってるんだ」


「そ、そうですか・・・でしたらどうして子爵家の武術指南役になられたのですか」


「それはジャンのやつが勝手に・・・いやヒューバート伯爵の指示になるのか、次男坊を教えろって」


「ええっ?! それは武術指南役ではなく花嫁修行なのではないでしょうか」


「フタを開けてみれば結局そうだったんだよ。完全に騙し討ちだよな」


「でも子爵家の次男でしたら結婚相手として悪くないと存じます。領地貴族なので裕福ですし、ドレスもたくさん買ってもらえて、お城にも住めて・・・」


「一生飯を食って行ける分には悪くないかもな」


「わたくしは中級貴族家の分家出身ですので、そんな玉の輿案件はなかなか・・・エル様みたいな上級貴族のご令嬢が本当に羨ましいですわ。ところでその次男様はどのような殿方だったのですか」


「アイクっていう年下の少年で、明るく素直で真っ直ぐな奴だったよ。だが残念なことに女みたいな顔で身体も細く、白魚のような指を持つ優男だ。およそ戦いには向いてないし本当に騎士になれるのか心配だよ」


「ええっ! とんでもない優良物件じゃないですか」


「だが俺は男には全く興味がねえし、アイクと結婚なんかできるわけがない」


「そんなもったいない・・・エル様は上級貴族で魔力も強く、しかも美人でスタイルも抜群。どこの家門でも喜んで嫁に迎え入れられると思いますよ」


「いや俺は自分の容姿をみっともないと思っていて、胸や尻も無駄に大きくて邪魔というか・・・お、俺のことはともかく、お前らには好きな男はいるのか? じょ女子が大好きな恋話という奴だ・・・」


「え、それをわたくしたちに聞いちゃいますか?」


「おう教えてくれ。その様子だと誰かいるんだな」


「好きというか憧れというか・・・でもクラスのほとんどのご令嬢は、みんな同じ相手を狙っています」


「ちなみに誰なんだ?」


「「「せーの、クリストフ様ですっ! きゃっ」」」


「クリストフ? ・・・ああ確かこの大聖堂の責任者をしている二枚目の若い男か」


「そうです。ただクリストフ様は身分も高くハッキリ言って手の届く殿方ではないのですが、祭壇に立たれるお姿はとてもカッコよく、信者に語られる時の声も慈愛に満ちていて最高なのです!」


「なるほど男性アイドルというやつか。つまりは硬派な俺の天敵というわけだ」


「ふむふむ。ではエル様はクリストフ様を狙っていないということでよろしいのですね」


「男なんか狙うか!」


「よかったあ。クリストフ様は20歳なのにまだ決まった相手がおらず、寄宿学校の生徒はみなワンチャン狙っているのです」


「まるでハイエナのようだな」


「身分的に釣り合うのはエレノア様やエル様なのですが、お二人とも彼を狙っていないことが分かりましたので、あと危険なのはスザンナ様・・・」


 すると隣のテーブルからこちらの様子を微笑ましく見ていたスザンナに全員の視線が集中した。


 もちろんスザンナは令嬢たちに即答する。


「わたくしはエル様の教育係としてこの寄宿学校に滞在しているだけですので、心配には及びません」


「ということだ。よかったなお前ら」


「はいっ! 今日はこの後、クリストフ様が礼拝堂で一般信者向けの礼拝を行う予定なのですが、わたくしたち寄宿学校の生徒なら誰でも参加できます。エル様もご一緒しますか」


「礼拝かあ・・・そう言えば俺はまだ一度も礼拝に参加したことがなかった。貴族の交流もいいけど、せっかくだし宗教の話を聞きに行くのも悪くないな」




           ◇




 ゲシェフトライヒ大聖堂の中央にある千人もの信者が一度に祈りを捧げられるという大礼拝堂。


 エルたちが着いた時には既に超満員で、礼拝堂の外にも信者たちが溢れかえっていたが、彼らは雑談の一つもせず、手を合わせて黙祷をしながら礼拝が始まるのを静かに待っていた。


 そんな彼らの前にゆっくりと現れたクリストフ枢機卿は、神使徒テルル像の前の祭壇に立つと慈愛に満ちた笑みを信者たちに向けた。


 その彼の背後にも教会幹部や修道士、修道女たちがずらりと並び、オルガンの音が荘厳な讃美歌を奏でると、礼拝が厳かに始まった。


 そんな修道女の列にエルの姿もあった。


(俺はこっち側かよ!) 



 クリストフが聖書を開いてその一節を語り始めたが、すぐにエルを猛烈な睡魔が襲う。


(何だこの眠気は・・・まさか睡眠魔法?)


 だが信者たちは有り難そうにその話を聞いており、よりによってクリストフのすぐ後ろに立たされたエルだけが眠くなったようだ。


 だがここで眠るわけにはいかない。


 もし眠ってしまえば、首がこっくりこっくり舟を漕いで千人の信者の前で醜態をさらすことになるし、直立不動不動で眠ることなど、弁慶の立ち往生クラスの難易度の高さである。


(ぐぬぬぬぬ・・・ぐぬおおおーっ!)


 何度も意識を失いそうになりながらも、鋼の精神力で何とか持ちこたえるエル。


 両足を踏みしめ、身体の軸を真っ直ぐに保ち、体幹に力を込めて静止状態を維持する。


(キツイ・・・だがこれはいい修行になるぞ)


 全体で20分程度の説話だと聞いていたが、かれこれもう2時間以上はこうしている感覚。つまり時間がゆっくり流れ、敵の動きが止まって見える状態。


 一流のアスリートはこれをゾーンと呼ぶ。


(これがゾーンか・・・この感覚を覚えておこう)



           ◇



「・・・エルさん・・・エルさん」


「はっ! ・・・あれここは?」


 気がつくとエルの目の前にクリストフの顔があり、すでに礼拝は終わって信者たちが礼拝堂を出ていくところだった。


「そうか、俺は眠っていたのか」


 さすがに気まずくなったエルは頭をかいて誤魔化そうとしたが、クリストフはニッコリと微笑んだ。


「エルさんはとても器用な方なのですね。まさか神に祈りを捧げる姿勢のまま熟睡しておられたとは」


「いや本当にスマン・・・かなり頑張って起きてたんだけど、いつの間にか寝ていたようだ」


「ええ。わりと早くから、かわいいイビキが聞こえてましたよ。よほど疲れていたのですね」


「疲れてはいないんだが、話が始まった途端、猛烈な睡魔がこの俺を襲ったんだ」


「なるほど。エルさんには内容が少し難しかったのかも知れませんね。分かりました、それでは僕がエルさんにも理解できるように、神の教えをお話することにいたしましょう」


「いいのか? 俺、この宗教が何なのかすら知らないんだけど」


「エルさんの事情は、ヒューバート伯爵からの手紙で承知しています。小さな子供に読み聞かせるように、最初の1ページ目からゆっくり進めていきましょう」


「そうか。ありがとうなクリストフ」


 だがその瞬間、エルの研ぎ澄まされた感覚が周りの令嬢たちから発せられる殺気を感じとった。


(マズい・・・これはクリストフ狙いの女子たちによる嫉妬の炎だ)


「な、なあクリストフ。その特別授業をクラスのみんなで受けることは可能なのか」


 エルが周りの令嬢たちへ目線を送ると、その意図を理解したクリストフがニッコリと頷いた。


「もちろん希望者全員、特別授業にご参加頂いて結構です」


「「「きゃーーっ!」」」




 間一髪令嬢たちの嫉妬をかわして、逆に支持を取り付けたエルは、貴族社交レベルを1つ上げた。

 次回もお楽しみに。


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